それが、言えなくて
夕日の射し込む、放課後の教室。
身体を屈めて机の中や椅子の下を覗き見る海斗を、咲は申し訳ない気持ちで一瞥した。
財布を失くしてしまったと言ったら、探すのを手伝うと海斗が快諾してくれた。
高校も入学して半年が経った。咲と海斗は同じクラスで学級委員を務めている。今はちょうど、定例の委員会が終わったところだった。
委員会が終了した時刻となると、さすがに校舎に人気はなかった。なくなった財布を探しに、教室や廊下、特別教室や校庭など色々な場所へ行ってみたが、結局見つからず。
もう一度教室を探してみようということになり、今に至る。かれこれ三十分は経っただろうか。
「やっぱり、ないな」
静まり返った教室に、不意に海斗の声が響く。咲はほんの少し肩を揺らした。
「う、うん。……あの、もういいよ。なんか、悪いし……」
「でも、財布の中に定期とか入ってるんだろ?ないと困るよ」
「ん……」
手のひらをきゅっと丸めた。
言えない。
スカートのポケットの中には、確かに今探しているはずの財布がある。
それと、小さく折り畳んだ遊園地のペアチケットも。
好きな人を誘うことが、こんなにも勇気のいることだったなんて。
二人きりでないと誘えない気がして、嘘までついて、わざわざこうして引き留めているのに。
ポケットからチケットを出して、「あのね」って言えるまで、一体あとどのくらいかかるのだろう。