表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君愛黙。

作者: 春日陽一

しとしとと雨が降る。

窓の外が暗く感じれるのは、きっと雨のせいだけじゃないはず。

「……どうぞ、適当なところに座って」

そう言ったのに、彼女は依然立ったまま。……いや、硬直したまま。


ギシッ


もとからボロボロなアパートの湿気を含んだ床が、僕が飲み物を淹れに台所へと向かおうとした一歩で、大きく鳴った。


ビクッ!


ほら。それだけで驚く彼女は、もう全神経を使って僕の行動を探ってる。

そりゃそうだ。

やっぱり………………愛し合った君でも、僕の本性を知ったとたん怯えてしまうんだね。






【 君 愛 黙 。】






君と出会ったあの日は、こんな雨の日と真反対。晴れた夜のこと。とても賑やかだった夜のこと。

年に一回。季節行事の花火大会がたまたまその日、僕の仕事帰りにあったらしい。

「らしい」と言うのは、僕がその事実を後日君から聞いたからだ。

…………その晩の僕には、生憎花火なんて見上げている余裕がなかったな。

なんてったって、僕は仕事で失敗したあとだった。

些細なミス。何故、あそこで僕は他人に情けなどかけたのだろう。相手が子供だったからって。

まぁ、とにかく。

些細なミスで僕のお腹には、ぼっこりと穴が空いていたんだ。血なんてもう、どれくらい出たのか全然わからないくらい意識朦朧。

しかし、人々はそんな僕に気付かず。

バンッという大きな音が聞こえる度に、歓声が上がる。

花火の発射位置近くだったから、僕の匂いが硝煙の匂いと混じり合って、打ち消し合って。

華やかな花火の真下の反対、暗い路地をバックに僕は這うように帰路についていた。

でも、家なんて多分つけなかっただろうな。

というか、僕、死んでたかも。……あのままじゃ。……君が助けてくれなかったら。



「あのー、大丈夫ですか?」


僕に“生きる”という選択肢をくれたのは、花火大会に便乗した屋台の売り子さんでした。

――――僕が言うのもあれだけど。その君の優しさは少し危険だよ。

もし、危ない人だったらどうしたのさ?

不用心で、純粋で、優しい君の行動。

今でも、思い出したらちょっと心配になるなぁ。

顔はほころんでしまうけど。



いかにもひん死状態な危険人物である僕に声をかけた君。

不用心にも君は、慌てて僕を病院へと連れて行き。

もちろん、入院となった僕なんだけど……本来、独り身で見舞客なんていないはずなのに、毎日、寂しくなかった。

――――君が来てたから。毎日、楽しい話をお土産に、何故か来てたから。

「ありがとう、って言っておくよ。一先ず。

でも、何で偶然助けただけの僕の見舞いなんかに来るんだ?」

リンゴをシャリシャリ。

彼女の切ってくれたウサギのリンゴを、そう聞きながらも律儀に食べる。

そんな僕と目を合わさず、次に果物かごから手に取った梨を優しそうな目で見つめてこう答えたのだ。


「私が拾ったのはノラ猫だったの。一人ぼっちで傷ついたノラ猫。

無類の猫好きな私が、彼をほっとくと思う?」


「……君が猫好きだったとか知らないよ」

「ふふ。赤くなってるよー」

「なってないっ。

なってなんか、ないしー……」


真っ白い箱の中。

何も無かったはずのそこが、色好きはじめたのはきっとその頃から。

この会話のあと、自分がみょうに嬉しく思ったのは何故なのだろう?

……あのときはわからなかった。でも、今なら断言できるはず。


僕は箱の中で、君の魅力だけを知っていった。

君のその優しいところ、素直なところ、元気なところ……もちろん、可愛いところも。

僕のお腹の穴がすっかり消えるまでに半年もかかったんだ。

半年もあったのだ。僕は残念ながら、鈍い奴でもなかったのだ。

入院して何日目のことだったっけ?

別にこの気持ちを心に留めておく気も、隠しておく気も生憎僕にはなくて。

多分、何気ない雑談のあと、僕はその話の続きのように、さらっと言った。



「……君のこと、好きだよ」



あぁ、あの時の君は熟したリンゴのようで……その、食べちゃいたいくらい可愛かったさ。正直。



両想い。薔薇色の日々。綿菓子のような空間。温かい時間。

二人のカイロが温まるのに、もう時間はかからなかった。



そして、今日。

僕は晴れて退院。

一人で帰れると言ったのだけど、心配性で優しい君は一緒について行くと言ってくれた。

……だけど、実は、僕は君を家へは連れてゆきたくはなかった。

忘れていた。迂闊だった。

あまりにも、君といた時間が楽し過ぎて僕は、“本来の僕”を忘れていたのだ。

断ろうと思った。でも、僕にある不安がよぎる。


――――このままでいいの?このまま、僕を何にもしらない彼女を、愛して、騙し続けてもいいの?

ヘタしたら彼女を危険に巻きこむかもしれないし。嘘をつき続けるのはきっと無理。

それに、



それに、彼女が“僕”を知って、



僕のこと、………………嫌いになるかもしれないだろ?




最後の自分の言葉にはっとした。恐れをも抱いた。

だけど、ある決心も出たし、彼女なら…………期待もあった。

そして、僕は“僕”を語る家へと彼女を招待したのだ。




結果。



ダメでした。


「へ、へぇ~、い、いがいね。

あ、貴方のい、家に、ちゃ、んと紅茶があ、あるな、なんて……」

カタカタカタ

彼女が震える手で持っているカップが揺れる。

彼女の顔は引きつった笑顔を浮かべ、言葉は当たり障りのないように。

目は……目は僕の方に向けることなく、涙さえ溢れそうになっていた。


あぁ、


あぁ、僕はなんて勘違いをしていたのだろう


君なら


君なら、僕を受け止めてくれるって


君のその優しさなら


僕を許してくれるって


僕の本当を知っても


変わらない愛で受け止めてくれるって



        ……僕は君にどれだけ期待していたんだ。



ただの、屋台で売り子をしてた


猫好きな普通の女の子


彼女に


僕は期待を勝手にかけて 勝手に現実を見て 失望して


嫌なやつ 嫌な奴




震える手で支えていたティーカップは、やはり中身をぶちまけた。

「あっ、ご、ごめん……ごめんなさいっ!!

ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、殺さないでくださいィィィィ!!!!!!」

彼女の瞳の雫も、とうとう溢れだした。


僕はそんな君が可哀そうに見えて、


だけど、まだ、君のことが好きで、


最後に


最後にどうかお願い。




「――――頼むから黙って、ただ愛させてくれ」




いつの日かの花火のときみたい。

硝煙が漂う、真っ暗な部屋の中。

暗くてよく見えないけど、壁には銃が、ナイフが。床には血痕や、爪痕が残る部屋の中。

僕は、自分の指が傷つこうとも必至に割れたカップを拾い、必死に命乞いする君を抱きしめ、震える言葉をふさいだ。




それが、君と僕の愛の最後。







彼女が拾ったノラ猫は


やっぱり、ノラ猫で


特定の誰かを


愛したくても


愛し続けることはできず


また、


暗い夜道を


一人でよたよたと


歩きはじめた。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 春日先生、こんにちは。 この度は「アイコトバ」にご参加下さり、ありがとうございます。 詩を多く書かれているせいか、全体的にどこか詩的な雰囲気でした。 優しい文体から来る雰囲気と、ダークな後…
[一言]  恋愛短編企画「アイコトバ」で一緒させて頂いている嘉納秋と申します。よろしくお願いします。  優しい雰囲気の前半から奈落へと落ちる後半の落差が大きくて、面白かったです。  彼の正体や彼女のそ…
2010/08/25 03:20 退会済み
管理
[良い点] はじめまして。恋愛短編企画『アイコトバ』に参加させて頂いております柿木と申します。 遅ればせながら作品を拝見させて頂きました。 主人公の男性は殺し屋なのかなと読み進め、ハードボイルドな…
2010/08/23 21:58 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ