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vector C→D ~天野智花の片想い~

河本大地(こうもとだいち)。それが彼の名前だ。

なんとなく覚えのある顔だなあと思っていたら、入学式後の自己紹介で案の定中学校が同じだったことを知り、それが頭の片隅に小さく残っていた。

「なあなあ、昨日のアレ、見たか?」

「アレってなんだよダイチ。もしかして『爆笑7』のことか?」

「うわーお、察しのいいイトーちゃん大好きよ、ちゅっちゅ」

「やめろ気色悪い」

伊藤くんは苦笑して河本くんの顔を押しのけた。

「いやん、つれなーい。いじわる~」

「・・・で、それがなんだって?」

「あーそうそう。昨日セブンにジョージ出てたじゃん?あれがさ―」

笑いながら教室を出ていく河本くんを見て、私は小さくため息をついた。

いいなあ、あんな風に元気に話せて。

私は昔から人と話すのが少し苦手で、いつも集団の中で曖昧に笑っているような子だった。

誰かが困っているとき、力になれたらとは思うけれど、話しかけられるのはごく稀で。だからいつも、相手から頼ってきてくれたときには自分に出来る限りのことをするように心掛けることくらいしか出来なかった。

そんな私には、いつも他の人を笑わせることを忘れない河本くんの姿が眩しかった。

あんな風になれたらいいのに。そう思う毎日は、少しだけ苦しい。


←↓→


初めての図書当番の日。

仕事は中学のときとほとんど同じだったので、滞りなく作業は進んでいく。

10分ほど経つと、出入口の扉がそうっと開かれたのが見えた。

目を向けると入ってきたのは男の子で、記憶を辿ってクラスにいた旭くんだと気付く。かっこいいよね、と後ろの女の子が話していたのでなんとなく覚えていたのだ。

旭くんは扉を静かに閉めると、書棚の方へとゆっくり進んでいった。

慣れているんだな、と見当がついた。『図書室では静かに』というマナーが無意識のうちに身に染みついているんだろう。

一通り見終わったらしく、カウンターへと近付いてきた彼は数冊の本を持っていた。

・・・話しかけたほうが、いいのかな。

「―あれ、旭くん・・・だっけ?」

「え?」

ちょっとわざとらしかったかな、と思ったけれど、どうやら目の前の彼は私が誰なのか思い出すことに集中しているらしく、気には留めていないようだった。

「ええと、図書委員だっけ?」

「うん。今日から当番で・・・」

私は少しはにかんで言った。綺麗な瞳で真っ直ぐ見られているので、ちょっと恥ずかしい。

「じゃあ、これ借ります」

「はい、ちょっと貸して」

本を受け取ってバーコード処理をする。と、ディスプレイに表示されたのはよく知った作家さんの名前だった。文庫本だから咄嗟には分からなかったのだけど。

・・・旭くんも、この人の本、好きなのかな・・・?話してみたいな。

「・・・あの」

「何?」

意を決して話しかけてみるけれど、また真っ直ぐに見つめられて何も言えなくなる。

「・・・あ、ううん。何でもないの・・・」

「・・・・・・そう。じゃあ、また」

旭くんは怪訝そうに少し首を傾げて、そのまま行ってしまった。

「・・・・・・はあ」

変な子だって、思ったよね。

・・・なんで、上手く話せないんだろう。自分が不甲斐なくて嫌になる。

河本くんの元気な笑顔が頭に浮かんできた。彼みたいに明るくなれたら、きっとこうして悩むこともない。

どうしたら、あんな風になれるんだろう。

河本くんと話してみたい。そう強く思った。



・・・確かに話してみたいとは思った。思ったけど・・・。

「お、どうした天野?・・・ああ、図書委員だっけか。おつかれさんっと!」

ばしっと肩を叩かれて思わず涙目になる。

・・・だからってこんなに早くなくてもいいのに。

「・・・あ、悪いそんなに痛かった?ごめんごめん」

河本くんは少し焦ったようにそう言って頭を掻いた。


図書当番が終わって教室へ戻ると、そこに河本くんの姿があった。

ドアの前で立ちすくんだ私を彼は目ざとく見つけて声を掛けてきたのだ。

「・・・違うの。別に痛かったんじゃなくて・・・」

会いたかった人が突然目の前に現れたので驚いただけなんです、なんて言えそうにないなあ。

「ホントごめん。大丈夫?」

ああ、だめだ。心配してくれているのが心苦しくて余計に涙がポロポロと零れてきてしまう。

涙と共に溢れてきたのは、今まで味わった悲しさと悔しさで。

・・・どうして、私はこんなに口下手なんだろう。明るくなれないんだろう。

「―天野」

呼ぶ声に顔を上げると、

「ゴリラ」

鼻の穴を大きく膨らませ、鼻の下を伸ばしてしかめっ面をしている河本くんが居た。

「うほほーい」

両腕をだらりとぶら下げてゆらゆらしながらこちらをじっと見てくる。

「―ッ!」

思わず口元を押さえて横を向いた。

それでも堪え切れなくて噴き出してしまう。

「ぷ、ふ・・・ッ!」

「よーし、笑ったな。もう泣くなよ?でないとこの河本ゴリラが襲ってくるぞ・・・うほッ」

「ぷふぅッ!・・・ちょっと、河本くん・・・・・・・・それ、もうやめ・・・ふッ」

私はとうとうお腹を抱えて笑い出してしまった。だめだ、腹筋が痛い。

いつのまにか、涙は笑いによるものに変わっていた。

「なんかよく分かんねーけどさ、あんま思い詰めんなよ?人間笑ってんのが一番だからな」

そう言って河本くんはにかっと笑った。

爽やかで気持ちのいい風が吹いたような気がして。

・・・今、分かった。


―この小さな憧れは、恋なんだってことが。


「・・・うん」

急に早まる鼓動を胸に感じながら、私は頷いた。


←↓→


出来るだけ「笑うこと」を心掛けてみた。心なしか話しかけられる回数が増えたような気がする。

万里くんもまた話しかけてくれて、今では本について話せる数少ない友達だ。

・・・これも、河本くんのおかげだな。

明るくなればきっと、自分から話しかけることも出来るようになる。

そうなれたらいいな、と強く思った。

今日は図書室に人が少ない。

本を取って座るころにはそれも居なくなって、図書室には私と万里くんの二人だけになった。

風が気持ちいい。煽られないようにそっと端を押さえながらページをめくっていく。

ふいに、文字列の中に「ゴリラ」の三文字を見つけてどきっとする。

あのときの河本くんを思い出してしまって、小さく笑った。

「―天野」

「・・・ん?何、万里くん?」

あ、また変な子だって思われちゃったかな。気をつけなくちゃ―

「好きだ」

「・・・・・・・・・・・・え?」

万里くんにじっと見つめられて動けなくなる。

ど、どうしたらいいんだろう。こんなこと言われたのは初めてだから何を言ったらいいのかわからない。

「あ・・・あの、万里くん」

「・・・・・・ごめん。俺、先に戻るから」

万里くんは静かにそう言うと、席を立って行ってしまった。


―大好きだと言っていた本を、机の上に置いたまま。



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