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名も無きネコと少女

冬童話2014投稿作品です。

「コラァァこの野良猫がァ!!」


 今日も商店街の魚屋のオヤジが大きく吠える。

 咥えた銀色に光る魚を落とさないようにしながら裏路地に入る。そうすればあの小太りのイカツイ店主も追ってこれなくなる。

 チョロいチョロい。生まれてからずっと野良やっている俺にとって魚の一匹や二匹ぐらい盗むなんてなんてことはない。


 俺はネコ。灰色の「野良」のネコだ。

 旅好きの俺にとって「野良」であることは一番都合がいい。「飼い」ネコ共は家の周りしか旅をすることが出来ない。可哀想なこった。旅のいいところは自分の知らない場所を知れるところだ。青い水が一面に張る場所。青空に伸びていて、雲に届きそうな程のでかい鉄の柱。綺麗な花が咲く街道。そういうのを見るのが俺が好きなのだ。

 いつしか会った「飼い」ネコが俺に言った。ご主人が美味しいご馳走をくれるんだ。「野良」の君はそういうのが無くて可哀想だね、と。

 は、それはおまえたち「飼い」ネコが人間に媚びを売った結果だろう?そうやって人間に媚びを売らないと生きていけないおまえたちのほうが俺は可哀想だと思うがね。

 自分で取った食べ物は格別だ。苦労して取ったぶん美味しさが増すってもんだ。実際、今俺が取ってきて咥えている魚だって歯を通して旨味を伝えている。こりゃ、昨日ごみ捨て場とかいう所から取ってきた魚より上手いぞ。


 俺は大きな木の根本にやって来た。ここは俺が最近やって来て、お気に入りの場所だ。その木の下には色とりどりの枯れ葉がたくさんある。町を見渡せる眺めだって良い。夕日も最高だ。それにここには他のネコがいなくて静かだ。

 人間はこの時期を「秋」と言うらしい。最近は寒くなってきた。この辺りにある枯れ葉は俺を暖めてくれる。これから来る寒くなる時期で人間が言うところの「冬」をここで過ごすことにしよう。

 持ってきた魚を枯れ葉の上におく。そのうまそうな魚にヨダレが止まらない。

 よし食おう。

 俺が魚の背をかぶりついたその時。


「あ、ネコさんだ」


 人間の声が聞こえた。俺は魚を咥えてすぐにそこから離れる。その声の主を睨みつける。


「あ~ごめんね。驚かせちゃったかな? ネコさん。邪魔しないからお食事続けて」


 人間の女はあどけなく笑いながら木にもたれて座った。小娘だ。

 小娘はパンを食べながらチラッチラッとこっちを興味ありげに見てくる。

 邪魔しないから食事を続けろだって? おまえがいる時点で邪魔なんだよ。食事できねぇじゃねぇか。

 仕方ない。どこか場所を変えるか。


 ・・・・・・・・・・・・


 よく考えてみればなんで俺がこの人間の小娘のために場所を変えなくちゃならんのだ?

 ここは俺のお気に入りの場所だ。他にここと同じように良いところなんてこの町にはなかった。いや、あるにはあるがそこには他のネコがいた。そこが問題だ。俺はあまり他のネコと群れるのは好きじゃない。

 俺は咥えていた魚を離して枯れ葉の上におく。

 少々落ち着かないが意地でも俺はここから離れないぞ。ここで飯を食ってやる。

 俺は魚の背から腹の肉を味わう。骨に刺さらないように気を付ける。


「ネコさん凄いねー普通のネコさんだったら人間が近くにきたら逃げちゃうのに」


 そうだろうな。そんじょそこらのネコ共だったら逃げるだろうさ。

 長い間旅をしてきた俺はそんじょそこらのネコ共とは度胸の強さとか意思の強さだとかは違うのさ。わかったらそこを退けろ小娘。


「お魚美味しい?ネコさん」


 俺が魚を食っているのを小娘はじっと見てくる。

 俺の口が止まる。見られていると食べるのに集中できない。見るだけ見たら帰れよ小娘。


「お外で食べるごはんは美味しいね」


 俺の主張なんて全然通らない。まぁ言葉が通じないんだから仕方ないことかもしれないが。

 クソッ。仕方ない。ここは我慢してこの小娘がどこかに行くのを待つとしよう。


「いつも部屋の中だからこうやってお外へ出るの、私好きなんだよ」


 知ったこっちゃない。


「ネコさんはここが気に入っているの? ここいいよね」


 俺は魚の苦くて赤い部分をのける。


「ネコさん名前は?」


 俺の言葉を理解できない癖に聞いてくるな。それにもし話せたとしても小娘に教える気はない。いや、それ以前に「野良」の俺に名前なんてないんだ。必要ないんだ。


「つけてあげようか?」


 お断りだ。どんな名前でもお断りだ。もし「たま」なんて名前をつけようとしてみろネコパンチを小娘にお見舞いしてやろう。泣いても知らねぇぞ。

 小娘は俺をまじまじと観察しやがる。


「ん~見た感じなんだけど、もしかして『野良』だよね。ネコさん。だとしたら野暮に名前なんて付けない方がいいのかな……うん。そうだよね。そのほうがいい。じゃあこれからもネコさんで呼ぶよ」


 小娘は勝手に納得する。


「それに別れの時に悲しくなっちゃうかもしれないし」


 小娘はこう呟いてパンをひとかじりする。それ以降喋らずにパンを食べていた。

 少し小娘の言葉に俺は気になったが、静かになってくれたからまぁいいかと思いながら魚を食べるのを続けた。



「じゃあね。ネコさん」


 俺が魚を食べ終えたあと、小娘は手を振りながら言った。

 おう、もう来んなよ小娘。


「あ、そうだ。私の名前気になる?」


 全然気にならねぇ。早くどっかいけ。


「秘密。君には名がないから私も名がないということにしておくよ」


 うぜぇ。何言ってんだか。

 小娘はどこか楽しげに去っていった。

 はぁ。今日はあの小娘に調子を狂わされた。今日はゆっくり寝よう。明日は来ないでくれよ。


  *****


「あ!今日もネコさんいた」


 昼時に聞き覚えのある小娘の声に俺は思わず煮干しを吹き出す。

 昨日の小娘がまたきやがった。


「今日もいい天気だね」


 せっかくゆっくり出来ると思ったのによ。


「いい煮干しですなー。私は今日部屋でご飯食べてきたんだ。だからなにも持ってきてないよ。でもねまた君に会いたいなーと思ったんだ。ここに来れば会えると思ったんだ」


 無視無視。煮干しを噛みしめる。小娘が諦めるまで反応せずにいればいいだろう。


「ネコさんは『野良』なんでしょ? じゃあ色んな場所とか行ってるのかな。ネコさんは旅とか好き?」


 旅という言葉に思わず俺は耳をピクっと反応させてしまう。 


「あ!もしかして旅好きのネコさんだったりするのかな」


 小娘は興味深々に俺を見つめてくる。真っ直ぐな綺麗な目で。

 はぁ……思わず反応しちまった。まずったな。


「ということはいろんな所に行ってるのかな? 海とか森とか行ったことあるの?」


 小娘は空を見ながら楽しそうに言う。


「いいなー私も旅したいな」


 人間には車とか電車とかいう動くデカイ鉄の箱があるじゃねぇか。いつでも旅なんて行ける贅沢な奴らじゃねぇか。

 旅というのは本来、苦労して自分の足で行って楽しむものだと俺は思うがね。それを人間は鉄の箱に入って着くまで楽しやがる。それだと楽しみが軽減すると俺は常々思うね。


「私ね、昔から病気で遠くまで旅に行ったことがないんだよ。だからね、旅したいなーって思うんだよ」


 小娘はため息混じりにそう言った。どこか悲しそうな表情で。


「この大きな木に来たのはね私のちょっとした旅なんだよ。お医者さんたちには内緒でね。バレたら怒られちゃうかも」


 俺に満面の笑みを向けてくる。とても病気を患っているように思えない笑みだな。

 やがて小娘は手を振って帰って行った。その際、


「またね!ネコさん」


 おいおい。また来る気満々かよ。来なくていいんだって。てか来んな。


   *****


 その次の日、小娘は来ることもなく静かに俺はその日を過ごすことができた。


   *****


 昼を食べ終わり、俺が昼寝でもしようかなとした矢先、


「ネコさん!今日もここにいた!よかった……昨日はごめんね!昨日は検査があって来れなかったんだ。寂しかった?」


 寂しいわけないだろ。昨日の静けさがなくなって寂しくなってるんだ。おまえのせいでな。俺はため息を吐く。

 小娘は脇に抱えた本を持ちながらいつもの所に座る。


「今日はそのお詫びにいい本を持ってきたよー」


 なにやらデカイ本を小娘は地面に開いて見つめる。

 はぁ……今日もこの小娘が飽きるまで俺は愛想悪くいよう。我慢我慢。


「お魚とかじゃなくてごめんなんだけど、きっと旅好きのネコさんならこれ好きだと思って」


 俺はまたもや旅という言葉に反応してしまう。俺はこっそり小娘の本を覗き見る。

 本にはキレイな山の写真が写っていた。青空と大きな山。その山の頂上には白い化粧が施されている。そして山はその手前にある湖に映っている。

 俺は思わずその壮大さに目を奪われた。見たことのない風景に俺の心は言いようもなく胸踊らされた。


「おっ! ネコさん。尻尾を振ってる~。お気に召したようでなによりだよ~」


 なぜか俺の尻尾が揺れていた。

 う。な、なんだその目は? 頬を染めやがって。ネコパンチを受けたいのか小娘! 


「それはねー富士山て言うんだよ。日本で一番大きくて綺麗な山だよ。最近、世界遺産になったんだって。……ネコさんは世界遺産って言ってもわかんないかな?」


 たしかにこの富士山とやらが綺麗で俺の興味をそそったのは間違いないが、この小娘がどうだっていう感じの顔で俺を見てくるのはなんだか気に食わない。


「ネコさんは行ったことない? まぁここから遠いからね。仕方ないよね。私も行ったことないんだよ。テレビでは見たことあるんだけどやっぱり生で見たいよ」


 小娘は次のページを繰る。そこには別のアングルから撮られた富士山があった。それもまた綺麗で目を奪われた。


「私ね、病気が治ったらいろんな所に旅したいんだ」


 小娘の目は本を見ているようでそうではないと俺は感じた。本の中にある場所に完全に入り込んでいた。俺と一緒で……。



「ネコさん。尻尾振ってうれしそうだね。また本を持ってくるよ。違う風景の。世界の。ネコさんが見たことのない風景を載った本を持ってくるよ」


 小娘が声をかけるまで俺は本に没頭してしまっていた。

 なんてこった。俺は人間に気を許してしまったのか? いや、違う。俺は小娘が持ってきた本に気を許しただけだ。断固としてこの小娘に気を許してなんかいない。


「じゃあまたね」


 小娘がまた楽しそうに帰って行った。

 あいつに尻尾がついていたらきっと断ち切れるほど振っているかもしれない。


 *******


 それからというもの小娘はほぼ毎日来た。いろんな場所の写真集を持ってきて、その場所について調べてきて、俺に語りかけていた

 砂漠と呼ばれる広大な砂の大地。雪で一面真っ白になる大地。ヨーロッパという所にある街並み。マチュピチュとかいうヘンテコな名前であるが、しかし壮大な場所。

 どれも俺が行ったことのない未知の世界だ。

 どんなに遠くても、いつか行ってみたい。

 この世界にまだまだこんな所があるなんて。今まで旅をしてきた俺はそう思った。

 俺という存在が今まで以上に小さく感じられた。この世界は広いとはわかっているつもりだったが、これほどまでとは思っていなかった。写真だけでこう思うんだ。実物なんて見れば俺は一体どうなってしまうのか……。

 そして小娘が話すことにも引き込まれていった。言葉と写真。それだけで俺は旅をした。もちろんそれだけで満足できる俺ではないが、この時間は楽しいと思えた。


 ******


 ある日を境に小娘が来なくなった。一週間を通して来なくなるのは始めてだった。

 小娘が旅について嬉しそうに語っているのを思い出す。

 はっ! お、俺はなんであの小娘のことなんかを! お、俺は旅の写真を見たいだけだ! あ、あいつはここに来るのが飽きたんだ。あの本が見れなくなるのは残念だか……これで静かに過ごせる。うんうん。

 ……。


 ******


 それから何日かして俺はあの大きな木に行かなくなった。最近、急激に冷え込んだからだ。路地裏の少し暖かい場所を探しだして寝床にした。

 最近、小娘の持ってくる本を見れなくてなんだかもやもやしている。このもやもやは新鮮な魚を食っている時ですら解消できなかった。


 

 ある日、俺が食事の調達しようとしたとき、あの大きな木の近くにやって来た。何となく。ただ何となく寄ってみようと思った。

 そこには見慣れた小娘がいた。寒さのせいなのか先日見たときよりも着込んでいる。大きな本を抱えて座り込んでいた。

 ここで顔を会わす必要はないし、鬱陶しいだけだ。という思うとは裏腹に俺の前足と後ろ足は小娘の方へと向かっていった。

 近付くと小娘の頬を伝う一筋の光が流れるのを見た。

 パキッと何かを俺は踏んで折った。

 

「あっネコさんやっと来た。また会えて嬉しいよ」


 俺に気づいた小娘は目をごしごしと拭うとニコッと俺に微笑みかけた。その微笑みは前回会ったときより少し弱々しく感じる。


「ごめんね。しばらく来れなくて……ちょっといろいろあってね」


 顔をよく見ると数日前より少し痩せている気がした。


「私がしばらく来てなかったからもうネコさんも来てくれなくなっちゃったのかなって思ったよ。でも来てくれてよかった。今日も本を持ってきたよ」


 久しぶりの本の中の写真に俺は没頭する。どれも素晴らしいものばかりだ。

 そして小娘の言葉に耳を傾ける。しばらくして


「私はネコさんのことをお友達と思ってる。ネコさんは私をお友達って思ってくれてる?」

 

 なんでそんなことを言う?


「私、昔からお友達っていなくって、入院してばっかだったし。だから…ね…」


 友達になって欲しいってか?……俺が人間の? ネコの……しかも野良ネコの俺に何言ってんだか。

 俺は小娘の真っ直ぐな目を見る。

 その時、小娘が咳をした。一度ならず二度、三度と乾いた咳をつらそうにしているの。

 おいおい。大丈夫かよ。顔が青くなってるじゃねぇか。


「だ、大丈夫だよ。ちょっと調子が悪いだけだから」


 胸を押さえて痛そうにしている。小娘は無理矢理笑顔を作っていて、俺には全然大丈夫そうに見えない。


「ちょっと病院戻るよ。その本置いておくから見てていいよ。また……取りに戻るよ……」 


小娘はゆっくりと。ゆっくりとおぼつかない足取りで立ち去った。


 *****


 次の日。小娘が本を取りに来ることもなく、夕方になった。

 俺はずっと木の下で置かれていた本を眺めていたのだが……。

 あぁ……物足りない。眺めているだけじゃ全然楽しくもない。つまらない。

 それはあの小娘の楽しそうな言葉がないからだ。

 小娘がいないだけでこんな気持ちになるなんてはじめてだ。

 本を閉じる。小娘がいつも来る方向を眺めてみても小娘の姿は見当たらない。

 初めはあんなに邪険に思っていたのに今では、あいつが旅について話していて、それを聞いているのが心地よくなっている。ほんとに……らしくないな。

 大きな木から俺は離れてトボトボ歩く。

 するとふとある白い建物が目につく。ここは確か人間の病人が入る施設だったはずだ。そういえば、あの小娘も病気だったよな……。

 そう思い当って俺は即座に病院の敷地内に入り、塀に飛び乗る。ここからなら病院の中を見れそうだ。

 塀を歩いていると何人かの人間が見える。そしてしばらく歩いていると……。

 見つけた。あの小娘だ。

 ベットに寝かされていて、いつもの笑顔はない。顔は昨日よりやつれている。腕には一本のチューブがつながっている。

 やっぱり全然大丈夫じゃない。部屋に小娘以外に人間がいないことを確認して窓枠に飛び移る。

 その時に窓が体に触れて窓が揺れる。それに気づいた小娘はゆっくりこっちを見ると、僅かに嬉しそうな表情で窓を開けた。

 おい、無理するな。


「ありがとう。ネコさん会いに来てくれ…たんだね……嬉しいよ」


 笑顔でそう言われると、無理させるならここに来ない方がよかったかという思いもどこかに消え失せてしまう。


「私、両親とか親戚以外のお見舞い初めて」


 小娘はベットに座ると咳き込んだ。とても苦しそうだ。……やっぱり邪魔してはいけない。帰ろう。俺は小娘に背を向ける。


「帰るの?来たばかりなのに。まだ旅の本あるんだよ?話を聞かしてあげるよ」


 言った途端小娘はまた咳き込んだ。

 そんな状態のお前から話聞いたって全然楽しくないんだよ。さっさと治しやがれ。


「まって!」


 小娘が胸を抑えながら立ち去ろうとする俺に言う。俺が振り向くと


「この間の事なんだけど、ネコさんは私を友達って思ってくれてる?」


 吸い込まれそうな程無垢で綺麗な目で俺を見つめてくる小娘に俺は歩を止めざるを得なかった。

 どうやら俺はこの目には敵わないようだ。

 友達か……。俺にはそんなもの昔からいなかった。親だっていなかった。色んなネコに会ったりしたが俺にとって一緒に居て心地良い、友達だと思える奴はいなくて、いつも孤独だった。しかし……

 しかしこの小娘は俺にとって………

 俺は初めて誰かと居て心地良いと感じた。こいつなら友達としてもいいかもしれない。 

 俺は小娘の手に前足を置いた。

 いいぜ。おまえは俺の初めての友達だ。って目を見ながら答えた。伝わるはずもないから俺は、小娘を見上げながら「ニャー」と鳴いてやった。


「ありがと。ネコさん」


 小娘は嬉しそうに笑顔をこぼした。どうやら伝わったようだ。


「ネコさん……私ね。生まれ変わったらネコさんみたいに旅がしたいよ……」


 は? こいつ何を言ってんだ?それじゃあまるで……。

 その時、部屋の外から足音が聞こえた。人間が近づいてきている。俺はとっさに窓枠から塀に飛び乗って、見つからないように隠れる。


「窓をあけてなにしてるの?寒いんだから閉めないと体に障るわよ」

「ごめんなさい。お母さん。お友だちに会ってたの」

「?」


 俺は窓の向こうに見える小娘を眺めていた。

 モヤモヤしている。なんだよ……最後の別れみたいなこと言いやがって……。



 次の日、俺は病院に行って、窓から覗いたが、小娘は寝込むようになっていた。体につながるチューブも増えていて、笑顔なんて見れなかった。


 俺は小娘の苦しそうな顔を見るのがつらくなって、病院に行かずに、大きな木に置いておいた本を眺めにいったが……その本を眺めるのも少し苦だった。小娘の笑顔が脳裏に現れて、胸を締め付けられる。

 しばらくして、また病院に行って病室を覗いたが、その病室には小娘の私物を残して、ベッドが無くなっていた。いつしか小娘が言っていた検査とやらを受けているのかもしれないが……。

 何か嫌な予感がした。


 それ以来、病院に俺は行かないことにした。小娘の……友の辛そうな顔を見たくなかったからだ。その内、この街にいるだけで心が締め付けられるような思いになった。だから、小娘から貰った本を誰にも見つからないような場所に隠して、旅に出ることにした。

 あの小娘が元気になった時に話をしてあげれるように。……言葉は伝わらないが……きっとなにか俺たちの間で伝わるはずだ……。

 その日。初雪が降った。


 ******

 

 俺があの街に帰ってきたのは一年後の冬だ。

 雪が降っていて、寒さに震えながらあの小娘のいる病院に来ていた。

 塀に飛び乗って、あの病室に目指して歩いたが……そこに小娘がいなかった。違う人間がいた。

 小娘がどうなったか……俺にはわからない……知りたいとは思わない。

 次に俺はあの大きな木に向かうことにした。なんとなくだが会える気がした。また旅の話をあの笑顔でしてくれるような気がした。

 ある場所に隠した旅の本を俺は持って大きな木に向かった。本は隠してあったといえどもほぼ野ざらしだったためボロボロになってしまっている。

 そして大きな木の根元に着いた。

 しかしそこにあの小娘の姿はなかった。

 しばらく本を開きながら待ってみて、いつも小娘がやってくる方向を眺めていた。そのとき


「みゃー」


 木の後ろ側から小さい鳴き声が聞こえた。

 気になって俺が見に行ってみると、そこにはダンボールがあって、その中には白い小さなメスの子ネコがいた。どうやら捨て猫らしい。

 その子ネコが俺に気づいたのかこっちを見ると警戒心の欠片もなく俺をまっすぐ見つめてくる。いつか見た目だ。吸い込まれそうなぐらい真っ直ぐな無垢で綺麗な目で俺を見ていた。まるでこの木によく来ていた誰かさんのようだ。その誰かさんの雰囲気を纏った子ネコは俺にある小娘の笑顔を思い出させた。友達の笑顔を……。

 ……まさかな……。

 俺はその子ネコに言った。

 小娘……旅に興味あるか? もしあるなら連れて行ってやる。俺の友としてな、と。


「みゃー!」


 子ネコは耳をピクっと反応させて嬉しそうに尻尾をふった。


いつもと違った感じの作品を書いてみました。

みなさんの心の片隅にこの話が少しでも残れば作者は幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「俺」の様子が目に浮かぶようで、微笑ましかったです。 最後の子ネコの登場が、夢があっていいと思いました。 [気になる点] 「小娘」の病院に「俺」が訪れたところのシーンの終わりのほうの、「病…
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