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ヒトのカタチ2

遅くなりました。漸く、更新です。

 退魔府の執務室は王族の住まいがある南東の棟の隣、北東の棟にあった。万が一、城が魔物の襲撃に遭った場合、王族を守れるようにとの配慮だろう。


 しかし肝心のスイがこの部屋で仕事をするのは年に数日。住まいとしている宿舎もここからは遠い。そのためあまりに役に立たない配置でもあった。



「怪我、なさっていらっしゃいますの?」



 誰も居ないはずの部屋に入ったスイを迎えたのはテスだった。彼の椅子に埋もれるように腰かける様が滑稽だ。



「大丈夫ですか?」



 ふんぞり返ったままでスイを気遣うテス。その姿は、大きく広がった彼女の衣装と陶器のように白い肌のせいか、箱に収まった人形のように見える。


 彼が軽く頷くと、テスは夜の闇で黒く陰るその瞳を悲哀の色で歪めた。



「でも、本当に痛いのは体の傷ではないみたいですね」



 テスの慈愛に満ちた穏やかな声に、スイは目頭が急に熱くなるのを感じた。



「なんで……」



 スイは震える声で何かを噛み締める。


 書類が整然と積み重ねられた埃っぽい執務室内に、彼が鼻をすする音だけが暫く響いた。


 テスは椅子から跳び跳ねるように降りた。そして肩を落とし立ち尽くすスイの体に、短い腕を回して優しく抱き締める。


「テス、お前は」



 スイはテスの頭にポンっと手を置く。


 するとテスは彼の下肢を抱きしめる手に更に力込めて顔を伏せた。



「ヒトより俺の気持ちがわかるんだな」



 スイはテスのふわふわと揺れる無機質な色をした髪をそっと撫でた。



「どうしてなんだ?」



 テスは何も言わない。



「お前は、魔物なのに」



 しかし、その言葉を聞いたテスはばつが悪そうにスイを見上げた。そして申し訳なさそうに笑っいながら「バレてました?」と肩をすくめる。

 スイが頷くとテスは小さく舌をだしてみせた。

 スイは無邪気な様に表情を綻ばせる。そしてテスから離れるとフラフラと自分の椅子に腰かけた。


 中庭に向いた窓から芳しい香りが風にのってふんわりと吹き込んでくる。その香りはスイの衣服から漂うのと同じ甘く苦く切ないシンシアグラスの香りだ。



「窓、開けたんだな」


「良い香りですよね」



 スイは、そうだなと小さく返事をしながら机の上に積まれた書類に手を伸ばした。

 伸ばした手と繋がる筋肉が彼の肋骨の傷をかすめる。その痛みが彼の表情を僅かに歪ませた。

 それを見たテスは自分も一緒になって痛そうな顔をする。


 テスは紙が積み込まれた木箱の上にチョンと腰かけた。その位置からはスイの手元が良く見えた。


 見渡す限りどこもかしこも溢れんばかりの書類。殆どは魔物退治の依頼や、その後の経過報告。中には、魔物退治の後始末をさせられた一般警備兵の苦情や、退魔府直属の小隊を編成して欲しいとの要望書などもある。

 それらの書類は種類ごとに束にして交互に重ねられている。そうして山になった書類は執務室内にところ狭しと並べられていた。



「誰か仕分けてくれたみたいだ」


「先ほどは私たちを案内してくださった方が整頓なさっているようでしたよ。なんでも、退魔府唯一の職員兼隊員だから激しく忙しいとお嘆きでした」



 スイは少し考えるが、誰かを事務官に任命した覚えなど全くなかった。

 それどころか、自分には部下が居ないと信じていた。それ故、そんな存在がいるというのは初耳だった。

 更に言うと、テスたちを案内した者の顔もすでに浮かばない。スイは頭を抱えた。



 興味のない者のことになると全く記憶力が働かない。忘却機能が異常に発達した自分の頭が恨めしかった。



「まぁ、いいか」



ただ恨めしいとは思うが不便なだけで害はない。

 スイは頭を切り替え再び書類を読みにかかった。


 左手でペンを取り次々とサインする。執務室には紙がはためく音と、紙を擦るペンの音だけが響く。

 しばらくその様子を見ていたテスは急に箱の上に立つと、床に飛び降りた。

 大した高さでもないのにドレスのスカートはまるでパラシュートのようにフワッとひろがってテスの着地を助けた。

 テスはスカートを何度か両手で叩いて整えると、真っ直ぐな視線をスイに向けた。



「何故、私が魔物とお気づきになられたのです?」



 テスはそのままつかつかと机に歩み寄る。そして強い視線でスイを見つめた。



「何ゆえ魔物と知った上で生かし、今もこのように自由にさせてくださいますの?」



 テスは真剣な様子で前のめりになってスイにくってかかった。



「そこ触るなよ。崩れると鬱陶しいからな」



 スイはテスの問いに答えることなく仕事を続ける。

 一方のテスは微動だにせずにずっとスイを凝視し続けた。



 二人の沈黙の合間を縫って無機質に響きわたるペンの音。

 テスの無言の圧力を象徴するような静けさが、スイを追い詰める。



「何だよ」


「何故です」



 スイはペンを置くと面倒くさそうに大きく欠伸をした。

 その振動がまた骨に響いたらしく、スイは表情を強ばらせた。



「傷、治して差し上げたいのですが、魔法では効果が期待できません」



 テスは悔しそうに表情を崩した。



「気にするな。それに」



 スイは小さな声で話し始めた。



「お前はオレを傷つけたり陥れたりするつもりはないだろ? 寧ろ逆に助けてくれている」



スイが視線を上げるとテスは僅かに頷いた。



「オレは、オレや人に害をなす魔物しか倒さない」


「ですから、何ゆえ」



 スイは首に手を当てて前後左右に回しながらフッと小さく笑った。



「そればっかりだな」



 スイはそう言うとサインのし過ぎで疲れた左手を右手で揉みほぐして、手首を回す。



「俺の持論だが、たぶん……」



スイは語りだした。


 スイが言うには、魔物は何か生きる理由があるから生を受けて存在するものだという。

 それは人間が生きるための生き甲斐や何らかの使命感よりもずっと根深いもの。そして、人がその領域を侵した時のみ魔物は人を襲うのだと。



「稀に、人を襲うために生まれた魔物もいるみたいだが。それを除けば魔物もそんなに恐ろしいものじゃない。逆に使命によっては人に有用なものも居る。……と思うが間違ってるか?」



 スイはそう言うと大きく深呼吸をして、また胸を押さえてうずくまった。学習能力がないのか。それとも幾つものことを同時に考えるのが苦手だからか。この数時間の何気ない行動で確実に彼の肋骨の傷は悪化したに違いない。


「それは概ね合っています。ですが、私が聞きたいのはそこではありません」


 そんなスイの様子には目もくれずにテスは声を荒げた。



「何だ?」



 スイは痛みに顔を歪めながら、テスの顔色を伺う。



「教えてください。なぜ私が魔物だと分かったのですか?」



 スイは、また新しい書類に手を伸ばしてはペンをとってサインをする。

 しばらくの間また無機質に紙を引っ掻くような音が執務室内に響き渡った。




 書類はまだまだある。今夜一晩徹夜したぐらいでは到底終わりそうにない。



「……仕事だからな。何となくだよ」



 スイはテスを見ようともせずに淡々と職務をこなしながら話す。



「でも私はヒトにしか見えないですよね?」



 テスの訝しげな声にスイは一度手を止める。それから一瞬だけ眉間にシワをよせて考える。



「そうだな、説明を求められると感性の問題だから難しい。ただ、魔物のカタチも有り様も様々だ。安心しろ、わかるのはオレくらいだ」



 スイはそう言うと小さく欠伸をしてから、明日にするかなと呟いて立ち上がった。



「あの!」


「あのな、カマを掛けたところも有るが殆どは勘だ。お前にも違いはわかるんだろ? 聞くなよ」



 スイは面倒くさそうに扉に向かいながらまた欠伸をした。ちょっとした振動が、傷に響く。



「ご存知ですか?」



 テスは俯いたまま静かに話し始めた。


「魔物に生きる理由があるならば、何故この城が魔物に守られているのかを。女神の末裔が住まうこの城を何故それと対為す魔王の創造物が守るのです?」



 それはスイも不思議に思っていた。

 サンドサッカーは城に招待された者と城から出たものは決して襲わない。そして城には攻め入らない。確かに可笑しな習性だった。



「女神が生み出したという飛鏡は、実は魔王の産物ーー魔物だったという事実はどう説明しましょう?」



 テスの話はスイが感じていた違和感そのものだった。



「どうして世界は切り離され、我々はこの虚空に閉じ込められたのでしょう。セ、女神と呼ばれる者はどうして私たちから大きな世界を知る権利を奪ってしまったのか……。なぜそれらの記述が失われ歴史を消し去ったのか」



テスは淡々と語る。



「女神と魔王と王族と魔物と人間と異端者と。名は本当に体を表すものなのですか? それらはそんなにお互いに隔たりのあるものなのですか?」


 テスは話終えると小さく溜め息をついて切なそうに細い月を見上げた。


 スイは首を傾げた。



「お前いくつだ?」


「は?」



 スイの間の抜けた質問にテスの目は点になった。

 テスは状況が掴めないまましばらくスイを見つめたのちに吹き出した。



「私も人の礼儀というものを少しばかり存じております。それによれば女性に歳を聞いてはいけないのでは?」


「子供は例外だ。お前は見た目が子供だから良いんだよ」



 スイが自信たっぷりに言うのでテスは再び吹き出す。



「たぶん思いもよらない歳ですよ。それに、何をもって歳を語るかにもよりますから」



テスはそう言うと、窓のほうを向いて深呼吸した。



「何だよもったいぶって。オレは帰るぞ。おやすみ、早く寝ろよ」



 スイは少し拗ねたように言い残してフラフラと執務室を出た。


 扉の閉まる乾いた音が響き、その振動で書類の山が揺れる。すると数枚こぼれ落ちた書類がパラパラと風に立って窓辺から外に飛んだ。


 部屋を出たスイは扉によしかかり力なくしゃがみこんだ。



「聞きたくないんだ。そんな話は」



 スイは目元を左手で覆って天井を仰いだ。


 不安と焦りに似た気持ち悪さが身体中を這う。考えるだけで鳥肌が立つほどの寒気を感じる。恐いのだ。

 木が軋む甲高い音が部屋の中から微かに聞こえた。テスが窓を閉めたのだろう。

 その直後、鈍い衝撃音と共にスイの背中に痛みが走った。



「痛っ」



 勢いよく開いた扉がスイの背中を打ち付けたのだ。



「スイさま何でそんなところにいるんです? 危ないですよ」



 スイの喚き声に呼応するように扉は一度閉じられた。そして再びゆっくりと開かれ中からテスがヒョコっと顔をだした。


「ボンヤリしないでください。そこ通りますよ。急いで!書類が飛んで行ってしまって……」



 テスはひどく慌てている。彼女はスイを足蹴にするように扉を越えて中庭に向かって駆けていった。

 しかし、しばらくすると何か思い出したかのように立ち止まりクルっと回れ右で振り返った。そして、スイに駆け寄ると何やら焦って言い訳をするように



「2枚だけですよ。私が取り戻して参りますから安心してください」



と、それだけ言ったのちに、小さく会釈をして再び走り出した。



「おやすみなさ~い」



テスは喚くように叫びながら走り去っていく。


 スイは唖然とその後ろ姿を見送った。 テスの規則正しい足音がどんどん遠ざかっていく。



「ふっ……、あははは」



 スイは腹を抱えて笑い出した。肋骨がズキズキと痛むがもう止まらない。



「なんだよ」



 テスの様子が可笑しくて笑ったのとはちょっと違っていた。



「何かアホらしくなってきた」



 ぐずぐずと悩み、うずくまって動けない自分も、自分を取り巻く柵も全てが馬鹿馬鹿しく思えた。もう笑うしかなかった。半分やけくそだった。

 彼は腹筋が痛くなるほどまで笑い続けると、ピタッと笑うのをやめて立ち上がった。

 そして、歩きだした。

 明日は忙しい日になりそうだ。


 スイは痛む傷も省みずに姿勢を正して早足で暗い夜の闇に消えた。




物凄く更新頻度が少なくてすみません。

今度はもう少し早く更新したいです。

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