vector B←C ~天野智花の懺悔~
「はあ・・・」
当番だから行かないわけにもいかなくて、いつものように図書室へと足を運んだ。
そこにはやはり万里くんの姿はなくて、どうしようもない寂しさに襲われる。聞き慣れたバーコードの音さえどこか違うもののように思えて思わず首を振った。
「だめだめ、こんなんじゃ・・・」
作業に集中しようとしたけれど、どうにも上手くいかなくていつもの倍くらいの時間がかかってしまった。
予鈴が鳴ったのを合図にふらふらと立ち上がる。古いパイプ椅子が軋んで音を立てたけれど、それすら気にならなかった。
・・・万里くん、来なかったな。あんなことがあった後で来るはずがないと分かってはいたけれど、実際にそうなってみると想像していたよりもずっと苦しい。
いつのまにか、
「こんなに依存、してたんだ・・・」
万里くんが話しかけてくれて嬉しくて仕方がなかった最初の頃を忘れて、隣にいるのが当たり前みたいに考えてしまって。本当に、なんて馬鹿なんだろう。
―“好きだ”
きっかけをくれたのは河本くん。でもそれから話しかけてくれたのは万里くんで、一緒にいてくれたのも万里くんだ。
どうやって応えたらいいんだろう、その気持ちに。
万里くんは、いつから私のことを・・・見てくれてたんだろう。まさか最初からとか・・・?そんなわけないか、だって私のこと覚えてないみたいだった。新しいクラスになって一週間も経っていなかったから当たり前のことなんだけれど。
ってことは、それより後・・・よく話すようになってから、だよね。
―“この人の本、好きなの?”
―“やっぱりさ、主人公が最高にカッコいいと思うんだ。憧れるなあ。”
―“この本、読んだよ。また借りてもいいかな。”
―“天野”
「・・・・・ッ」
わかってたんだ。河本くんのことを好きなはずなのに、どうしようもなく彼に惹かれていっていたのは。
万里くんと話すのはとても楽しかった。好きな本のことが話せるというのももちろんあったけれど、それ以上に彼自身と話すのが楽しかったんだって今なら分かる。
「私・・・万里くんのこと好きなんだ・・・」
今更気付いたって遅い。私は万里くんを傷つけた、もう図書室には来てくれないかもしれない。そうなったら私にはクラスの中にいる彼に話しかけることなんてとてもじゃないけど出来ない。
「・・・ごめんなさい・・・・・・」
万里くんはすごくいい人だ。きっと、私なんかよりずっと相応しい人が見つかるはずだから。
だから、ごめんなさい。
教室へ戻って来たときには本鈴まであと三十秒もないというところだったけれど、万里くんが帰ってきたのはそれよりももっと遅かった。
どこへ行ってたのかな、なんて詮索する資格は、きっと私にはない。