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vector C→B ~天野智花の動揺~

「最後まで足掻く、か・・・」

私が万里くんを傷付けたのに?やっぱり無―

「っていけないいけない」

やる前から無理とか言っちゃ駄目だよね、うん。河本くんを見習わなくちゃ。

とりあえず今日も図書室へ行こう。万里くんが来なくても、仕事が無くなるわけじゃないんだから。

一週間に一度ずつの昼休みシフトと放課後シフトだけど、今週は二つが重なっていた。

図書室っていう空間が好きだから、それ自体は苦にならない。でも。

「やっぱり万里くんが居ないのは、寂しいなあ」

ぽつりと口に出して言うと、自習コーナーに座っている三年生に変な顔をされてしまった。すみません、と小さく頭を下げる。

カウンターに積まれた本を自分の前に持ってきて返却処理をしていく。ディスプレイに表示されるあの作家さんの名前。

「・・・・・・あ」

一瞬万里くんかと考えてしまってから思い直す。返却者の欄には知らない人の名前があった。

まあそんなわけ、ないよね。ここに来ていたら気が付くはずだもの。

そう心の中で呟いて浮き上がった気持ちが下がり始めたとき、バン!と大きな音が聞こえた。

「はあっ・・・はあ・・はあ・・・・・・」

後ろ手で素早くドアを閉めて荒い息をついているのはよく見ると明日香ちゃんだった。

へなへなとしゃがみ込む彼女に声を掛ける。

「あの・・・・・・」

「ひゃあッ!?あ、え・・・智花ちゃん・・・?」

そこで改めて気が付いたように辺りを見回す。

「ここ・・・図書室・・・?あ、ごめんなさい!騒がしくするつもりは・・・!」

しー。勉強していた三年生と二人で人差し指を口元にあてた。

「あ・・・はい、すみません・・・・・・」

明日香ちゃんは身を小さくして頭を下げた。

「・・・どうしたの、そんなに急いで」

「その・・・なんというかダイチ、じゃない河本に追われてて・・・」

「え?」

唖然とする私の耳に、

「明日香ああああああああああああッ!どこだああああああああああああああッ!?」

「ひッ!?」

「本当だ・・・・・・」

何してるんだろう、河本くん・・・。本当に、何してるんだろう・・・。

心底彼が分からなくなりかける横で、明日香ちゃんがまた話し始めた。

「・・・朝学校に来てからなんでかずっと追い回してきて・・・。なんていうかね、ほら・・・追いかけられたらさ、逃げちゃうじゃない?本能で・・・」

まあ逃げる理由は無いわけでもないんだけど、と小さく呟く。

「明日香ー?おーい明日香やーい」

河本くんは少し落ち着いたようで、騒がしかった声が収まってくる。

明日香ちゃんは何なのよアイツ・・・とため息をついた。

「・・・アンタさあ」

「え?」

二人して振り返ると、いつのまにやら先輩が体をこちらに向けて座っていた。

「あの子が何で追いかけてくんのかホントに分かんないわけ?」

大きな黒縁の眼鏡の奥の瞳が明日香ちゃんをじっと見据えている。

「・・・分かんないですよ、そんなの」

「嘘つき」

片頬を歪めて先輩は小さく笑う。

「気付いてんでしょ?あの子の気持ち。正直ウザったいとは思うけどさ、あたしはあの子が何のためにアンタ追いかけてんのか、分かるよ」

遠くで河本君の声が響く。

「ホントは分かってんでしょ?アンタも。だから、逃げてる。・・・違う?」

明日香ちゃんは唇を噛んだ。ややあってからまた口を開く。

「わたしには・・・好きな人が居るんですよ?」

「でももう、そんな奴のことなんか考えてらんないくらいあの子のことが頭を占めてる」

不遜な先輩の言葉に明日香ちゃんがばっと立ち上がった。

「なんで・・・ッ!?そんなことが先輩に分かるんですか!」

「んー・・・ソースはちょっと教えるわけにはいかないんだなあ・・・」

ソース、という単語に二人で固まった。

「誰かから聞いたってことですか?」

私が訊くと、先輩は

「そ。ま、訊かなくても態度で大体分かっただろうけどねぇ・・・」

そう言ってニヤニヤと笑う。

「・・・で、どうすんの、明日香ちゃん?あの子まだアンタのこと探してるよ、きっと」

「ううう」

頭を抱える明日香ちゃんだったが、次の瞬間パッと顔を上げて、

「・・・智花ちゃん、うるさくしてごめん。・・・先輩も」

「う、うん・・・」

「本当にね。勉強の邪魔、とっとと出て行きなさい」

先輩は、半分眼鏡で隠れてはいたが確かに笑みを湛えてそう言った。

「はい。―失礼しましたッ!」

廊下を駆ける明日香ちゃんのパタパタという足音はやがて聞こえなくなった。

「・・・ええと、どういうことなんですか?―藤澤先輩」

「うわ、やっぱバレちゃったか。使えないわねーこの眼鏡」

先輩は机の上でクルクルと眼鏡を弄ぶ。

「先輩って眼鏡掛けてましたっけ?」

「普段はコンタクトなんだけど一応こっちも持ち歩いてんのよ。変装に使えたりもするから便利っちゃ便利なんだけど・・・さすがに毎日会う天野ちゃんはごまかせないか」

「後姿とかはそのままですしね・・・」

「―あたしさ、あの子の友達の従姉妹なのよ」

「友達・・・って江梨ちゃんですか!?」

唐突な台詞に驚く。そういえばどことなく似ているような・・・。

「うん。江梨からメールがあってさ、ちょっとヘタレお笑い男子と純情バレーバカをくっつけるのに協力してくれないかって。で、面白そうだからノッたわけ」

似ているのはむしろ外見より中身だったらしい。

「で」

「へ?」

「どうなのよ天野ちゃんの方は。あのイケメン彼氏とは上手く行ってんの」

「か、かれ!?そそそんなんじゃないです万里くんは!」

「えーいっつもあたしが勉強してる横でイチャイチャしてたくせにぃ」

「してません!!」

藤澤先輩はふとニヤニヤ笑いを止めて、

「返事、してあげないの?」

「・・・聞いてたんですか」

「ばっちりドアの前でね」

「・・・・・・」

「天野ちゃんがそんな態度続けるんならさ、あたし取っちゃうよ?」

先輩は不敵に笑う。

「前からちょっといいなーって思ってたのよねあたし。こう見えてあたしフリーだし?あの子だったらほら、真面目そうでいい感じじゃない?」

小さな呟きが、口を突いて出た。

「ん、なに?聞こえないよー?」

「・・・・・・取っちゃ、嫌です・・・」

「なんだってー?」

「・・・万里くんを、取らないで・・・・・・ください」

返事もしてないくせに、彼女でもないくせに、私は何を言ってるんだろう。まるで、「万里くんは私のモノ」みたいな・・・。

「私・・・独占欲の塊みたい・・・」

先輩ははあっ、と大きくため息をついた。

「まったく・・・んなおおげさなもんじゃないでしょ。やきもちよ、や・き・も・ち!」

「へ?」

「こっちにも純情さんが居たか・・・。あー今の冗談よ冗談。誰があんな堅物要るか」

「か、かた・・・!?」

「ごめんごめん、別に悪く言ってんじゃなくてさ。いい奴なんだけど、彼氏としては微妙?みたいな。ま、こんなことばっか言ってるからいまだに彼氏居ないんだけどねー」

あっはっは、という乾いた笑い声。先輩、美人なのになあ・・・。

「とにかくさ、気持ち決まってんならさっさと返事してやりなよ。堅物くんが可哀想だよ。まあ寂しいなーって呟いたりやきもちやいたりするくらいだし?返事なんてバレバレだけどねー?」

「な・・・ッ!?」

私はぱくぱくとただ口を動かすことしか出来ない。

「じゃ、せいぜい頑張んなよ、天野ちゃん☆」

ぽん、と肩に手を置いて、先輩は去っていった。

・・・あとに残されたのは、いまだに口をぱくぱくさせている私の姿。

昼休みの終わりを告げる予鈴の音が、遠くに聞こえていた。



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