灰色の女神、かく語りき
あらすじにも書きましたが、童話っぽくないです。
「…死にたいのですか?」
驚いて顔を上げると、フェンスの上に灰色の少女が座っていた。
こちらに背を向けたまま足を揺らして放たれた問い。
「…もう一度聞きます。
あなたは、死にたいのですか?」
「そうなのかも、しれないね」
「何故ですか?」
目がこちらを向いた。灰黒色の、冷たい印象を抱かせる瞳。
しんしんと降る雪の中、灰色の輪郭は今にも解けて消えてしまいそうに儚い。
「死んでしまったらその生は終わりだというのに、何故人はこうも簡単に、命を捨てることが出来るのでしょうね…」
3階建て屋上の、薄いフェンスに座って足を揺らしながら、灰色の少女は語る。
まるで独り言のように。
「…あなたは、誰?」
「私は、死神。死の管理者。
あなたの、不完全な“死にたい”思いに呼ばれた者。
…ほら、そこ。あの人は迷いなく、その命を捨てることを選んだ人」
少女の細い指先が示した先、ちょっと有名になりつつある自殺スポットであるこの廃屋の屋上から、今まさに男が身を躍らせるところだった。
…地に堕ちたその身体から彷徨い出た魂を、一瞬出現しまた消えた巨大な鎌で引き寄せて小さな手のひらに載せ、少女は空へと押し上げた。
どこからか取り出した手帳に何事か書き付けて、私を再び見る。
その瞳は、先程よりも少しだけ哀しみを含んでいた。
「どう、するのですか?
私としては、まだ生きてみることを勧めます」
「…どうして?」
儚い灰色の死神は、そっと微笑んだ。
とても柔らかく、慈愛に満ちた微笑みで言う。
「ご自分でお考えなさい。
あなたにとっての、生きる希望とは何か。
それを見い出すことは、あなた自身以外の誰にも出来ないのですから…」
ポケットから何かを取り出して、少女は両手で包んだ何かを差し出す。
手を伸ばすと、彼女はそれを私の手に握らせた。
白く冷たく、滑らかな手が私の手のひらに残したのは、暖かなお陽さま色のみかん。
みかんから目を離して彼女を見たときには、もうそこには誰もいなかった。
「…はい」
無彩色の世界の中で、手の中のみかんだけはまさしくお陽さまのように、きらきらと暖かく輝いて見えた。
それはまるで、灰色の死神の温かい心のように。