ボクとキミはサブヒロインと主人公の関係性なはずなのに、攻略対象ボクに向いてない?
放課後の帰り道は、いつもこんな感じだった。
梓真と並んで歩くのが、いつの間にか習慣になっていた。クラスが隣同士だったのがきっかけで、気づけば毎日一緒に下校している。ボクとしては、それが普通の男友達との放課後みたいで、居心地が良かった。
梓真はイケメンだ。それは客観的な事実として認めざるを得ない。背が高くて、顔が整っていて、さらっとした黒髪が夕日に映えている。クラスの女子が騒ぐのも無理はない。
でも、ボクにとって梓真は友達だ。それだけだ。
「ねえ、梓真」
「ん?」
歩きながら、ボクは横を向いた。
「また断ったんでしょ、告白」
「……まあな」
梓真は少し視線を逸らして、曖昧に答えた。
「贅沢だよ?」
ボクは苦笑した。
「ヒロインは待たせすぎない方がいいって。早く決めちゃいなよ」
「そうは言ってもな」
梓真は少し困ったように頭を掻いた。
「なんか、うまく話せないんだよな。女子と」
「え、でも普通に話してるじゃん」
「表面上はな」
梓真はそう言って、少し間を置いた。
「那月みたいに話せる女子、いないんだよ。なんか、気使わなくていいっていうか」
「……そりゃまあ、ボクが女子らしくないからじゃない?」
ボクは笑って流した。
実際そうだし、自分でもわかってる。口調も、趣味も、どこか男寄りで、女子グループよりも梓真みたいなタイプと話す方が楽だ。だから梓真がそう思うのも当然で、別に特別な意味なんてなくて──
「そういうとこじゃないんだけどな」
梓真がぽつりと言った。
「え?」
「いや、なんでもない」
なんでもないって言う割に、梓真の声のトーンがさっきと少し違った気がした。
気のせい、かな。
──気のせい、だよな?
ボクはこの世界が、前世に散々やりこんだギャルゲー、『歌詠みのエリトリア』だと知っている。転生したときから知っていた。梓真が主人公で、攻略対象のヒロインが複数いて、ボクはそのどれでもない。サブキャラ枠。賑やかし要員。シナリオには絡まないモブに毛が生えた程度の存在だ。
だから、梓真のことはずっとそういう目で見ていた。友達として、好意的に、でも一線を引いて。主人公とサブヒロインは恋愛フラグが立たない。それがゲームのルールだから。
でも──。
ちょっと待って。
よく良く考えれば最近の梓真、なんかおかしくないか?
思い返せば、やたらボクのことを目で追ってくる。教室で視線が合うことが増えし、ボクが誰かと話していると、なぜか近くに来る。お昼を一緒に食べようと誘ってくるのは前からだったけど、最近はその頻度が上がっている気がする。
そして今の、「そういうとこじゃないんだけどな」という言葉。
あの目。
あの、まっすぐな目。
──それ、ゲームの中でヒロインに向けてた目と同じじゃないのか?
いやいやいや、そんなはずない。ボクは至って普通のサブヒロイン──
「那月」
梓真に呼ばれて、ボクは盛大にびくついた。
「え、な、なに!?」
「急に黙ったから。どうかした?」
「な、なんでもない! ちょっと考えごとしてただけ!」
梓真はじっとボクを見た。その視線がやたら真剣で、ボクは思わず前を向いた。歩くペースを少し上げる。
「那月」
「な、なにっ!?」
「好きだ」
ボクの足が止まった。
夕日が長い影を作っていた。風が吹いて、梓真の髪が揺れた。ボクの心臓が、ありえないくらいうるさかった。
「……は?」
「前から言おうと思ってたんだ」
梓真は少し照れたように視線を逸らしながら、でも言葉は真っ直ぐだった。
「那月のことが好きだ。付き合ってほしい」
「〜〜〜〜〜〜!?」
ボクの頭が、高速で回転した。
待って待って待って待って。そんなド直球で急に言ってくるやつが居るか!?
じゃなくて!!!
これ、なに。なんなの。ゲームにこんなシーンなかったはず……。梓真がサブヒロインに告白するルートなんてなかった。
そんでもってボクはそんなフラグ一個も踏んでないはずで、いや踏んでたの!? 踏んでたのに気づかなかっただけ!? でも主人公とサブヒロインって普通くっつかないじゃん、これシナリオ崩壊じゃん、というかボクはボクはボクは──
「あー!! 聞こえない聞こえない聞こえない──!! それじゃあおやすみっ!!」
気づいたら走っていた。
梓真が何か言っていたかもしれないけど、聞こえなかった。聞こえなかったことにした。
家に飛び込んで、部屋のドアを閉めて、ベッドに顔を埋めた。
……どうしよう。
本気で、どうしよう。
*
一晩考えた結果、ボクが出した結論はシンプルだった。
ボクはサブヒロインだ。
梓真の攻略対象じゃない。
つまり、あれは何かの間違いだ。もしくは梓真が一時的に混乱しているだけで、ちゃんと話せばわかる。ボクがきちんと説明してあげれば、梓真は本来のルートに戻れる。それがボクにできる、一番正しいことのはずだ。
そう自分に言い聞かせて、翌朝学校へ向かった。
教室に入ると、梓真はすでに席にいた。ボクに気づいて、すぐに立ち上がろうとする。
ボクは先手を打つことにした。
「昨日のことなんだけど」
梓真が静止する。
「ボクはサブヒロインだから……さ」
言葉にしてみると、思ったより声が震えた。
「梓真の……その、くっつく相手じゃないから。昨日のは、なしにしてほしいんだけど」
梓真はしばらく黙っていた。
ボクはその沈黙に耐えられなくて、視線を床に落とした。
よかった、これで終わった。梓真もきっとわかってくれる。ボクがサブヒロインで、梓真には本来の──
「サブヒロインって何」
顔を上げると、梓真はボクのすぐ目の前に立っていた。近い。近すぎる。
「え、いや、そのー……っ」
「那月が言うサブヒロインって、どういう意味?」
真顔だった。怒っているわけじゃない。ただ、本当に意味がわからなくて聞いてる顔だった。
ボクは言葉に詰まった。
ゲームのルールとか、シナリオとか、サブヒロインには恋愛フラグが立たないとか、そういう話をしても梓真には伝わらない。伝わるはずがない。だってここはゲームの世界で、ボクだけが知っていることで──
「那月はオレのこと、嫌いか?」
「……っ、違う!」
反射的に答えてしまってから、しまったと思った。
「じゃあ何が嫌なんだ?」
「嫌とかじゃなくて……! そういう問題じゃなくてっ……!」
嫌、というよりは。
ボクはサブヒロインだから、恋愛フラグが立つはずがなくて、梓真には他にちゃんと攻略できる相手がいて──
「那月」
梓真が、ボクの名前をもう一度呼んだ。
さっきより、少し困ったような声で。
「オレ、那月のこと好きなんだけど」
「……知ってるよっ!!」
「それ以上でもそれ以下でもない」
梓真は頭を掻きながら、少し言いにくそうに続けた。
「那月が誰とか、どういう立場とか、そういうのよくわかんないけど。オレが好きなのは那月だから、那月に返事してほしいだけで」
よくわかんないけど、か。
天然か、こいつ。
でも、その「よくわかんない」が妙に真剣な顔で言われると、ボクの中の反論が全部どこかへ行きそうになる。
昨夜ベッドの中でどれだけぐるぐると考えたか。梓真が誰かのヒロインに向ける目とボクに向ける目が同じだって、ずっと気づかないふりをしてきたか。帰り道のあの「そういうとこじゃないんだけどな」って言葉が、頭から離れなかったか。
全部わかってた。わかってたうえで、見ないふりをしてただけだ。
「……ずるい」
気づいたら、口から出ていた。
「そんな真顔で言われたら……っ」
「ずるくない」
梓真は少しだけ眉を下げた。照れてるのか困ってるのか、よくわからない顔で。
「正直に言ってるだけだ」
「そ、そういうところがっ……!」
「……サブヒロインって、もう関係ないだろ」
その一言で、ボクの残ってた言い訳が全部崩れた。
「…………っ」
梓真はそう言って、ボクの返事を待っていた。
急かすでも、詰め寄るでもなく。ただ少し照れくさそうに、でも真剣な顔で。
ボクは深呼吸を一つして、観念した。
「……はあ、負け負け、ボクの負けだよ。付き合うよ」
梓真の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
ボクはそれを見ないように、さっさと自分の席に向かった。耳まで熱かった。
きっと今のボクの顔は到底人に見せられないほど赤くなっているだろう。それを隠すために、全力で梓真に抱きついた。
「うわっ……っと」
ちょっと驚いたけれど、梓真は優しく抱きしめ返してくれた。
──ゲームのシナリオなんて、関係なかったらしい。
サブヒロインのボクが主人公に落とされるなんて、攻略本のどこにも書いてなかった。
だけど、『落とせない』とは書いてなかったね。はは、そんなところに罠があったとは……前世のボクに教えてやりたいよ。
ああ、あの後の進展?
ご想像にお任せしますよ〜っと。




