第4話「体育の会話」
午後の授業は体育で水泳の予定だった。もちろん男子とは別で、その代わり隣のクラスの女子と一緒にする授業なのだが、あいにく大雨のため中止になったのだ。
そのため両クラスとも男女ともに体育館で共同授業をすることになった。
ただでさえ蒸し暑いのに2クラスの人口密度でさらに温度が上昇した気がする。プールに入りたかったと愚痴る女子に反して、男子は少し嬉しそうだ。
「女子と一緒なんてラッキーだよなー」
「水泳が一緒ならもっと良かったのに……」
「うっわ、お前女子に聞かれたら引かれるぞー」
下心見え見えな男子の会話は、引くを通り越し呆れてしまう。だからきっと、私には同学年の恋人なんて無理だろう。なんて奈々ちゃんとの話を思い出してはそう思った。
「静かに!えー本日は雨のため、急きょ2クラス合同の男女混合バレーを行うことになった」
男子の体育教師がそう言うと歓喜の声を上げる男子と、文句を言う女子が現れる。それをなだめる先生の声で再び静寂が戻った。
「組み分けは各担当教師がくじを持って回るので、それを引くように」
「えー!」
「はいはーい!!好きなように組み分けしましょーよ、センセー」
男女ともに抗議の声を上げるが、先生たちはそんなこと無視してくじを持って回り出す。するとしぶしぶ全員がくじを引くのだった。
引いたくじを開けると、真ん中に数字が書かれている。
「朱姫、何番だった?」
「えっと……『9』番だよ」
「えー!!『8』だから、朱姫と別のチームだあ……」
がっくりと肩を落として項垂れる奈々ちゃんの肩に、ぽんっと手を置いて慰める。
「全員くじを引いたな?じゃあ1~7の数字が書かれていた生徒はステージ側、8~15の数字が書かれていた者は体育倉庫側に集合するように!」
先生の合図でみんなが立ち上がって移動し始めた。奈々ちゃんと私は同じ側なので、一緒に移動する。
途中、他の生徒たちからくじの番号を聞かれるが、私と同じ組の人は現れなかった。
「では、それぞれ組に分かれて下さい」
私たちの方の担当はいつもの女性教師だ。はきはきと物事を言う先生だ。ちなみに怒らせるととても怖い。
「『8』引いた奴、こっちに集まれー」
「『10』はこっちー!」
「じゃあね、奈々ちゃん」
私は隣にいる奈々ちゃんの背中を押した。奈々ちゃんは踏ん切りをつけると顔をあげて、手を振りながら仕切っている人物の元へ向かう。
奈々ちゃんに手を振り返しながら、ちゃんとたどり着くまで見送った。
「あと一人、『9』の人ー!」
「あ、はい!私です!!」
奈々ちゃんが無事辿り着いたと同時に、背後から聞こえた声に慌ててそちらへ駆け寄った。
* * * * * * * *
「ねえ、双葉さん」
「なに?」
奈々ちゃんの組が試合をしているので、ぼーっと見学をしているとやってきた数人の女子の内の一人に声をかけられた。
顔を上げると同じクラスであり、今回同じ組になった女子生徒が視界に入る。女子たちは顔を見合わせると両手の平を胸の前で組んだ。
「前から思ってたけど、双葉さんって髪きれいだよね!」
「へ?」
「私、双葉さんと話してみたかったんだー」
口々に話し出す女子生徒についていけず、間抜けな声を出してしまった。きょろきょろと女子たちを見渡していると、間に挟まれる形で女子たちが隣に腰を下ろす。
「双葉さんって北川さんと話す以外ずっと外を見てたり、読書してるのから近寄りにくかったんだよねー」
「そう……?」
「しかも雰囲気美人、見た目可愛いだから女子から見ても高嶺の花~って感じだったんだよね!」
笑顔で会話する左右の二人、嫌味を言われてるのか単に褒められているのかよくわからない感じだった。けれど本題はきっとこの後だったんだろう。
「ところで、双葉さんって好きな人いるの?」
「あ、それ気になるー!」
「好きなひと……?」
「あ、先に断っとくけど恋愛の話ね!」
急に言われた言葉に驚いて目を丸くするも、奈々ちゃんと同じことと分かれば苦笑を浮かべる。
「そんな人、私にはいないよ?」
「でもさっきから一之瀬くんのこと見てない?」
「一之瀬くんって?」
問い詰められた言葉を聞き返すと、左右の女子は一度顔を見合わせてから私の肩をがっと掴んできた。
それに驚くも、彼女たちの勢いに押されて何も言えない。
「はあ!?」
「一之瀬くんのこと知らないの!?」
「え……隣のクラスの人、くらいしか把握してないけど……」
素直に答えると彼女たちは固まってしまったが、すぐに気を持ち直していろいろ教えてくれた。
「うちの学年で、学校一のイケメンって言われてる人だよー」
「ほら、今試合に出てるあの人!」
こっそりと指をさして、私に耳打ちする子の先を見る。そこには確かに、周りの男子と比べて整った顔の男子がいた。
染められていない黒髪は短髪でも長髪でもなく、てっぺんの方をワックスか、それとも癖毛なのかくしゃっとなっている。体操服を肩までまくりあげているおかげで見える二の腕は、遠目からでも程よく引き締まっているのがわかった。
「でも双葉さんが狙ってなくて良かったー」
「双葉さん相手じゃ敵わないもんねー」
安心したらしい彼女たちは、へらへらと笑いながら言葉を告げる。そうしていると試合終了のホイッスルが鳴った。
試合をしていた方を見ると、チームメイトの男子に肩を組まれている一之瀬くんが目に入る。その視線が一瞬こちらに向いたような気がした。
「朱姫ー!!私の試合見てくれた?」
「奈々ちゃん、お疲れ様!ちゃんと見てたよ?ナイスファイト!!」
試合終了の礼をしてから、奈々ちゃんは真っ先にこちらに駆け寄ってくる。私は返事をしながら立ち上がって、近寄ってきた奈々ちゃんの頭を撫でた。
もう一度一之瀬くんの方を見ると、いつも騒がしい男子の集団に絡まれているようだ。
先ほどのことはきっと気のせい、そう思いながら次は自分たちの試合なのでコートに向かった。