親しき懐かしき敵
長々と更新を停滞させてしまいました。
すみません。
ここからは宮中の場面になります。
王宮内は特別な宴を控えて、いつも以上の賑わいに包まれていた。
祭祀の参加という名目で国中の要人が召集されているためだろう。宮中は至るところ、客人とその従者たちで溢れかえっている。
その人ごみの中にあってもスイの異質さは目立った。
黒を忌み嫌う国民性を無視した容姿に装い。
そして、そのダークなイメージを払拭するほど整った容姿が更に彼の元に人々から奇異の視線をかき集める。
彼はその突き刺さるような羨望と嫉妬と侮蔑の混じった居心地の悪い空気を避けるように、早足で広間の前を横切ってゆく。
広間のステージからは今日の宴で披露される「黎明の唄」を練習する声が微かにもれている。もうそろそろ最終調整だろうか。この唄に登場する人々に扮した仮装をして女神たちの時代に思いを馳せる。これが今日の祭りの主旨らしい。
しかし、機能的でない古い衣装着せられた要人たちは情けないほど一人では何もできない。あちらこちらで従者を呼び情けなく叫ぶ声が飛び交っている。
そんな馬鹿馬鹿しい様子に緊張気味だったスイの口元に嘲笑混じりの笑みがうっすら浮かぶ。しかし直ぐ様表情を取り繕うと、謁見のために王の執務室へと急いだ。
「アイゼル上院議員を見なかったか?」
そんな中、彼の横を誰より焦った様子で通り過ぎた官僚と侍女の話にスイは聞き耳を立てた。
どうやらクレアを探しているらしい。
「婚約発表を今日になさるなんて」
「お相手の方のご都合もありますのに」
スイの顔が一瞬激しく歪む。
“婚約?クレアが?”
先ほど別れ際にクレアが吐き捨てるように言った言葉がスイの頭の中でこだまする。
クレアの話はただの当てつけだと思っていた。万が一見合いをするにしても、断わるはず。そして自分のもとに帰ってくる。そう心のどこかで思っていた。
それだけ彼女を信じ、愛していた。
“何かの間違いだ”
彼は自分に言い聞かせてまた進行方向に視線を戻す。
“もしかしたら、婚約者がオレってこともあり得……”
途中まで考えたプラス思考に少しだけ期待する。しかしそれは広間の壁際にかけられた装飾鏡に映った自らの姿に遮られる。
いくら王位継承権のない姫君とはいえ、異端者のスイに王家が婚約を許す訳がない。それはお互いの気持ちが通じ合ったときから、覚悟していた現実だった。
故に、時がくれば彼はクレアとの未来のため、全てを捨てて彼女をさらう覚悟でいた。
しかし、彼女にはそこまでの覚悟がなかったのだろう。
“仕方ない”
まるで呪文のように頭の中をこだまするのは、いつものフレーズ。自分を支配する劣等感をまるで肯定するようなその文句に何度も助けられたが、今度ばかりはその情けない響きに怒りがこみ上げた。
「クソっ!」
短く悪態をつくと、スイはクルッと向きを変えてクレアの自室に向かうことにした。
“失えない”
強い思いを胸に一歩踏み出そうとしたスイ。
しかし、残念……。
「スイ!」
後方から彼を呼び止める聞き覚えのある声にスイは凍りつく。彼は気持ちを落ち着かせながらゆっくりと振り返る。声の主を確認してスイの表情が再び曇った。だが歪みそうな表情筋を必死に釣り上げ、彼は向き合った相手に対して笑みを浮かべてみせた。そして、挨拶をしようと口を開く。
「スききょっきょう」
しかし、出来上がったのは思いっきり噛んだ上に裏返った声。そして余りに不自然に引きつった笑顔。
声の主である枢機卿は不機嫌そうな表情で彼を睨みつけた。
「久しぶりの再会にも関わらずまともに挨拶も出来ないとは。見た目以上に無礼な男よ。お前のような者が特別府の総帥とは世も末よのう」
“ムカつくっ”
スイは歯を食いしばる。ただでさえ機嫌が悪いというのに、最も会いたくないモノに会ってしまった。
いや、遭ってしまった。スイにとって目の前の初老の男は災害ともいえる不運だった。
「ご機嫌うるわしゅう。おかわりないようで」
棒読みの挨拶をしながら目は逃げ場を探してキョロキョロと泳ぐ。
「陛下がお前をお呼びだとお聞きしてね。お前は高貴な御方と向き合う場面ですぐに逃げるクセがあるからね。失礼のないように引っ立てようと思ってきたのじゃよ」
“余計なお世話だ。高貴な存在が苦手なんじゃない。あんたが苦手なんだよ”
腹は立つが反論するだけ無駄だ。もしも何かを発すれば、それ以上の言葉をもって罵られるのも十分承知だった。スイの育った聖堂の最高権力者はそういう人物なのだ。お人好しクリスすら苦手だというくらいだから相当だ。
「ではゆこうか」
「はい、猊下」
スイはクレアを思い、後ろ髪引かれる心を胸にそっとしまいこんだ。
そして、枢機卿に連れられて国王陛下との謁見のために宮殿の奥へと更に進んだ。
枢機卿の衣装は聖職者とは思えないほど絢爛豪華な装飾が施されたものだった。例え祭りのために用意された古代の衣装だとしてもこれを選ぶ人の趣味を疑うほど豪華な衣装。それは昔この辺りを治めたというランディーニ家の宰相をイメージした衣装らしい。
戦いの中で悪意に囚われて最後は魔王となる悲劇の聖職者。悲劇……はいらないかもしれないが、このオヤジにはぴったりの格好だとスイは嘲笑した。
「お前さんは、なんで私の甥役なんだ?まったく汚らわしい」
「おれ……。わたしは、扮装ではなく正装です。退魔府仕様なので色は他とは違いますが」
「そうかい。てっきり黒の竜騎士イアン・ランディーニの扮装だとね。しかし似てるね。黒い感じが特に。ヒヒヒっ」
“感じの悪いオヤジだ。こんなのが枢機卿だなんてそれこそ世も末だ。胸くそ悪い。本当に心から関わりたくない”
スイは深呼吸して気持ちを必死に落ち着かせる。これから国王陛下にお目通りするのに、不機嫌な表情では失礼になる。
「退魔総帥ブラックアイズ様並びに、西方枢機卿様ご入場!」
謁見の間の前に着くと息つく暇もなく、すぐさま近衛兵が扉をあけて彼らを招き入れた。
謁見の間では国王が若い総帥の到着を待ちわびていた。
「来たか、頭を上げよ。形式ばったことは良い。報告が先だ」
国王は何やら鼻息荒げに身を乗り出してスイを近くに呼び寄せた。
「お前は良い。さがれ。じじぃ」
一緒に国王に近寄ろうとした枢機卿は一喝されて壁際に下がる。その気まずそうな表情が可笑しくてスイは口角をつり上げた。
“ざまぁみろ”
したり顔のまま、国王の脇にまで歩み寄ると再び跪く。
それをみた王は玉座より腰をあげスイに近寄ると耳元に顔を寄せた。
「娘はやらぬ。汚らわしい異端者め」
囁いた国王の冷たい声にスイは硬直した。
“バレていた”
冷たい汗が体中から吹き出すような嫌な焦燥感が彼を支配する。
国王はスイの肩に手をのせ労うようにポンポンと何度か軽く叩くと、彼の周りをゆっくり歩いてから玉座に戻った。
「それはそれだ。ところで討伐はどうであったのだ」
「は……あの。いや」
上手く説明出来ない。恐怖と緊張がスイの体中の筋肉を震えさせている。
「なんだ。噂では魔女は姿を消したと聞いたが、倒せたのか?」
「いや。あの……」
言葉が出ない。
「ま……魔女の正体は、魔物ではありませ……」
「言い訳か!ならば魔女はどうした」
「それは……」
国王はやや苛ついたようにスイの報告に言葉をかぶせてくる。
魔女に半殺しにされて命からがら逃げてきた。そんなことを言えるような雰囲気ではない。にこやかに見える国王の瞳の奥に潜む冷たい刺すような殺気にスイは再び口を噤む。
「しかし、報告によれば聖者の白の娘を見つけ出したと聞いたぞ。家出中のランバート家の令嬢の保護にも成功したそうだな。ご苦労であった」
「へ?ランバート家?」
スイは何を言われているのかわからず間の抜けた返事を返す。
「竜使いの娘だ。捜索願いが出ていたのだ。ランバート氏も安心したであろう」
寝耳に水だった。
まさかあの礼儀も知らないような失礼な女がランバート家の令嬢だったなんて。例え天地がひっくり返っても彼女が高貴な娘などとは想像もつかないだろう。
「わかった。魔女については魔物でないとのことであれば、別部隊に調べさせることにしよう。お前は引き続き討伐の指示を待つように。それまでは地方の魔物退治につとめよ」
「はっ」
幾分柔らかくなった国王の声にスイは胸をなで下ろす。
テスを保護したのも、変な女に付きまとわれたのも結果として全て良い方向に話がすすんだ。
ただひとつクレアのことを除いて。
スイは深々と国王に一礼した。そして下がるがろうと立ち上がった。
「サンマイン卿、今泉シン様、ご到着なさいました」
しかし、近衛兵が次の謁見者の名を高らかに唱えると、彼の血の気は一気にひいた。
謁見の間と廊下を仕切る扉が乾いた音を立てて開く。
現れたのは、女性と見紛うほど端正な顔立ちをした男。深い青緑色の瞳に短く整えられた茶金髪。その甘いマスクにはうっすらと笑みが浮かんでいる。
服装は白地に青の装飾の入った軍服に白い表地に青い裏地のマントというスイとは全く逆の色調。その色彩は聖なるものを象徴する色だった。
「陛下、ご無沙汰しております」
男は軽やかに跪き国王に一礼する。
「よく来た」
国王はスイを目の前にした時とは比べものにならないほどの喜びを込めた声と満面の笑みで心から歓迎の意を示した。
「シン……」
今泉シン。今のスイにとって、この男の存在ほど不吉なものはなかった。スイの脳裏に苦い思い出がよぎる。
彼の思い人の心を次々と奪った親友、それがこの男、今泉シンなのだ。彼にとってそれは深いトラウマだった。
「スイ、お前は確か幼なじみであったな?」
「は……はぁ」
王の問いにすらまともに答えられないほどの動揺と焦り。
「彼には姉のアンナ共々大変世話になりました。久しぶりだね、また会えて嬉しいよ、スイ」
「それは……」
スイは何か言いかけて口ごもる。
「クレアラは心を決めたようだ。こんやの宴で公表する」
“ああ、やっぱりか”
王の言葉を聞いたスイは納得させられた。それと同時に今までに感じたことのないような怒りに体が震えた。
“お前もかよ。どうして俺じゃダメなんだよ”
目の奥がじんわりと熱くなってくるのがわかる。そして喉の奥から何かがジリジリとこみ上げる。
“吐きそうだ”
スイは口元を覆った。
「今日はめでたいことばかりだ。今夜の宴が楽しみよ」
「そうですね」
シンは柔らかく微笑む。
スイはその場で深くお辞儀をすると踵を返して足早に謁見の間を出た。
失礼は承知だったが、耐えられなかった。口の中がカラカラに渇いていて去り際の挨拶をしようにも声がでない。公人としては最悪のマナーだった。しかし、今の彼にはそんなことに構う余裕などない。
スイは去る前に思い出したように会釈をして謁見の間の扉を抜けると、それが閉まるのも待たずに駆け出した。
やがて中庭に面した回廊につくと息苦しそうに屈みこんだ。
「うっ、ぅおえっ」
吐き気に腹部が波打つように動くが、幾らえづいても何も出てこない。スイは回廊の壁にもたれて座り込んだ。
「なぜだ」
掠れた声は彼女を責める。
“彼女にちゃんと向き合うべきだった”
“もっと慎重に付き合うべきだった”
“不安にさせたりするんじゃなかった”
頭の中に浮かぶ後悔の言葉は彼自身を責める。
「クレア」
愛しい姫の愛称を唱えるように喚きながら彼はその場にうずくまった。
ぐだぐだにお付き合いありがとうございます。
主人公が、オープニングとちょっとイメージ違うよね。
作者もそう思う。