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吉報凶報泥棒二人  作者: 一丁目
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解答編

美術品専門の泥棒ラッキーとジェフ。ジェフが持ち込んだ問題に対するラッキーの答えとは…?


前回投稿した「問題編」の「解答」です。

以前、Pixivに「約五分間ミステリー」というタイトルで投稿した作品の再投稿です。

「で、一体犯人は誰なんだ?」

「ジェフ、近い。俺はお前とキスする趣味はないぞ」

「えー、いいじゃん別に」

「よくない。気持ち悪い冗談はやめてまずあと50センチ離れろ」

 ぐいぐいと身を乗り出してくるジェフの肩を押し返すと、ラックは一つ咳払いをした。

「まず状況を整理しよう。メイドの証言によると、首飾りは今日の朝と昼に存在が確認されてる。で、お前があの屋敷を訪れたのはその日の夕方、つまり」

「首飾りが盗まれたのは昼から夕方の間だろ?」

「全員が正直者だったらそうなるな。だが違う。メイドは嘘をついてる」

「嘘?」

 ラックの言葉にジェフは眉を潜める。

「そんな人には見えなかったぜ?滅茶苦茶いい人そうだった」

「悪い人間がみんな悪い顔をしてる訳がないだろ。それに、全ての嘘が悪意に基づくものだという訳でもない」

 口を挟もうとするジェフを人差し指一本で制すると、ラックは続ける。

「メイドは嘘を吐いている。朝と昼に首飾りを確認したと証言しているがそれはない」

「ない?なんで」

「自分で散々言った事を忘れたのか?昨日の夜からNYは嵐だ。そしてあの屋敷は土足がスタンダード。もしあのメイドが証言通りに昼間に首飾りをチェックしたとしたら、どうしてあの金庫室に足跡一つついていなかったんだ。水濡れや泥の一つくらいついていてもおかしくないだろうが」

「掃除したんじゃないのか?」

 ジェフの反論をラックは鼻で笑い飛ばす。

「掃除?足跡を完全に消す程執拗に掃除した後なら、どうして煙草の灰が残っていたんだ?残ってる訳がない。つまり、あのメイドはあの日、あの部屋には入っていない。では何故入っていないか?これはあくまで推測だが、おそらく、あの部屋には首飾りがない事をメイドは既に知っていたからだ。あるいは、犯行現場に戻るのが怖かったか、いずれにせよ、メイドは事件の鍵を握っている事になる」

「じゃああのメイドが犯人なのか?」

「物事を短絡的に考えすぎるな。メイドは犯人の一人かもしれないが、彼女だけが犯人じゃない。この段階で分かるのは、メイドが嘘を吐いていた事。それから、犯行時刻はおそらく今日ではなく昨日だった事。ところでジェフ、あの大佐は火事に対して異常な程の対策をしていたんだよな?」

「ああ、奥さんが呆れるくらいの徹底ぶりだったらしいぜ?」

 ジェフの答えに、ラックはふむと頷く。

「なら当然、あの家は禁煙なんだろうな」

「そりゃそうだ。なんせガスコンロも暖炉もない屋敷らしいから」

「なるほど。じゃあ、あの家の、少なくとも大佐の嗜好を知っている人間ならまず屋敷の中で煙草はやらないって事か。もしそれが事実なら、金庫室の煙草の灰は誰が落としたものだ?あの家の人間以外で、昨日大佐が居ない間にあの家に入った人間。かつ、特に警戒されない人間と言えば誰だ?あの夫人は、昨日何があったと言っていた?」

「あ――!」

 畳み掛けるようなラックの問いかけに、ジェフが間抜けな声を上げる。

「配電盤の点検!」

「正解」

 ラックは大きく頷く。

「毎月やってくる配電盤の点検業者ならあの夫人とも顔なじみだろう。かつ、昼間にやってくるなら大佐の嗜好を知る程に大佐本人と面識もない。だから喫煙の習慣もある。おそらくメイドと組んで彼が盗み出したんだろう。その時に喫煙していたか、あるいはたまたま服についていた灰が落ちたか。ともかく、メイドと点検業者はグルだ」

「ちょっと待てラッキー、何で配電盤業者とメイドがそんな事するんだ?大体あのメイドは夫人が小さい頃から信頼していた人間だぞ?その彼女がどうしてそんな夫人の不利益になる事をするんだ?動機がない」

「不利益にならないと判断したら?」

「は?」

「これは推測だけどな、多分、お前が聞いた言葉が答えだ」

 前置きをしてから、きょとんとするジェフの鼻先にラックは指先をつきつける。

「『君が無事で良かった!』。恐らくその一言がきっと夫人が一番欲しがっていた言葉だ。新婚旅行より首飾りを優先する夫だ、と見ず知らずのお前に愚痴を吐くくらいなんだから、当然親しいメイドにも不平の一つくらい言ってるはずだろう?不安を感じている夫人にメイドが計画をしたとは考えられないか?配電盤業者――おそらく、メイドと恋仲か兄弟、親しい間柄の可能性が高いな――とにかく彼に協力を仰いで首飾りを盗み出した。メイドが首飾りを持っていれば怪しまれるから、首飾り自体は配電盤業者の方が持って行ったんだろうな。本来なら昨夜のうちにどこか遠くに隠して、それから紛失を報告するつもりだった。だが、」

「昨夜からの嵐で交通機関がストップして隠し場所にたどり着けなかった?」

「そう、だからメイドは今日になっても夫人に首飾りの紛失を伝えなかった。夕方こっそり落ち合って状況を確認し合うつもりが、タイミング悪くお前が現れて首飾りの紛失に気づいてしまった。で、慌てて屋敷に戻ってきた。そんな所じゃないか?――あくまでただの推測だけどな」

 最後にもう一度付け足すと、話は終わったとばかりにラックは椅子から立ち上がる。

 すたすたと歩を進めるラックの腰をジェフがわしりと両腕でホールドした。筋肉がしっかりついた腕はデスクワーク主流のラックの力ではほどけそうにない。早々に振り払うのは諦めて、ラックは腰に絡みつく二の腕を叩いた。

「おいジェフ。何だこの腕」

「ラック、お前ひょっとしてあのメイド捕まえに行くつもりか?もし仕返しのつもりで犯人を突き出すなら全力で止めて絶交するぞ俺は」

「止めてるのか突き離してるのかどっちだそれは?」

「ええと俺はお前を止めたいんだけどアレ絶交したらお前は出てく訳だからええと、止まらないと突き放すって脅してる?」

 自分で言っておきながら意味が分からなくなったのか、首を傾げるジェフをずるずる引きずってラックはドアまでゆっくり進む。わんわん喚くジェフが物凄く煩い。今日が嵐でなかったら近所迷惑で訴えられているところだ。

「ジェフ、お前何か勘違いしてないか?」

 ため息を吐いてジェフを見ると、ラックの言わん事を察したのか、ジェフが唇を尖らせる。

「そりゃお前が言いたい事も分ってるぜ?俺たちがしてる事は結局泥棒だし、今更いい子ぶるのもどうなんだって思うし、俺たちは別にいいやつじゃないし、いちいち被害者の事なんて考えたらやってられないって事も分かってる。慎重にやるんなら相手に同情するなんてもってのほかだって言いたいんだろ?それも分かってる。俺たちは泥棒だ。犯罪者だ。で?だから何だ?だったら必要以上に『いい人』を傷つけていいのか?ただの自分の満足感の為だけに仕返ししていいのか?俺は嫌だ。俺も嫌だしお前がやるのはもっと嫌だ」

 駄々っ子のように嫌だ嫌だと言いながら、ジェフはラックの背中に鼻先を沈める。

 ジェフの考えはただの感情論だ。やりたくないからやらない。そんな考えで、世の中渡って行けない事をラックは良く知っている。

 ラックはジェフ程楽観的ではない。

『慎重で臆病で、失敗するのが怖くて堪らない馬鹿』がラックだ。

 ジェフが一番知っているだろうに。何故この馬鹿はいつまでも勘違いしているのだろうか。

「ジェフ。分かった、お前はやっぱり勘違いしてる」

「は?」

 少しだけ緩んだ腕を掴んで解くと、ラックはジェフを振り返る。

「お前も知ってるだろうが、俺は慎重なんだ。その俺が、わざわざリスクを取ってまで警察に協力なんてする訳ないだろ」

「は?え?じゃあ、」

「首飾りの件は諦める。一度取り損ねた獲物にもう一度手を出すのは危険過ぎるからな。大佐の家でまた何か問題があればもう一度手を出してもいいかもしれないが――まあ、お前の話を聞く限り、今手を出すのは得策じゃない」

 ラックの発言に、ジェフの瞳が見開かれる。

「え?ほんと?マジで?いいの?つかじゃあ何でさっきから黙ってんだよ!?俺だけ語って馬鹿みたいじゃん!」

「馬鹿だから仕方ないだろ。コーヒー淹れようとしただけで勝手に勘違いしたお前が悪い」

 ぺし、とジェフの頭を叩くと、ラックは天井を仰いで頬を掻く。

 ああなるほど、確かにこれは改めて照れる。

「まあ、あれだ」

 呻き声に似たため息を吐くと、ラックは小声でぼそりと続けた。

「『お前が無事で良かった』。今回は、それだけでラッキーだった事にしておくさ」



END

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