vector D←A ~伊波明日香の憤慨~
「バカ!バカダイチ!信じらんない、もうなんなのよアイツ!」
あーもう、とベッドに倒れ込む。
昔からダイチはふざけた奴だけど、あんな人のことを考えない冗談は絶対言わないって信じてたのに。いくらなんでも言っていい冗談と悪い冗談がある。
“おれが、お前のことを好きだからだよ”
あのときの心臓の鼓動が蘇ってくる。一瞬本気にしてしまった自分が本当に恥ずかしい。
・・・あんなに真剣なダイチの眼は初めて見た。
自分でも顔が赤くなってくるのが分かって、それが無性にイライラする。
あれはたちの悪い冗談なのに、どうしてこんなにドキドキしてるのよ。
「・・・でも、あれじゃ本気にしか見えないじゃない」
あんなに、真っ直ぐな瞳で言われたら。
枕元の携帯が震えた。エリだ。
「どうしたの、エリ」
『いや・・・アンタたち、なんかあったの?』
ぎくりとして携帯を取り落としそうになる。
『・・・図星か。いや、なんかダイチの様子がおかしかったからさ』
ダイチが・・・?やっぱりあんなに怒ったのはまずかったかな。さすがにこたえたのかも。
『アイツあれから一回もギャグ飛ばさなかったのよ』
「ええ、嘘ォ!?」
あの受験当日でさえ普通にバカやってたアイツが?
「ありえないでしょ、それ。何かの間違いじゃないの?」
『いや、一日中ずっと黙ってぼーっとしてたわよ。何か物思いにふけってるみたいっていうか』
そんなダイチ想像がつかない。ああ、でも通りで教室が静かだったわけだ。
『・・・で、何があったのよ、アンタたち』
「ちょっと待って、それがなんでわたしになるの?」
『最後に話したのアンタじゃない。それに、アイツがそんな風になるなんて明日香のこと以外考えられないもの・・・』
「え、どういうこと?」
『ううん、なんでもない。で?』
わたしが今朝の出来事を一通り話すと、エリははぁっとため息をついた。
『・・・状況はよーく分かったわ。とにかく悪いのは全面的にあのバカね』
ほんっとにあのバカは・・・と呟いてエリは続ける。
『―アンタさ、旭のこと好きなのよね?』
「ぅえ!?いきなり何言ってんのエリ!?」
『いいから答えなさい』
「・・・・・・うん、まあ」
『どんなところが?』
「ええ?・・・うーん、どこがって言われると・・・頭良いしスポーツ出来るし、あと顔もカッコいいし・・・でもそうじゃなくて・・・やっぱりサッカーが大好きなところ、なのかな」
自分で言っていて恥ずかしくなる。あの無邪気な笑顔を思い出して、また胸が熱くなった。
『ダイチも同じこと言ってた』
「え?」
『“明日香はいざってときの判断力がいいし、バレー上手いし・・・あとすげえかわいいよな、やっぱり。でも一番はバレーをめちゃくちゃ頑張ってたとこだな。”だってさ』
「は・・・なにそれ」
『いや、ちょっとさ、訊いてみたのよ。“明日香のどこが好きなの?”って』
え・・・?それって・・・
「ちょっと待って、どういうこと?それじゃまるで・・・」
『ダイチはアンタのこと好きよ?』
「はあ!?」
待って待って、つまり何?ダイチがわたしのことを好きで、ってことはあのときの告白は、
「・・・冗談なんかじゃ、ないってこと・・・?」
『うーん、まあ、正直言っちゃっていいのかよく分かんないけど・・・。でもこのくらいしないとあのヘタレ絶対言えなさそうだしね』
エリはさらっと言ってみせた。本当に同じ高校生なのかなって思ってしまうのはこういうときだ。
『―ダイチはバカだけど、でもいい奴だよ。旭が好きならそれでもいいけど、ダイチのこともちゃんと見てやって。あたしはアンタが旭を選んでも、ダイチを選んでも、全力で応援するから』
中学のときからずっと一緒だったダイチ。
体育館部活の中でも比較的体育会系な方だったバレー部とバスケ部は馬が合っていて、そんな中で同じクラスだったダイチとよく話すようになるのは当然といえば当然だった。
いつもふざけているダイチだけど、それはメンバーのテンションを上げるというプラス面へとはたらく。わたしも練習がキツイとき、ダイチの声にどれだけ元気をもらったか分からない。
“お前のことが、好きだからだよ”
もう一度熱くなる頬。早まる鼓動。ダイチの真剣な声と瞳。
「ちょっと・・・考えてみる」
・・・・わたしは・・・わたしの、答えは。