第7話「関係」
「朱姫、大丈夫?」
「うん……だいじょうぶ。助けてくれてありがとう、奈々ちゃん」
「昨日言ったじゃん!朱姫は私が守るって!!」
廊下を歩きながら奈々ちゃんにお礼を言うと、満面の笑みで返してくれた。その言葉が今は本当に嬉しくて、涙をこらえながら頬を緩める。
すると奈々ちゃんは周りを見渡したあと、私の耳に口を近づけてきた。
「ところで、一之瀬くんとはどういう関係!?」
「あ、うん。今日奈々ちゃんに会ったら一番最初に言おうと思ってたんだけど……」
私は奈々ちゃんに昨日のことを説明する。話を聞いた奈々ちゃんは怒りをあらわにした。
「はあ!?田中マジきもい!最初から信用も何もないけど、本当サイテー!!」
そう吐き捨てる奈々ちゃんを私は両手を前に出しながらなだめる。
まだまだ言い足りないといった様子の奈々ちゃんだったが、私を見るとにやにやと別の表情に変わった。
失礼ながらも不気味なんて思ってしまうのは、この際仕方ないだろう。
「でも、さすが朱姫だね!!あの一之瀬くんを落とすなんて……」
「お、落とすって!」
奈々ちゃんの言葉から、昨日の一之瀬くんの笑顔を思い出してしまい顔に熱が集まる。
「一之瀬くんが私に……ほ、惚れるわけないじゃない!!」
「朱姫……そういうことね」
私の様子を見て何かを悟ったらしい奈々ちゃん。ぽんっと肩に手を置かれた。
「ち、違うよ!?私も一之瀬くんもそんなんじゃないから!!」
「わかったから落ち着いて?まあこの際、朱姫のことはおいておくとしても、一之瀬くんはどうだろうねえ?」
「ど、どうって……?」
私の取り乱しように少し驚きながら奈々ちゃんは、私から一之瀬くんへと話題を戻す。意味深に告げられた言葉に興味をひかれ奈々ちゃんを見つめた。
「前から思ってたけど、朱姫って本当に周りに興味ないよねー」
奈々ちゃんはわざとらしくため息をついてからそう言うと話を続ける。
「一之瀬くんが学校一のイケメンって言われてるのは、昨日聞いたんだよね?」
「うん……昨日絡んできた子たちがそう言ってた」
「たいていのイケメンって女の子をとっかえひっかえしてそうじゃん?」
奈々ちゃんに聞かれた言葉に少し考える。それはマンガとかドラマの話で、実際はどうなんだろう。顔が良ければいいという人はいくらでもいるとしても、選ぶ側の心理が見えない。
そこにはデメリットしかないような気がした。
「でも一之瀬くんってそんな噂が全然ないんだあ」
考え込む時間が長かったのか、それとも答えを聞く気が最初からなかったのか。奈々ちゃんはそのまま話を続ける。
「それだけじゃなく、近づいてくる女の子をすべて追い払うんだって!」
「追い払うって……」
虫じゃあるまいし、なんて思いながら奈々ちゃんを見ると、奈々ちゃんは首を横に振っていた。
「もう、すごいらしいよ!女の子には暴言、罵倒しか言わないらしくて。一度近づいた女子のほとんどは、恐怖を植えつけられるって。まあ、それでも中には変わった子もいるんだけどね~」
何度も近づいて、罵倒を言われるのが好きらしい。そう奈々ちゃんは言う。私は奈々ちゃんの話自体信じられなかった。
だって、昨日の一之瀬くんの態度からは、そんな様子を微塵も感じさせなかったから。
「それ本当?」
先ほどのことも含めて奈々ちゃんに問いかけると、にやりという笑みを返された。
「ホントだよ!だから、朱姫は特別扱いされてるし~?一之瀬くんはその気あるかもよ~?」
「特別扱いって……」
「でも、一之瀬くんのアドレス知ってるのは朱姫だけだよ?そう言えば朱姫も、私以外の人にアドレス教えたの初めてじゃない?」
「あ、本当だ」
奈々ちゃんの問いかけに記憶を手繰り寄せる。確かにその通りかもしれない。中学2年の頃から何故か、周りの人に声をかけられなくなったから。
――中学2年といえば、父と母が再婚した時だ。不意にそんなことを思い出した。
「ねえねえ、朱姫」
「なに?」
当時のことを思い出していると、改まった奈々ちゃんの声が聞こえた。答えながら奈々ちゃんを見ると、今度は真剣な表情をしている。
「……昨日の話、覚えてる?」
「え?」
唐突な言葉。昨日から今朝までたくさんの出来事があったので、奈々ちゃんがどれを指しているのかわからなかった。
「昼休みの話」
奈々ちゃんがくれたヒントのおかげで、ようやく何を言いたいのか理解する。足を止めて奈々ちゃんを見ると、奈々ちゃんもまた私を見てきた。
「……田中が言ってた朱姫って――」
「あり得ないよ!」
奈々ちゃんの言葉を途中で遮る。心臓がやけにうるさく脈打っているのがわかった。
「だって……『ドッペルゲンガー』ってただの一説だよ?そんなことあるわけ……」
ないと言いたいのに、何故か声が出てこない。重い空気が流れ始めて、私も奈々ちゃんも俯いてしまった。
「……そう、だよね。ありえないよね!ごめんね、変なこと言って」
「ううん……気にしないで?」
「ありがとう。早く教室に行こう!」
この雰囲気を打ち破ってくれた奈々ちゃんに感謝しつつ、私たちは教室へと急いだ。