悪役令嬢にされそうでしたが、予習バッチリだったので相手に全部なすり付けました!
「何を読んでいるんだ」
王立学園の図書館。一心不乱にロマンス小説のページをめくる私に声を掛けたのは幼馴染の公爵令息、エドウィンだった。
「見てて分からない? 読書よ」
「ロマンス小説を親の敵みたいな顔で読む奴があるか」
「忙しいの。私、このままだと悪役令嬢になっちゃうから」
「……何だって?」
「悪役令嬢。ほら、最近流行りのロマンス小説の……」
「いや、それはわかっているが」
――悪役令嬢。
要は、物語に於ける悪役という運命を定められた少女の事である。
最近、我が国で流行っているロマンス小説はこの悪役令嬢が出てくる話が多い。
真実の愛を見つけたヒーローとヒロインが互いに愛を育み、互いに結ばれるべく困難に立ち向かう……という、最早ロマンス小説の王道ともいえる展開に必ずと言っていい程出て来る悪役令嬢。
悪役令嬢の役割はヒーローとヒロインの仲を引き裂こうとありとあらゆる手を使い、主にヒロインにあまりに過激な手法によるいじめ等を行う事。
これによって窮地に立たされたヒロインをヒーローが助け、悪役令嬢は二人やその仲間によって悪事をバラされ断罪。
社会的地位を失うだけではなく場合によっては投獄や国外追放、極刑など、重すぎる罰を与えられることになる。
そして私はどうやら――この悪役令嬢になってしまうらしい。
「何だ。悪役令嬢になってしまうって」
「……聞いたの。トーマスとローラが私を悪役令嬢に仕立て上げようって話してたのを」
「な……!」
トーマスは私の婚約者。ローラは彼の浮気相手だ。
政略的な理由から婚約した私達だったが、トーマスは私を嫌い、ローラと真の愛に落ちた。
私という邪魔な存在と別れたいが、自分が批判されるのは困る……そんな自分勝手な理由により、私を罪人に仕立て上げる事で婚約破棄を正当化させよう……というのがトーマスの考えだ。
そんな身勝手な、馬鹿げた考えがあってたまるか。
というかそんなめちゃくちゃな理由に巻き込まれてたまるものか。
せめて最低限……とも言えるラインすら超えているとは思うが、可能な限りの筋を通し、普通に婚約解消を申し出るものだろう。
ほとほと嫌になる。
そしてこの悪役令嬢という立場。
物語で読んでいる分にはストーリーのいいスパイスとなっているが……実際に自分が当事者になりかねないともなれば、話は別である。
これが、それなりに厄介な問題に成り得てしまうのだ。
「だから勉強しているの。悪役令嬢にならない為に」
「読書でどうにかなるものなのか? 今から周りに訴えた方がよかったりとか」
「証拠がないもの。話してないと白ばっくれられればおしまいよ。だから――先回りをするの」
「……先回り」
私は漸く本から顔を上げて笑みを深めた。
そして、エドウィンに「暇なら手を貸してくれない?」と言う。
***
それからというもの、私は空き時間に悪役令嬢ものを読み漁った。
エドウィンも手が空けばそれに付き合って一緒に悪役令嬢を読んでくれたり、私の情報共有に耳を傾けたりしてくれた。
「なぁデイジー。この、『二階のバルコニーの下を歩いていたら頭上から鉢植えを落とされた』……って、最早殺人未遂じゃないか?」
「現実で起きればそうでしょうね。でも、ロマンス小説なんて話を盛ってなんぼなのよ。壁は高ければ高い方が良いんだから」
「だがまさか……現実で、こんな罪を擦り付けたりしないだろう?」
「どうかしらね。それ、既にいくつかの小説で似たようなシチュエーションが出てきているのよ。それに……正常な判断が出来るような人間はそもそも、浮気もしないし、婚約破棄も、罪なき相手を悪役令嬢に仕立て上げようなどという事も考えはしないでしょう?」
私がそう返せばエドウィンは言葉を失う。
そして顔を強張らせ、僅かに青ざめながらこめかみを押さえて深々と溜息を吐くのだった。
「ねぇ、エドウィン。貴方って確か鍛えていたわよね」
「なんだ急に。まぁ、一応貴族だからな。戦に呼ばれてもいいように鍛えてはいるつもりだ」
「私の事、持ち上げられる?」
ある日。
浮気の噂を流される事を避け、私は兄経由でエドウィンを我が家に呼んだ。
やる事といえば勿論イチャイチャなどではなく、お茶を飲みながらひたすらに悪役令嬢の対策をするだけ。
そんな中で不意に私が質問を投げれば、エドウィンは口に含んでいた紅茶を吹き出し掛けた。
「ちょっと」
「すまない……いや、これは俺が悪いのか?」
何とか紳士にあるまじき失態を回避した彼は紅茶を喉奥に無理矢理流し込んでから大きく咽た。
そして呼吸が整い始めてから彼はじとりと私を見る。
「また突拍子もない話を……。質問の意図が分からないのだが」
「そのままの意味よ。出来れば高所から飛び降りても受け止めるだけの力が欲しいのだけれど」
「待て、何をするつもりだ」
「現状はするつもりはないわ。ただ……想定できる事は起こり得るものとして考えておいた方がいいでしょう?」
私の返答に顔を顰めるエドウィン。
結局可か不可かを明言しない彼を見て、私は少しだけ考えを巡らせる。
「貴方が難しいというのなら、もっと体格のいい人を味方に引き込むしかないわね。とはいえ貴方と同じくらい信頼できる人がいるのかという問題があるのだけれど」
「出来ないとは言っていないだろう」
やや食い気味で声が返される。
何故だか少し不機嫌そうだ。
「あら、そう?」
「ああ。だから万が一にでもその想定できる事とやらが起きた時は俺が対処する。他はいらない」
そもそも、こんな不確かな情報を信じてくれる者がいるのかも分からないし、トーマス側に寝返られる可能性だって拭いきれない状態で無暗に秘密を共有するのはリスクもある……などと、尤もらしい言葉を並べる彼の声を聴きながら、私は密かに心が満たされるのを感じた。
彼自身が言った『不確かな情報』を、彼は大真面目に信じてくれている訳だ。
私がこんな嘘を吐く人間ではないという信頼だけで、彼はさも当然のように。
それが私は嬉しかった。
***
そしてついにトーマスとローラが動き出す。
それに伴い、私とエドウィンは前もって話し、固めに固めてきた『先回り作戦』を決行した。
私が階段を通りかかった時。
目を光らせたローラが待ってましたと言わんばかりに私へ近づき、そのまま階段へ向かっていく。
しかし常に彼女の動きを警戒し――何なら、この瞬間に彼女がこうするように誘導していた私は、ローラよりも先に階段へと足を踏み出し――そのまま、飛び出した。
「き、キャァァァッ」
我ながらお手本のような綺麗な悲鳴が出た。
私はうっかり段差を転がり落ちないようになるべく強く床を蹴り上げる。
傾いていく体と視界。
その先で飛び出す影を見て私は笑みを深めた。
そして落下する私の体は――階段にぶつかるよりも先にしっかりと受け止められる。
「……っ!」
周囲が騒めき出す。
その中でエドウィンは迫真の表情と声で言った。
「っ、怪我は……?」
「していないわ。貴方のお陰でね」
触れている彼の胸からは激しい鼓動が聞こえていて、彼のこの反応が芝居だけではない事が分かる。
「どうもありがとう」
安心させるように私が彼の胸に優しく触れれば、エドウィンは安堵の表情を浮かべた後に苦々しく笑った。
「全く……君は本当に無茶な事をしてくれる」
――『先回り作戦』。
その概要は至って簡単。
相手が私に階段から突き飛ばされたフリをしようとすれば私がそれよりも先に階段を転げ落ち、相手が転ぼうとすれば私が先に転び、私に虐められてるという噂を流す前に、被害者と加害者を入れ替えただけの全く同じ内容の噂を流すという、『先回り』戦法である。
私は百冊の悪役令嬢ものを読み漁った女。
私の頭には最早悪役令嬢に仕立て上げられる過程の全てが頭に入っていた。
そして公爵家嫡男としての執務や勉強の合間に私に付き合ってくれたエドウィンもまた、悪役令嬢ものを十冊は読んだ男。
最早私達に死角はなかった。
その後も私達は手を組んで、次々と的確な先回りを行った。
学園にある池に落ちそうになったローラの前で自ら落ちたり、彼女の前でうっかり転んでみせたり。
エドウィンはそんな私の補助として、池に落ちた私を助けたり、ローラに害されたフリをする私を見てさも大事かのように大袈裟な反応を示したり、はたまたローラが私を虐めているという噂の拡散などまで、私の支援に徹してくれていた。
彼の凄いところは、これら全て、事前の打ち合わせなしで即興で対応してくれる点だ。
事前に打ち合わせをせずとも私が先回りを開始すれば、その意図を的確に汲み取った上で、彼は補助に回ってくれたのだ。
こうしてあっという間に半年が経ち――
***
「で、デイジー……お前との婚約を……は、破棄する……」
人目を避けた校舎の裏庭。
私とトーマス、ローラしかいない場所で私はそう告げられた。
しかしながらその声はあまりに自信がなさそうだ。
当然だ。
考えた策は全て先回りされ、気が付けば自分やローラが実行犯として周囲から蔑まれているのだから。
自分の正当性を主張できるものが何もないのだ。
……それはそれとして、こんなにも情けなく弱々しい婚約破棄宣言があったものだろうか。
百冊の中には少なくとも見当たらなかった。新しい発見である。
さて。トーマスは自分でもあまりに無理がある主張であるとは理解しつつも、自分達の非を認める事は出来ないようで。
「お、お前は、嫉妬からローラをいじめ……っ」
「階段から突き飛ばし、脚を引っかけて転ばせ、悪口を言いふらし、暴力をも振るった?」
「……ウッ」
言われる事も察していたので、ここでも私は先回りしてやる。
するとトーマスは呻き、口を閉ざしてしまった。
「どうしてよ……っ! 何でうまくいかないの!」
ローラは思い通りにいかなかった腹立たしさから泣きじゃくり始める。
どうしてと言えば、そもそもの話は二人が学園という公共の場で自分達の企みをベラベラと話していたせいなのだが。
まあいちいち教えてあげる義理もないのでそこに関しては聞き流しておく。
「と、とにかく、俺達を解放してくれ……! こ、婚約を破棄しろ……っ」
わざわざ裏庭でこんな茶番をしたのは、自分達の主張をごり押す為だろう。
今だけならばトーマスとローラ側の主張は過半数を取れる。
三人しかいないので。
何とも情けない立ち回りではあるが、彼等は彼等で自衛のために必死なのだろう。
だから私は――
「デイジー!」
ふと、離れた場所から声が飛ぶ。
そちらを見れば笑顔で手を振りながら近づいて来るエドウィンと――数百人の生徒達の姿があった。
「な、な……っ!」
「エドウィン……ッ!」
唖然とするトーマスとローラ。
私は二人を放って、エドウィンへと駆け寄る。
そして彼のすぐ傍で崩れ落ちた。
「二人が、私を罪人だと言うの……っ、ローラを虐めた人間とは婚約できないから破棄すると……っ」
瞬間、エドウィンが連れて来た生徒達が一斉にざわめきだし、また冷たい視線がトーマスとローラへと注がれた。
「今更何を」、「この期に及んで醜い足掻きを」等々。
そんな軽蔑に塗れた数百の眼差しが二人へ注がれる。
「あ、あ……」
「ちがう、ちがうわ、こんなの……っ!」
二人に寄り添う者はいない。
こうして――勝敗は決したのだった。
***
その後、トーマスとローラは学園へ通う事が出来なくなり、またこの一件は社交界でも有名な話となってしまったがばっかりに、貴族社会に顔を出す事すらままならなくなってしまったのだ。
それから一週間が経った頃。
「どうもありがとう、エドウィン。お陰で悪役令嬢にならずに済んだわ」
「どういたしまして。それにしても……まさかここまで順調に進むとはな。彼らの浅はかさには呆れざるを得ないが……何はともあれ、君が害される様な未来を避けられた事は喜ばしい」
彼はここまでの半年間を振り返り、起こった数々の事件に苦笑する。
そんな様子を窺いながら、私は話を切り出した。
「それで……私今、新しい貰い手を探しているのだけれど」
「ああ、婚約は解消されたもんな」
白々しい態度を取るエドウィンの顔を私は覗き込む。
仕方がないので、もう少し素直な言葉を投げてみる。
「……私、好きな人と結ばれたくて頑張ったのだけれど?」
エドウィンが目をぱちくりと瞬かせる。
かと思えば彼は、フッと笑って――
「俺は、好意を寄せている相手にしかわざわざ手を貸したりしない」
そう言った。
私達は互いに視線を交わせ、プッと吹き出して笑う。
「じゃあ……貰ってくれるのね」
「勿論」
それから、私が物言いたげに上目でエドウィンを見つめれば、彼はやれやれと肩を竦めて私を抱き寄せる。
そして彼の唇が、私の唇に重ねられた。
私を抱くその腕は力強いのに、触れる唇の感触はとても優しい。
そこに彼の確かな愛情を感じて、私は胸の奥が塵割と暖かくなっていくのを感じた。
やがて顔を離した私達は互いに見つめ合って、またくすくすと笑う。
とある学園の一角。
そこからは二つの笑い声が響き渡るのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
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また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




