棺に眠る少女
「おーい、大丈夫か?」
エスターはその血の気の引いた白い頬を軽く掌で叩いてみた。こんな場所に閉じ込められていて、大丈夫な方が変だとも思いながらだ。
思いの外簡単に開いたその蓋は、真っ白な木で出来た棺のものだった。中には長いチョコレート色をした髪と美しい花に埋もれて眠っているような、少女の姿があった。
死んでいるのだろうかとその口元に耳を近付けると、わずかに呼吸の音が聞こえる。それを確めたエスターはまるで人形のような彼女の頬に触れてみたのである。低めの体温が手に伝わってくる。
「って、いうより全く変な趣味してるな…棺の中で眠ってるだなんて」
エスターはポツリと独り言をこぼした。変な拾い物をしたと肩を落とす。どうせならもっと価値のある財宝がよかった。
目を覚ましたら家まで送っていって厄介払いしよう。そう決心し、再び棺の中を覗き込んだ。
「うわっ!」
パチリと長い睫毛に縁取られた丸い瞳が開いた。死んだように眠っていた彼女の頬はいつのまにか薔薇色に染まっている。ふっくらとした桃色の唇が言葉を紡ぐ。
「キミ、誰なの?」
ゆっくりと体を起こした少女はキョロキョロと回りを見渡し、こてんと首を傾げた。
それもそのはず、あんな深い森の中に真っ白な棺は色んな意味で目立っていて危険だった。その中にいるのが眠っている少女であれば尚更である。エスターは慌てて棺ごと彼女を移動させていた。
「ここ、どこ? リンデラントじゃ、ない?」
エスターは目を見開いて驚いた。それは彼女が口にしたその国の名前のせいだった。リンデラント、それは遠い過去に存在した国であり、現在は存在していない。もう千年ほど昔に起こった魔力の暴走によって滅んだと言われている国だった。
「ここは…リンデラントじゃない。豊穣の女神の国、タンジェリアだ」
「たんじぇりあ…?」
「そう。リンデラントは…今から千年前のある冬の日に滅んだ」
「ウソだ!」
今度は少女の瞳が見開かれた。美しい髪と同じ色をした瞳に光が映える。エスターの肩を強く掴んだその手は、小さく震えている。儚げに見えてとても強い光を宿した瞳を持つ彼女の名を、エスターはよく知っていた。
「わたしは…わたしは、」
「リンデラント王国第一王女のメリッサ、だろ?」
「どうして…」
「あまりにも有名なおとぎ話だからだ。滅んだ国といなくなった王女様の遠い昔話が」
「むかし…ばなし…」
少女はーーメリッサはひどく混乱していた。ついさっきまでの記憶と今目にしている光景、そして目の前にいる彼がもたらす情報があまりにも食い違いすぎている。悪い夢でも見ているのだろうか。メリッサは頭を振った。