第16話「過去と今」
どうして忘れていたんだろうか。
あんなに大好きだった姉のことを……
幼いころから私のそばには姉がいた。私そっくりの容姿で、私と似た声で、同じ格好をすると両親さえ見分けがつかない。
一卵性双生児、つまりは双子。それが姉と私の関係だ。
産まれる前から一緒で、離れることはない。
そう思っていたある日、突然私たちは別れることになった。
そう、母の浮気が父に知れたのだ。
瞬く間に母と父の離婚は決まり、子どもは一人ずつ引き取ることで合意。教育費は互いに払わないという結論に至った。
玄関で母とそのそばにいる姉を見送る。
『おとうさん、おかあさんとおねえちゃんはどこにいくの?』
私の問いかけに父は答えてくれず、ただ頭を撫でられた。
『朱姫……』
姉が私を呼ぶ声が聞こえて顔を向けると、母が玄関を開ける。母は振り返らないまま姉を連れて出て行った。
――それが、私が母と姉を見た最後の日だった。
* * * * *
「……ん……?」
目を開けた先に見えたのは、私の部屋ではない天井だった。
ゆっくりと回転し始めた思考で、ここが自分の家じゃないことを思い出す。
「……目、覚めた?」
すぐ隣から聞こえた声に顔を向けると、間近に一之瀬くんの顔があった。
ベッドから飛び起きようとしたけれど、一之瀬くんに腕を掴まれて阻止される。
「まだ寝てないとダメ」
「で、でも……!ここ一之瀬くんのベッドだし……」
顔に熱が集まっているのを感じて、視線を泳がせる。
こんなときにドキドキしてるなんて不謹慎すぎる。そう思っては、とりあえず心を鎮めようと目を閉じた。
「いいよ。双葉が落ち着くまで、ずっとこうして寝ていよう?」
一之瀬くんに頭をなでられると、不思議なことに何故か安心できる。
そしてまたまどろみ始めた。甘えていいのかな、なんて考えていた時だ。
突然スマホが鳴りだした。着信音から察するに奈々ちゃんからだ。
「もしもし……?」
『朱姫!!今どこにいるの!?』
「え、今は……」
出た途端、奈々ちゃんの叫び声にも似た詰問に戸惑ってしまう。
ちらりと一之瀬くんを見ると、一之瀬くんはただ頷いてくれた。
「その、今は……」
『あー、もう!!今はいいや!それより、大変だよ!!朱姫のお父さんが――』
「え……?」
奈々ちゃんの言葉を聞いて、頭の中が真っ白になる。
ベッドに落としたスマホから、奈々ちゃんの呼びかけが遠くのように感じた。
「どうしたんだ、双葉?」
私の様子からなにか察したのか、起き上った一之瀬くんが優しく問いかけて肩に触れる。
それでようやく、現実だと認識して私は一之瀬くんを見た。
「お父さんが……病院に運ばれたって……」