第23話「父」 Side 市花
母が買い物に行くのを見送って、私は父と二人で留守番する。
二人でリビングでテレビを見ていた。つけているのはバラエティー番組。
けれど父によって画面は真黒になってしまった。
『……少しいいか?真面目な話だ』
『なに?お父さん。改まっちゃって……』
私の座るソファーに腰かけてきた父を見やりながら、私は父に応じる。
父はじっと私を見つめて、黙り込んでしまった。そこでやっと、一つの不安が沸き起こる。
もし、父にばれてしまったら……
偽物ということだけが解ったのなら、それはまだ良いだろう。父に会いたかったという理由で説明がつく。
しかし妹にした所業まで、もし父に知れたら……父は私のことをどう思うだろうか。
もう二度と会ってくれないだろうし、きっと許されないだろう。
『お前は――』
父が何かを口にしようとしたが、タイミングよく鳴ったチャイムでかき消された。
また父は黙り込んで私を見つめるので、私は慌てて玄関へと向かう。
ドアを開ける前に二度目のインターホンが押されて、返事をしながら鍵を開けた。
『はーい!どちら様です――』
最後まで言葉にすることができなかったのは、そのドアの先にいた人を知っていたから。
『こんばんは。ちょっと良いかなー?』
『……っ!!』
にたり、といつもの笑みを浮かべるその人。どうしてこの人がここを知っているのだろうか。
そんな疑問が頭に浮かんで、一瞬反応が遅れてしまった。ドアを閉めようとしたけれど、間に足を挟まれて阻止される。
『ひどいなあー、僕は『朱姫チャン』とは初対面なんだけどなあー?』
『うっ!?』
『朱姫、どうかしたのか?』
私がリビングに戻ってこないのを心配してか、父がこちらに向かってくる。
その父の声に少し安心するも、同時にただならぬ危機感を覚えた。
玄関の外にいた男が、私が安心した一瞬の隙をついて玄関のドアを開けたのだ。
『あの、どちら様ですか……?』
『すみません、娘がいなくなったので探していたんですが……』
奥からこっちに近寄りながら、父がその人へ尋ねる。
けれど父が私の肩に手を置いた瞬間、その人が手に持っていたナイフで父を突き刺した。
『ぐっ……!?』
『パパ!』
私はその場に倒れた父の傍にしゃがもうとしたが、それを許されなかった。
『お前のパパは僕だろ!?』
『ひぎっ!!』
長い髪を掴みあげられ、その人――本当の母の浮気男は、父の血がついたナイフをちらつかせる。
髪を引っ張られる痛さと、赤く染まった銀色のナイフが怖くて涙がにじむ。
『さあ、僕たちの家に帰ろう?たっぷりとお仕置きしなきゃだしね……』
ひゃっひゃっひゃ、と浮気男は気味悪い笑い声を上げながら、ナイフをその場に捨てて私の髪を引っ張ったまま歩き出す。
私は涙の向こうで、赤い血だまりを作り出す父の姿を黙ってみていることしかできなかった。
* * * * *
『で、市花チャン?僕に言うことはないのかな?』
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』
私は壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。
奇跡的にも……否、昔からこの浮気男は顔を傷つけたりしない。私の顔がお気に入りなのか、見える場所はリスクが高いからか。
ずっとお腹ばかり蹴られていた。暴力を振るわれるのは、あの初めての日以来だった。
『じゃあ誰が本当のパパか言えるよね?』
『あ、あ……』
目の前の浮気男だと答えなくちゃいけない。
しかし今日あった一日の出来事を思い出してしまい、本当の父の優しさが忘れられないでいた。
『……いけない子だね。まだお仕置きが足りないのかな?』
『ち、ちがっ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!』
『僕が求めてるの謝罪じゃないよ?』
にこり、と笑いながら浮気男は暴力を再び始める。
もう胃の中には何も入っていないから、代わりに胃液がこぼれ始めた。胃酸のせいで喉が焼けるように熱いし、ずっと蹴られているせいかお腹も痛い。
このまま死んでしまうかもしれない。
でも……その方がいっそ楽かもしれない。こんなに暴力を振るわれ、この浮気男のお人形として生涯を終えるというのなら。
たった一人の妹に悪い事をしたし、これは天罰なのかもしれない。
意識が遠のきそうになった時だった。
――ピーンポーン……




