世界を見てきた一人
少女は確かに自分の庭にいた。戻ってくるはずのない女をずっとずっと待ち続けていた。
物語の中の妖精のように、また彼女の目の前に姿を現すんじゃないか。そしてまた外の世界を見せてくれるんじゃないかと、ずっと淡い期待を抱いていたのだ。
そんな少女の最後の記憶は、冬の寒空の下で泣いてばかりいたことだった。彼の言葉を信じるのであれば、そんな自分がなぜ王国が滅んでしまった後もこうして生き続けているのだろうか。
そしてこの先、自分の記憶の中にない世界の中でまたひとりぼっちで過ごさなければならないのだろうか。
「あの日、人間界と妖精界の均衡が崩れて魔力の暴走が起こった。そしてちょうど世界樹の芽の上にあったリンデラント一帯が滅んでしまった」
静かに告げるエスターの言葉にメリッサは小さく震えていた。どこを見渡したって、どこにも自分の知っているあの庭はない。にわかには信じられないような言葉がなぜかメリッサの心の奥底へと沈み込んでいく。じんわりと胸に痛みが広がり、自然と涙が溢れてくる。ボロボロとメリッサの頬を伝う幾筋もの涙がふわふわと風になびくスカートに染み込んでいった。
「どうして、あなたはそんなことを知ってるの?」
メリッサはエスターを見上げる。長い真っ黒な前髪から覗く左目と視線が合った。まるで夜の暗闇みたいな色をしている瞳だった。
「…オレは、ずっとこの世界を見てきたからだ」
「……え?」
ポツリとエスターは聞こえるか聞こえないかくらいの声で答えた。案の定、メリッサには聞こえていなかったらしい。首を傾げているメリッサからエスターは目を逸らした。
「ーーと、とにかくだな! もう行くぞ! それと、そろそろ泣き止めって!」
目の前で女の子に泣かれてしまうなんていう経験がないに等しいエスターはこんな時にどうしたらいいか分からなかった。メリッサの白い手を取り、真っ白な棺から引きずり出すように引っ張る。そして行く宛てなどないが歩き始めた。
「え…っ? えっ? なんでっ?」
「はぁ、知るかよ」
「…一緒に行って、いいの?」
おずおずとメリッサは尋ねる。どこか不機嫌そうに見える表情をしたエスターは前を向いたままだ。
「放っとけないだろ」
ぶっきらぼうに放たれた言葉にメリッサは笑った。こんな風に嬉しいと思ったのはとても久しぶりに感じた。そして、こうして晴れやかな気持ちで外を歩くのも。
ゴツゴツとした大きなエスターの手をぎゅっと握り返し、メリッサはその後をついて歩いた。