表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

不機嫌な時間

 魔女との対戦から、2日後……。

 スイ達は未だに森をさまよっていた。


 往路で通った道は倒れた樹木で塞がれて、さらに前夜の大雨でぬかるんだ地面が沼となり彼らの行く手を阻んでいた。



「この季節に大雨なんてスイ様はあまり運がよろしくないのかしら」



 テスがボソッともらした。

 独り言を盗み聞きするのもばつが悪いが、加えて思い当たるふしが有るだけに言い返す言葉もなかった。



「はぁ……」



 テスがもらした何気ない溜め息が、彼の心をチクチクと刺す。


 思い返すと彼は本当についていない。

 たいがい彼が何かしら行動しようとすると天候には恵まれず、ここぞという時には体調を崩し、好きになった女性はみな彼の親友を好きになる。

 今まで大した病気や怪我もなく生きてこられたのが奇跡かもしれないと思うほどに、彼は運がなかった。


 そもそも、捨てられたか死別かは定かでないが両親の顔もしらない。

 しかも、彼が孤児として引き取られた施設は大災害に遭い、被害がひどかったため運営が出来なくなった。

 幸いにも行き場失った子供たちは殆どが養子、里子、就職、独立、結婚などなど。

 そう時間をかけずに進路が決まったのだか、スイ独りだけ本当に行き場が見つからなかった。


 最後の項については、彼が髪も目も黒い異端の黒ゆえだろうが……。



「あぁ……」



 思い出すだけで泣けてくる。


 ネガティブな気分になると、自分の容姿が不吉というのがただの迷信ではないのではないかと更に不安を煽る。


 スイがそんなことに気をとられながら早足で歩いたため当然ながら歩幅の小さいテスとの距離は徐々に広がっていった。

 しばらくするとテスはほっぺたをぷくっと膨らませて……



「スイ様! 私は疲れました。もう歩けません」


っと座り込んだ。

 スイの頬の筋肉はピクっと不機嫌そうに引きつった。

 ただでさえ疲れているのに子供の戯言など聞きたくない。


 しかし見たところテスは10歳いくかいかないかの幼い子供。


 ここ2日、ろくに休みなしに歩き続けたうえ、まともに食べていない。

 ここまで歩いただけでもこのくらいの子供にすれば、かなり頑張ったほうだ。



「お嬢様にこんな旅は辛いよなぁ」



 泣き言を言うテスに苛ついたが、よく考えれば仕方ないことだった。

 スイは思い直し遥か後方のテスを迎えに行くことにした。



「スイ様。ありがとうございます~」



 テスは俯いた。

 見たところ、本当に疲れているようだ。

 かわいそうなことをした……。 スイは心の中で謝罪した。

 疲労からあまり考えが及ばなかったとはいえ、完全に自分のペースで歩みを進めていた。

 おそらくテスはずっと小走りだったのだろう。



「負ぶってやるからまってろ」



 彼がそう言いながら歩いていると、テスは急に立ち上がった。



「ぎゃ~! 死ね」



 聞いたこともないようなテスの叫びと悪態のあと……。



 ズバッっと何やら凄まじい衝撃が通り抜けた。

 爆風に顔を背けたスイが慌ててテスの居た方向を見ると……。



「あ……。」



 スイはあまりの出来事に言葉を失った。



「あ……。失敗してしまいました」



 テスは困った顔をして口元を手で覆った。


 テスの左側の茂みが東側に向かってぱっくりと開けている。



「なっ……」



 スイはあまりの驚きに硬直したまま動けなくなっていた。



「私の靴を虫けらが足蹴にしましたの」



 テスはやや怒ったような口振りで話しながら衣類についた土を払った。



“何なんだ……。マジ何なんだ……。本当に何なんだよ!”



 テスが冷静なのがスイには信じられなかった。

 信じられないが、その信じられないことが今、目の前に広がっている。

 何度も考えて、必死に頭を整理して出てくる答えすらまた信じがたいものだった。



「まさか……」



 スイが恐る恐る尋ねようとすると、



「道、出来ましたね」


 テスは素知らぬ顔でそれを遮り切り返した。



「私、みた目よりもいろいろ出来るんですよ」



 テスは満面の笑みでそういうとスイに駆け寄った。



「負ぶってくださるって仰いましたよね」



 スイは言われるがままにテスを背負うと、テスが作ったと思われる道を歩き始めた。



 道は、無理やり木々を粉砕したり燃やしたりしたわけではなく、何やら木々を自らよけさせたような不思議な作りになっていた。


 空間をこじ開けたようなその隙間は真っ直ぐに森の境まで伸びていた。

 スイは、まるで狐につままれたような気持ちのままで、テスを背負って出口に向かって歩き続けた。


 森が途切れる境目が近づくにつれて、



“何かが……。何かが”


「おかしい!」



 呆気にとられて言いなりになっていたスイだがようやく我に返った。


 結構な時間がかかったのは、スイが鈍いからではなく、よほど信じがたい出来事ゆえのことだ。


“俺、本当にしっかりしろよ”



 スイはテスを背負った背中を伸ばし、支えていた手を外した。



「きゃっ! な、何をなさるの」



 急に支えを失ったテスは長身のスイの背中から落ちて尻餅をついた。


 スイはテスに向かいしゃがんだ。


 そして、痛がる少女の目をしっかりと見据えて睨んだ。



「テス!」



 しかし、そんなスイの姿勢を見てテスは吹き出した。

 でっかい大人の男が大股開き尻を落とてしゃがむ姿は実に滑稽で、スイの真面目な顔すらテスの笑いの種にしかならなかった。



「うふふふ……。どうなさいました?おかしな格好して。ふふふ……」


「笑うな!」



 自分がいかに滑稽な体勢で少女と対峙しているかを知らないスイは、テスの態度に一喝した。


 テスはひとつ咳払いをするとスイの目を見据えた。



「お前、何なんだ。 さっきのあれは何だ」



 しかしテスはきょとんとしている。

 その表情は



“スイ様は一体なにを言ってるの? 何のこと?私が何かした?”



と言いたそうな雰囲気だった。




 恐らくスイにとっての非日常は、テスにとってはごく当たり前のことでだったのか状況がのみこめないらしい。


 その態度にスイはまた怒りが込み上げてきた。

 スイの眉間に深く刻まれた不機嫌なシワを見たテスは、叱られているらしいことを察したテスは考えた。



“どうしてかしら……まさか……”



 テスは困ったような表情でスイの目をチラリと見ると何かを話し始めようとした。


 しかし、もう一度思い直して目をそらし考えこんだ。



“ちがうわ……。背負っていただたのは、スイ様の善意で申し出て下さったからですもの”



 スイのイライラは徐々に募る。


 テスは何度も何かを思いついたかのように顔をあげるが、次の瞬間には何か別のことを思い出して眉間にシワを寄せて真剣に考え始めた。


 スイの怒りはそろそろ限界だった。


 ただでさえ悪い目付きが眉間の皺に彩られて、彼の人相を極悪人のように歪めていく。



 テスのその真剣な表情にスイは違和感を感じずにはいられなかった。



“当たり前におかしいだろ”



 スイは怒りを必死に抑えテスの返答を待った。


 しばらくして



「あの……、申し訳ありませんが、私にはスイ様のお怒りの所以がわかりかねます。何故、そのように険しいお顔をなさいますの?」



 テスは本当に申し訳なさそうに上目遣いでスイを見上げながら尋ねた。


 その言葉を聞いたスイはとうとうキレた。



「この道だ! お前が作ったのか! ならばどうやった。」



 スイは、イライラした口調で早口にたたみかけた。



 テスはその時初めて何が悪かったのかを悟ったかのように青ざめた。

 そして、もっていた装飾杖を投げつけると出口に向かって走りだした。 高価そうな杖が地面に叩きつけられるのを放っておけなかったスイは、落ちる寸前でキャッチ。

 しかし、その直後スイは自分の貧乏性をほとほと恨んだ。



「いででで……」



 テスと一緒に持ち上げた時にはあんなに軽かった杖が、今は鉛のように重かった。


 スイは右腕の指を骨折した。

 利き腕ではないのが幸いだった。



 利き腕が無事だった、などという幸運に胸をなで下ろしている暇などなかった。


 テスは出口に向かって駆けていく。



「おいテス!」



 呼び止めたスイの声のあとに何やら低い地響きのような音が続いた。


 スイが来た方向を振り返ると……。


 スイの目の前にはまた信じがたい光景が広がっていた。



「え……」



 慌てて杖を放そうにも重くて全く動かない。



「スイ様! 何なさっているの。早く森が閉じます!」



 テスが逃げ出したのは自分のしたことの重大さや異常さに気づいたからではなかった。直面している危機を察したからだった。


 スイはありったけの力を振り絞って、杖に挟まれた手を引き抜くと、テスの待つ出口の方向に全力で走った。


 森はテスの杖をはじき飛ばし、迫ってくる。


 テスは意を決して、スイのほうに走りよると、上空にて旋回する杖をキャッチした。


 杖を手にとったテスはスイの背に自分の背をむけるようにして構えた。


「止まれ!」



 テスの甲高い声が森の立てる不気味な音をかき消すかのように響いた。


 押し寄せる地響きのような爆音は、ミシミシと軋むような嫌な空気感に変わった。



「走れ!」



 振り向きながら叫ぶテスの横顔に、子供らしい幼さはなかった。


 その凛とした表情には似合わない小さな体がゆっくりと確実に後退している。森に押されているのだ。

 森の質量はどんなに小さく見積もってもテスの数千倍。大きさや重さはそのままそれが持つ力を示す。

 どんな計算をしてもテスの力では、到底かなわない。

 森はその圧倒的な力で小さな少女の体を押し潰そうと容赦なく押し寄せる。



「急いで!」



 その緊迫した様子にスイは圧倒され、テスの言うがまま走りだした。


 テスの体は森の勢いに押されてジリジリと後退していく。



「きゃっ!」



 スイが森を出た直後、テスは森にはじき飛ばされた。

 先ほどの杖同様、舞い上がった少女の体はまるで羽のように軽々と飛んでいく。


 そして、弧を描くように落下!


 軽やかな音を立てて落ちたその先ではスイが両腕を広げて待ち構えていた。



「スイ様、素敵なお迎えですわ。ありがとうございます」



 スイは、しっかりとテスを受け止めた。



「はぁ……。」




 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 ここまでは謎だらけ。少しずつですが解けてくるはずです。

ただし序盤は暫く謎の羅列なので頭が混乱するかもしれません。

すみません。

 テスの発言に気をつけていくと分かりやすいかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ