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古のうた

今回はいつもより早くアップできました。

まだまだ先は長いですが(前編が400ページほど)どうかお付き合いください。

「スイ様!」


“テス?”



 どこからかテスの声がする。



「ス~イ~さ~ま~!」



 その声がだんだん近づいてくる感覚が何だか不快でスイはうっすらと目をあけた。



“うるさいなぁ”


「あっ、居た。スイ様!皆さんが血眼になってお探しですよ」



 どうにもならない気持ちを抱えて蹲っているうちに眠ってしまったらしい。日はとうに暮れ、宮殿の中からは祭りのための軽快な音楽と、乾杯の音頭が聞こえる。



「やばっ」



 スイは慌てて飛び起きると、テスと共に会場へと急いだ。

 ふてくされて寝入るなんて子供染みた行為に走ったことが情けなくなる。



「スイ様素敵な正装ですね。まるでイアン・ランディーニの生き写しですわ」


「そんな奴知らん」



 テスはフワフワしたその髪よりもっとフワフワしたラベンダー色のドレスに手間取りながら小走りでスイを追う。



「お前はサイズ間違えたのか?」



 ボリュームたっぷりのスカートに埋もれ気味のテス。小さな体がより細く見える。



「無理やり着せられましたの。城に上がるためだって」



テスは不満げにほっぺたをぷくっと膨らませる。


 女神降誕祭。

その昔、聖女セレサが自らの命を神に捧げ、それと引き換えにクワイアトを世界から切り離し戦乱から守ったことを讃える祭り。

 その気高い聖女の姿勢に心をうたれた神が彼女を蘇らせて、妻として迎えたという神話に由来する。そのことから後の人々が聖女の命日を女神の降誕祭として祝うようになったらしい。

 この祭りの最大の特徴は古代の神や英雄たちに思いを馳せるために仮装するのだ。要人たちがそれぞれ与えられた役の偉人たち扮して、祭祀として披露される「黎明の唄」を鑑賞する。

 会場の入り口ではゴシップ好きの誰かが作った配役表が密かに配られていた。


~配役表~

神…国王陛下

女神…アイゼル上院議員

黄昏の勇者…退魔府総帥

黎明の勇者…今泉閣下

魔王……西方枢機卿

初代女王……アリシア姫

~以下脇役は別紙にて~


 女神役のクレアの名の横には、その最初の夫であった黄昏の勇者の記載がある。その配役には皮肉にもスイの名が記されていた。



「……はっ」



 思わずもれた自らの嘲笑にスイは唇を噛み締めた。

 すでに乾杯の音頭がとられた会場は、ご婦人方の噎せるような香水の匂いに混じって、ほんのり甘い酒の香りが漂っている。



「イヤな臭い……。クサいってこういうニオいにも使うのかしら」



 テスは鼻を覆う。

 人混みをかき分けて、壁際の立食スペースに立ち寄ると、ロイヤルボックスに並ぶクレアとシンの姿が目に飛び込んできた。

 気高く濃艶なクレア、誰が見ても端麗で高貴な雰囲気すら漂うシン。並んで座る二人の姿があまりにもお似合い過ぎてスイは目を背けた。



「スイさま、意外に諦めが良いのですね」



 テスはテーブルに並べられた菓子に必死に手を伸ばしながらボソッともらす。しかし、その姿はテーブルが高いのか胸から上だけしかみえていない。



「ほら、これか?」



 スイはテスのいらぬ詮索に苛立つよりも、その微笑ましい仕草に和まされ目を細めた。



「違います。右の甘そうなお菓子に白いクリームもたくさん」



 スイは言われるがままパウダーシュガーがふりかけられたケーキにクリームをたっぷり塗る。それを見つめていたテスは満足げにニンマリとしながら両手を広げて皿を受け取ろうと背伸びをした。


 ガンと勢い良く一斉に鳴った楽器の音。スイはケーキの皿を持ったまま手を止まった。



「あっあああ~」



 ソプラノの美しい声が先ほどの音で静まった広間に響きわたる。



「あああ~……」



 祭りのメインイベントの開演だ。

 スイはケーキ皿を手に持ったままフラフラと指定された席まで歩くとゆっくりと腰をおろした。

 それを見たテスも慌てて席に着く。物欲しそうにスイの手元を見つめながら。




深い慈愛を心に満たしこの世界を抱く

誉れ高く煌めく

赤い月華

世界が染まらぬよう

自らの命の光を燃やす

それこそ女神の奇跡



砕けた黎明の光

世界より虚空を隠し

クワイアトの平穏を祈る

光の内で我ら生きる

我らが女神を称え

世界を導くため



青き月より生まれた月華

赤き光の守人となるべく

神と交わり

天と地を引き裂く

定めを負う



その者の名を讃えよう

赤い太陽の母

赤き月華の巫女

セレサ

我らが創世の女神





 スイにとってこのような正式な祭祀で演奏を見るのは初めてだった。あまりに素晴らしい演奏にスイは感嘆し見入ってしまっていた。



「あの、スイさま」



 音楽が途切れると同時にテスがふてくされたような口調でスイを呼んだ。



「んあ?どうした?」



 スイはテスのほうを向いて返事をすると、何気なく手に持っていたケーキを一口かじった。



「ああ!私のケーキ!ヒドいです!ヒドい」



 テスは顔を真っ赤にして頬をパンパンに膨らますと、スイの腹をポコポコと叩いた。



「う……ぐ、おえっ」



 しかし、見た目以上強いパンチにスイは腹を抱えしゃがみこんだ。



「もう!」



 テスはそんなスイを他所に再びお菓子を得ようと気合いをいれてテーブルに手を伸ばす。



「これでいい?」



 ヒョイッと手元に届けられた甘そうなケーキがのった皿をみて、テスの顔は見る見る明るくなっていく。



「クリームは要る?チョコレート?バタークリームもあるよ」


「生クリームとバタークリームで!」



 テスはそう言うと、皿にクリームが山盛りに盛り付けられるのをニコニコしながら眺めていた。

 声の主が、クリームの上にチョコレートや砂糖で作られた飾りをパラパラと振りかけてくれるのを見届けると、テスは振り返って声の主に一礼した。



「ありがと……」



しかし顔をあげた直後、テスは大事そうに抱えていた白いケーキ皿を落とし固まる。



「イーディ……」



 青い髪、どこかでみたあの法衣のようなドレス。その女の姿は……。

 起き上がったスイもその青い髪を見て固まる。



“まさか……”


「どう?似合う?」



 だがあの魔女とは声が違う。振り向いたその女の瞳は茶色。その顔は綺麗に化粧が施されていたがやはりあの魔女とはちがう。



「わからない?ミリア。ミリアよ!そんなに美人に見える?」


「へ……?」



 力の抜けたテスはヘナヘナと床に座り込む。

 スイはミリアを名乗る女の青い髪をむんずと掴むと引っ剥がした。


「きゃ!何すんのよ」



 その下に隠された茶色い髪はネットのような物で束ねられていた。そんなマヌケな姿をさらされたミリアは真っ赤になった。



「もう、せっかくソレっぽく化けたのに」



 ミリアはスイからカツラを奪い取ると、もう一度頭にのせた。


「初めて見る仮装じゃない?イーディスって黄昏の勇者様の妹よ」


「勇者の妹?」



 黄昏の勇者とは、黎明の唄の第2幕の主人公で女神の最初の夫イアン・ランディーニのことだ。

 彼は女神に贈られた飛竜にまたがって戦場に出たことから、戦から戦を渡りあるく軍神に例えられることが多い。

 “黒の”竜騎士の通り名からも伺えるが、彼はこの世界における異端の黒の代表ともいえる存在だった。

 青い魔女がその妹イーディスならば、これはゆゆしき事態だ。

 この一族がここまで忌み嫌われるには理由がある。それは彼らの叔父にあたるランディーニ枢機卿が魔王化したと言い伝えられているからだ。

 もしも、魔女がランディーニ家の娘で、スイが感じたように魔物でも人でもないとするならば……。その存在は言葉にするのもおぞましいものだ。



「イーディスは黒髪ですよ」



 それはスイにとって良い知らせではなかった。しかし、テスの言葉にスイは肩の力が抜けていくのを感じた。



「黒いカツラなんてないわよ……あ、ごめん。リアルで黒だったね」



 話をはじめたミリアはスイの頭部を見て口を止めた。



「いいんだ」

 スイは何事もなかったように席に戻る。

 ミリアは安心してひと息をつくと胸をなで下ろした。奔放な彼女でも、今の一言は良くなかったと感じたようだった。



「ねぇ、テス。スイは何であんなに不機嫌なわけよ?」


「あれです」



 テスはクレアとシンを顎で差し示す。



「あぁ!さっき何か言ってたね。あいつの彼女が結婚って本当だったから落ち込んでるんだ」


「え、そうだったのですか?」


「テスがあいつを探している間にね。乾杯の直前だったかな。正式発表があったよ。その場面に居合わせなくて良かったんじゃない?」



 テスはスイの横顔をみて心配そうにため息をついた。



「そうとは知らず……」


「でもさあ!馬子にも衣装?スイってボロ着てなければなかなかいけるじゃん。シン様には負けるけど~。ああ、でもシン様は結婚しちゃうし」



 ミリアはテスに話しかけているのか、手振り身振りを交えてずっと話し続けている。

 しかし、聞き手のはずのテスはスイが心配で全く聞いていない。必死に話すミリアの姿は周囲からはかなり滑稽に見えたことだろう。


 スイは、もう一度チラッと新しいロイヤルカップルを見た。すると、その視線に気がついたシンは片手を上げてスイに合図をおくってきた。

 ロイヤルファミリーにこのような合図をいただうたならそれは「こちらに来なさい」という命令を暗に示す。



「はぁ……」



 スイは大きなため息をつき、重たい腰をあげた。



“ああ、気持ち悪い”



 スイは2人の前で丁寧に一礼する。そして顔を上げると同時にクレアに目を向けるが、その視線に気づいたクレアは不自然なほど思いっきり顔を背けた。



「久しぶりだな。その出世っぷりはすごいな」



 シンはスイに世間話を始めた。



「いえ、私には過ぎた地位に困惑している次第でございます」



 スイは目を反らしながら当たり障りなく謙遜の言葉を述べてみせる。



「何だか固いなぁ。いつもどおりにしてくれて構わないから」


 シンは親しげにスイに笑いかける。

 しかしスイは嫌そうな顔をして鼻先で愛想笑いをした。



「そうおっしゃるならば閣下もそうなさってください。出来かねましょうけれど」



 シンはハハハっと爽やかに笑うとクレアに同意を求めるように微笑む。



「キレイだろ、俺の女神は」



 自然と噛み締めたスイの奥歯ギリギリと音を立てる。

 シンの隣でクレアは顔を伏せて拒絶の意を示すのみ。シンがその様子に気づいているのかは定かではない。

 次の瞬間、なぜかシンはスイに接近すると彼の肩をグイッと寄せた。



「でも君が一番カワイイよ」



 そしてその耳元で囁くように怪しげな言葉を置いてゆく。その言葉にスイはシンに触れられた肩から全身に悪寒が走るのを感じた。



「安心。ふふっ……」


“昔からコイツは”



 スイはとっさに後ずさりその手を払いのける。

 そして、再びその視線をクレアに向ける。その瞳には何故だか哀の色が浮かんでいるようで彼は息を飲む。言葉以上に何かを語るその美しい瞳に心の中で何度も問いかける。



“なぜ?”



 背けられた鼻先がもう片方の瞳を隠しスイが視界に入ることすら拒む。

「閣下!ブラックアイズ閣下!」



 突如開かれた会場の扉から、息を切らせながら一人の兵士が飛び込んできた。

 スイはロイヤルファミリーに一礼すると、マントを翻して会場の外に向かう。

 こういった場合は誰かがサンドサッカーの巣にハマって喰われかかっている。一刻を争う事態。



「スイ、ご無事で」



 クレアの震えた声が彼を見送る。

 スイは会場を出ると全速力で走りだす。



「こちらをどうぞ」


「……」



 スイは愛用の刀を受け取ると、一番現場に近い城壁の上まで走った。



「この北側です」



 暗くてよく見えないが、微かに砂煙が上がっている。

 スイはロープを伝い高い城壁を半分くらいまで降りると砂地に勢いよく飛び降りた。着地の瞬間細かい砂がフワッと舞った。しかし、そんなことを気にかける間もなくスイは素早く現場に駆けつける。



「だっ、だれか!」



 先ほどまでいた会場から黎明の唄が微かに聞こえる。第二幕の忌むべき黄昏の勇者を蔑むうた。

 スイはそれをBGMに刃を振るう。切っ先がまだ満ちきらない暗い月明かりに冷たく光る。鈍い音が音楽を切り裂くたびに砂煙はスイの姿を闇に埋もれさせる。



「くっ……」



 容赦なく彼を襲うのはサンドサッカーではなく、砂地を埋め尽くす細かな白い砂。



「うわぁ」



 サンドサッカーに捕まっていた何者かがその巣から逃げ出すと彼は巣の中心に向かって垂直に刃を突き立てる。

 なんとも言えない断末魔の叫びが、かの勇者の名を歌う歌姫の歌声に重なる。





黒き破壊の竜騎士

イアン

我らが女神の愛する敵





 魔物から飛び散った青い体液は、叫び声が途切れる共に砂となって風に散って消えた。

 スイはゆっくりと体を起こすとフラフラと城へと歩き出した。



「忌むべき勇者か。


猛る心を身に隠し

大いなる空を翔る

勇猛なる覇者の子

虚空を炎に染め

私欲のために

月華を奪う……


だっけ?」



 スイはこの歌が好きだった。忌み嫌われて最後には消されてしまうそんな勇者の歌が。




黎明のうた、全3楽章まであるという長いうたです。

全部知りたいって方、いらっしゃいます?


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