目付きが鋭い男
「ねぇねぇ、エスター。これからどこにいくの?」
鼻歌を歌いながら少女は尋ねた。くるりと後ろを振り返ると、その動きに合わせてスカートがふわりとなびく。エスターはこの少女を連れて旅を続けると決めたことを少しだけ後悔した。
いくら少女の背丈より少し大きいくらいで軽い木製のものであったとしても、この棺を担いで旅をするのは困難である。何より真っ白で目立つし、街へ入ったら絶対に怪しい奴らだと思われるだろう。しかし少女の涙ながらの頼みを無下にすることはエスターにはできなかったのである。
今となれば、その時の自分の単純さを恨んでいる。この森を出るまでになんとかならないだろうか。
「ん? ああ、お前は口が軽そうだからな。教えてやらん」
エスターはふうと溜め息をつく。目の前にいる少女は到底、あの悲劇に巻き込まれた王女とは思えなかった。あまりにもひとりぼっちの時間が長すぎて、素直すぎるとでも言えばいいのだろうか。世間知らずな彼女はいつか騙されて痛い目に遇いそうだ。
「えー…うーん、そうかなあ?」
「そうそう。あと、これからお前の名前はメリーだからな」
「めりー?」
「そうだ。お前があのおとぎ話の王女様だって知れたらめんどくさいことになりかねないからな」
少女、メリーはもう既にエスターの話を聞いてはいない様子だった。メリーと何度も反芻するように自分の呼び名を呟き、えへへと嬉しそうに笑っている。エスターは肩を落として呆れた。
ーーと、今までとは辺りの空気が変わったことにエスターは気付いた。何かが近くに潜んでいる気配がわずかにある。野生の動物か、モンスターか。あるいは…。
エスターはそちらに意識を向けた。向こうもじっと息を潜めており、エスターに気付かれていることが分かっている様子だ。
「メリー、気を付けろ。近くに何かがいる」
「えっ? なになに?」
ぽかんとしているメリーとは対照的に、その何者かの気配を探るエスター。そんなエスターの様子を見てようやく異変に気付いたらしいメリーはキョロキョロと辺りを見渡した。が、その拍子に石につまずく。
「きゃ…っ!」
「メリー!」
慌てて転びそうになるメリーを受け止めようと、エスターは動いた。しかし、二人の間に距離が開きすぎている。
こんな時にやってしまったとエスターは舌打ちをした。二人に隙が出来てしまった今、向こうにとっては好都合としか言いようがない。
「ーーおいおい嬢ちゃん、ちゃんと前向いて歩かねーと危ねーだろー?」
転んで土だらけになってしまう自分を想像していたメリーは、反射的に閉じていた目をゆっくりと開いた。そして自分の体が宙に浮いている、と慌てた彼女は自分に向けられたそのエスターではない誰かの声にはっとそちらを振り返った。
「だ、だれ?」
そしてようやく自分の体がその人物に軽々と持ち上げられているのだと理解したメリーはビクリと体を震わせた。ニヤッと笑うその男はエスターよりも背が高く体もガッシリしており、何より目付きが鋭かった。
「ん? オレか? オレはここらではまあ知らねー奴はいねーと言われてるいわゆる盗賊だな」
「と、盗賊って、あの、泥棒さんのことだよねっ?」
メリーの言葉に男は固まった。そんな二人の様子を見ていたエスターはやれやれと溜め息をつく。男がこちらに敵意などないのがとうに分かっていたからだ。しかし、元盗賊とはいえ『泥棒さん』なんて言われて彼も相当ショックだったことだろうとエスターは笑いを噛み殺す。
「メリー、そいつはロニセラ。オレたちの仲間だ」
「へ…?」
「それに、元盗賊だから今は泥棒さんでもない」
「…そうなの?」
エスターの言葉に安心したらしいメリーは改めてロニセラと呼ばれた男を見上げる。頬に傷痕のある男はニッと笑った。こうして見れば人の良さそうな顔に見えなくはない。むっとした顔でじっと男の顔を覗いているメリーに男二人は顔を見合わせて笑った。