事故物件の死後事務委任、引き受けます 〜聖女様は六法全書で怨念を裁く。示談にしますか? それとも訴訟(浄化)にしますか?〜
「聖女なら、祈りで救ってくれると思ったか?」
異世界から来た聖女は、慈愛の代わりに『六法全書』を叩きつけました。
怨念とは、解決されなかった契約不履行。
呪いとは、法的な未練。
もしあなたが怪異に追い詰められたなら、彼女を呼びなさい。
ただし、弁護士費用とタクシー代は経費で落とさせていただきます。
第1話:テケテケの未払い残業代請求と、強欲社長への神罰執行
1. 聖女の午後は、冷めたコーヒーと共に
東京都、某所。築40年の雑居ビルに入る『聖地法律事務所』。
そこには、かつて異世界で「慈愛の象徴」と讃えられた聖女、
クラリスの姿があった。
机の上には、聖典の代わりに『六法全書』と付箋だらけの『不動産登記法』、
そして今朝受理した「地縛霊の不法占拠に関する明渡請求訴訟」の書類が積み上がっている。
ようやく訪れた昼休憩。こだわりの豆を挽いて淹れた一杯を手に、彼女が至福の溜息を吐いた、その時だ。
事務所の空気が一変し、どこからか「油揚げ」の匂いが漂い始める。
クラリスがカップを置くのと同時に、
スマホがデスクの上で激しくのたうち回った。
『クラリスちゃーん! 聞こえてるよね? 起きてるよね!?』
脳内に直接響く、軽薄な公務員のような声。日本の土地を管理する古き神、大物主だ。
『無視しないでよぉ! 目黒の廃倉庫で「テケテケ」がバグっちゃって。
移動速度が時速百二十キロ超え! このままだと土地の格付けが下落しちゃう! お願い、今すぐ「示談」してきて!』
クラリスは無表情で、冷め始めたコーヒーを未練がましく見つめた。
「……死にたいのですか、駄神。今は私の神聖なる休憩時間です。目黒までのタクシー代、経費で落とせなかったら貴方の社を民事訴訟で差し押さえますからね」
『出す! 領収書切っていいからぁぁ!』
クラリスは深いため息をつき、「聖地法律事務所」と書かれた腕章を装着した。
「……主よ、不憫な私をお許しください。冷める前に成仏(和解)させてきます」
2.時速百二十キロの絶望と、六法全書の壁
深夜、目黒の廃倉庫。
重く湿った空気の中、下半身のない怪異「テケテケ」が、コンクリートの床を両手で叩きながら爆走していた。
『……コロシテヤル……アタシヲ捨てた、
会社……アイツラ……許さない……ッ!!』
死の直前まで、彼女は近辺のIT企業で働く事務職だった。
連日の徹夜と上司からの罵倒。過労で朦朧としていた彼女を、会社は「自己責任」で片付けた。
だから、彼女は走り続ける。自分と同じように下半身を失う者を増やすことだけが、今の彼女の「仕事」だった。
『見つけた……ッ! 死ねえええええ!!』
テケテケが鎌のような爪を振りかざし、クラリスの喉元へ跳びかかる。
だが、クラリスは逃げもしなかった。
彼女はカバンから分厚い『六法全書』を取り出し、それを盾のように構えた。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃。だが、テケテケの爪は『六法全書』の表紙に弾かれる。
「テケテケさん。まず、その時速百二十キロの突進を止めなさい。
道路交通法違反(速度超過)ですし、何より交渉のテーブルが汚れます」
『……ナニ……? オハライ……? 呪ってやる……!!』
「呪いではあなたの『欠損した尊厳』は回復しません。あなたが今すべきは
殺生ではなく、生前の未払い賃金に関する『債権回収』です」
クラリスはカバンから、公的に作成された「内容証明郵便」の写しを
取り出した。
「あなたの生前の勤務記録を霊的に復元しました。死の直前三ヶ月、残業代が一度も支払われていませんね。これは労働基準法第三十七条違反です。慰謝料を含め、あなたは元勤務先に対し、金六百四十二万八百円の請求権を有しています」
『……ろ、ろっぴゃく……まん? アタシ、そんなに貰えるはずだったの……?』
「ええ。ですが、あなたが人を殺し続ければ、
遺族から損害賠償を請求され、あなたの債権は相殺されてゼロになります。
そうなれば、地獄での自己破産手続も受理されませんよ?」
『……地獄の、破産……?』
テケテケの瞳から、血のような涙が溢れた。
『……だって、アタシ……頑張ったのに……! 会社は、アタシが死んだ後、
シュレッダーで全部いなかったことにしたのよ……!』
「知っています。ですから、私が『浄化(監査)』しておきました。
すでに地獄の検察庁へ証拠提出済みです。……さあ、ここに割印を。
示談、成立です」
魔法の紋章が刻まれた「示談書」にテケテケが血判を押した瞬間、
彼女の体が温かな光に包まれていく。
『……サンキュー、聖女様。……残りの金……
アタシが買えなかった、新しいパンプスを、お墓に供えといて……』
光の粒子となって消えていく彼女を見送り、クラリスは冷徹な眼差しでスマホを操作した。
「……さて、大物主様。債務者の居場所は特定できていますね?」
3. 強欲社長への「神罰執行(差押)」
港区、超高層マンションの最上階。テケテケの元勤務先、
株式会社ブラック・コアの社長・九条は、 シャンパンを片手に夜景を眺めていた。
『ハハハ! あの女が死んでから一年、警察も何も言ってこん。
証拠のタイムカードも全部処分した。数百万の残業代、まるまる俺の浮き枠だ!』
彼が卑屈な笑みを浮かべた、その時。
ラウンジの自動ドアが、物理的な衝撃なしに**バカァン!**
と左右に弾け飛んだ。
「……夜分遅くに失礼いたします。株式会社ブラック・コア様。
天界・債権回収執行官のクラリスです」
修道服の裾を翻し、聖女がラウンジに踏み込む。
その後ろには、スーツ姿だが頭に「狐の耳」が透けて見える、
土地神の使い(役人)たちがゾロゾロと続いていた。
『な、なんだお前らは!? 不法侵入だぞ!』
「不法侵入? いえ、こちらは『神罰執行に基づく家宅捜索および差押命令』を受けております。貴方が隠蔽した裏帳簿、および廃棄したはずのデータは、
先ほど土地神の権限で全て復元されました」
クラリスが指を鳴らすと、九条のスマホに一斉に通知が届く。
『なっ……預金残高が、ゼロ……!? 隠し口座まで……バカな!』
「本件の未払い賃金、遅延損害金、および訴訟費用、合わせ金二千四百万円。
即刻、貴方の全資産から強制執行(天引き)させていただきました」
九条が泡を吹いて崩れ落ちる。だが、聖女の追撃は止まらない。
「あ、言い忘れました。貴方の会社が踏みにじってきた『労働者の時間』。
これは法的には金銭で解決しますが、神学的には『命の負債』となります。
……さあ、テケテケさん。出番です」
『……社長ぉぉぉ……。アタシの残業代……地獄まで運ぶの手伝ってよ……?』
九条が振り返ると、そこには成仏したはずのテケテケの「影」が、
不気味に微笑んでいた。
『ぎゃあああああああああ!!』
翌朝。そのラウンジには、資産を全て失い、
一晩中見えない何かに追いかけ回されたショックで、
幼児退行してしまった男が転がっていたという。
4. 聖女の休息は、いつだって遠い
三十分後。
廃倉庫の隅で、クラリスは再びコーヒーカップを手にしていた。
目黒までのタクシー移動で、すっかり冷めきってしまったコーヒーを。
「……不味い。冷めたコーヒーほど、
この世の罪悪を凝縮した飲み物はありません」
スマホが再び振動する。
『クラリスちゃーん! お疲れ様! 土地の格付け、キープできたよ!
次は新宿で「メリーさん」がストーカー規制法に触れそうなんだけど――』
クラリスは無言でスマホの電源を切った。
「主よ。……次こそは、私の時給を三倍に上げなければ、
天界を不当労働行為で訴えますからね」
六法全書という名の剣を手に、不条理な怨念を「示談」で解決する。
聖女の真の戦いは、まだ始まったばかりだ。
数話分作ってみようか、どうしようか
需要あるかなあ




