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魔女の森2

 体じゅうが痛い……。

 まずはその感覚が彼の意識を取り戻させた。


 腫れているのだろうかやたら瞼が重い。

 喉になにか支えているのか、声すら出ない。


 一抹の不安の中、彼はゆっくりと軋む体を起こして目をあけた。


 霞む視界を凝らして見回したその景色の中に、あの青い髪の魔女の姿はなかった。


 代わりにあったのは、優しい木漏れ日と木々のざわめき。


 先ほどの様子とは一変して、そこには平和な時間が流れていた。


 あれは夢だったのだろうか。

 彼は訝しげに首をかしげる。



「っつぅ」



 しかし、着ていた服はボロボロ。 あちこちに擦り傷・切り傷・裂傷・打撲……。

 兎に角血まみれ。

 その目に写った自分の様子にそれが夢でなかったことを思い知る。



「なんなんだ」



 ようやく発せられた僅かな声は風にかき消されるほど弱々しく掠れたものだった。


 確かにあれは、現実だった。それなら何故助かったのだろう。

 そう自問自答しても彼には何も思いつかない。

 まさか、ここが天国というところだろうか。

 それならばこの体の痛みはなんなのだろう。こんな仕打ちはない。

 地獄にしては平和で美し過ぎる。





 妙によく働く頭が色々な説をとなえる。


 魔女の気が変わった。納得はいかないが、それ以外に答えがなかった。


「ケホっ…」



 小さな咳の音に彼は再び身構えた。



 まさか……。



 背筋が凍るような恐怖と、緊張感が彼の軋む体を強ばらせる。

 彼はその恐怖をおして霞む目を精一杯こらし、森の平和なざわめきの中に耳を澄ませた。



「ケホっ…」



 その音のする先に視線を向けると、霞む目にぼんやりと毛布を丸めたようなものがうつった。



「ケホっ、うう…」



 それは、生き物のように小刻みに震えている。

 そこには誰かが居るようだ。


 あの布のようなものは着衣だろう。


 それとの距離感がつかめないために大きさはわからないが、色からはあの魔女のものではないことだけが確認できた。



「ケホっ」



 彼は痛む足を引きずりながら何とか近づく。そして恐る恐るそれを覗きこんだ。



「子供!」



 そこには女の子が横たわっていた。



「おい! 大丈夫か? おい!」



 彼は、女の子に呼びかけた。





 一見するには目立った外傷もなく着衣も彼ほど乱れた様子もない。


 何度も咳をしていたのだから、もちろん息はある。



「おい! おい!」



 彼は、女の子の頬を軽く叩きながら何度も呼び掛けた。



「おい!」



 しばらくすると、女の子はうっすら目をあけて



「お腹がすいた……」



と、一言だけ言うと再び目を閉じた。



「腹へった?」



 少女のその間の抜けた寝言のような呟きに彼は安心したのか、たったそれだけのことで吹き出してしまった。


 気絶しているのか眠りこんでいるのか、そのあと何度声をかけても女の子の返事はなかった。



「そうだな」


 彼はそう言って、少女のケープて被われた頭に優しく触れた。

 そして、よっこいしょと言わんばかりにそのそばに重い腰を下ろした。

 それから、手で光を遮って空を見上げた。

 日差しが眩しい。

 太陽はほぼ真上。

 魔女と対峙していたころはまだ夜も明けていなかった。


 相当長い時間彼は気を失っていたようだ。


 その間、眠っていたにしては疲労感が半端じゃない。


 それは、彼が危機に陥っていたことを今更ながらに思い知らせる。



 しかし、この疲労感と安堵に浸っている場合ではなかった。

 ここはまだあの魔女のテリトリーの森なのだ。

 一刻も早く脱出しなければならない。

 彼は意を決して腰を上げると、少女を背負って立ち上がった。

 小さな少女の体は、驚くほど軽かった。

 少女の背負う布製の大きな鞄には今にもはち切れそうなくらいに荷物が詰められ、その傍らにくくりつけられた彼女のものと思われる高そうな朱塗り装飾杖はいかにも重たそうに見えた。

 その印象から思いっきり力んでいた彼は拍子抜けだった。


 少女は軽かったが、疲れきった彼の体はひどく重かった。

 それでも、力を振り絞り、足を引きずるような格好で少しずつだがフラフラと歩いた。


東へ……東へ……。


 しかし、その足取りは重くなかなか前には進まない。

 高く登っていた日はやがて傾き、そしてゆっくりと彼の歩みとは逆に沈んだ。



「はぁ…」



 半日歩いてようやく彼は見覚えのある地点に着いた。



 往路でキャンプした岩場だ。

 あと少しで森を抜けられる…。

 安心感からか急に彼の足腰から力が抜けた。

 そしてまるで崩れるように膝を折り地面に付けると、少女をその横に下ろし座りこんだ。



「ああ、せめて、せめて火を……」



 彼は掠れてきた目を焚き火の跡に向けるが、どうしてもそれ以上動くことができなかった。


 さらに激しい眠気が彼を襲った。



「ダメだ…」



 彼の視界は疲労と眠気に閉ざされた。






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