桜色のモチーフ。
――――
私の初恋は4歳のとき。
その頃まだ幼稚園に通っていた私は、
初対面のお兄ちゃんに既にベタ惚れだったという。
「こんにちは、桜ちゃん」
そう言って頬笑んだ当時、お兄ちゃんはまだ中学生だったらしい。
当時の私は毎朝電車に揺られて幼稚園まで通っていた。
両親の再婚から私が小学校に上がるまで、朝の送り迎えはお兄ちゃんの役目だった。
名桜小花線はその名の通り、車窓から見える桜並木で有名だった。
春になると線路沿いにずらりと咲きならぶ小花公園の桜並木がまるでトンネルのようで、私を膝の上に乗せたお兄ちゃんは、いつも窓の向こうに見える満開の桜に見惚れていた。
一方。当時の私はというと、お兄ちゃんの気を引こうとそれはもう果敢にも喋りまくっていた。
桜の木の「さくら」と、私の名前の「さくら」では発音が違う。
おにいちゃんはさくらとさくら、どっちがすきなの!?
そんな風に問いただす私は、あー…今になって思うと相当に痛々しい記憶である。
――――
「これお兄ちゃんが描いたの?」
私が手に取ったスケッチブックの一ページには、桜が描かれていた。
粗い線に色鉛筆でさっと色付けされただけなのに、
びっくりするぐらいに、上手い。
「こーら。勝手に見ないでくれよ。ほら、代わりに素敵なおみやげをやるから」
お兄ちゃんは困った顔で、スケッチブックを隠すように餅の入った箱をずいと差し出した。
久々に帰ってきたお兄ちゃんは、相変わらずかっこよかった。
私が中学に上がるより前に、お兄ちゃんは大学に入り家を出ていってしまった。
今では月に数回、電話で話すくらいで、長期休暇中に帰ってくることもなくなっていた。
『春休みの間、久しぶりにそっちに帰る予定なんだけど』
電話越しにそう聞いたとき、私は嬉しくなって胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
――――
小花公園の桜並木は、今年も見事に満開だった。
朝早くからお花見に訪れた家族連れや騒がしい連中たちがひしめき合っていて、
春の陽気に包まれた園内は大盛況だった。
私はお兄ちゃんに手を引かれ、公園内を散歩中。
雰囲気は台無しだったけど、奢らせたソフトクリームを食べながら、私はすっかりデート気分を満喫していた。
「まさかこんなに人が多いとは思わなかったなぁ」
デジタルカメラを片手に、お兄ちゃんはそわそわと周囲の桜並木に目移りをしていた。
幼稚園の頃から相変わらず、私のライバルは桜だった。
「桜を描くのはあきらめて、桜を描けばいいんじゃない?」
「それも考えておくよ」
私の提案に、お兄ちゃんは溜め息まじりに笑うと、
桜と一緒に私の写った写真を何枚か撮ってくれた。
――――
「へぇ、なかなか上手いもんじゃない」
何枚か仕上がったスケッチを見たお母さんも、お兄ちゃんの絵には感心したようだった。
お母さんの裏切り者。絵なんて仕事にならないって、反対してたくせに。
春休みの間中ずっと桜の絵を描いていたお兄ちゃんは、新学期が始まる前日の朝には、帰り支度を済ませていた。
「じゃあ、元気でな、桜」
玄関先で、トランクを片手に目を細めるお兄ちゃん。
私は思わずお兄ちゃんに抱き着くと、腰に手を回してお兄ちゃんの胸にぎゅっと顔を埋めた。するとお兄ちゃんは私の髪に手を当てて、私の頭をぎゅうっと抱きしめた。
「桜。いつまでもお兄ちゃんっ子で居てくれるのは嬉しいけど、お前もちゃんと彼氏を作るんだぞ。大丈夫。桜には、きっとすぐにかっこいい彼氏ができるよ。
可愛いんだから、桜は」
そう言って、お兄ちゃんはわしゃわしゃと乱雑に私の髪を撫でた。
止めろ、セットが乱れるっ。 私は慌てた風に装って、お兄ちゃんの手を振りほどいた。
「今度は彼女を連れてくるよ」
お兄ちゃんは明るく笑うと、私に手を振って、また家を出ていった。
……部屋にもどった私は、しばらく机の上に突っ伏して、ぼんやりとしていた。
机の上には、お兄ちゃんから貰った桜の絵が飾ってあった。
「ふられたな」
そう言って手を伸ばした私は、絵の中の桜にデコピンをくらわせた。
―――― 終わり。
なにこれ!!我ながらキモいんだけど!?
……恋愛小説を書いたのはそもそも企画で書いたこれが初めてでした。
ちなみに名桜小花線は「めいようこはな」と読みます。
名桜鉄道本線の千歳駅~小花駅間 約14.2kmを結ぶ山添いの支線で、つまりは架空の鉄道です。(www
作中の桜は、横浜の海軍道路にある実在の桜並木をイメージしていました。
興味のある方はぜひぜひググってみてください。
あと校正を手伝ってくれた友人に感謝します。