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悪役令嬢にされそうでしたが、予習バッチリだったので相手に全部なすり付けました!

掲載日:2026/03/28

「何を読んでいるんだ」


 王立学園の図書館。一心不乱にロマンス小説のページをめくる私に声を掛けたのは幼馴染の公爵令息、エドウィンだった。


「見てて分からない? 読書よ」

「ロマンス小説を親の敵みたいな顔で読む奴があるか」

「忙しいの。私、このままだと悪役令嬢になっちゃうから」

「……何だって?」

「悪役令嬢。ほら、最近流行りのロマンス小説の……」

「いや、それはわかっているが」


 ――悪役令嬢。

 要は、物語に於ける悪役という運命を定められた少女の事である。

 最近、我が国で流行っているロマンス小説はこの悪役令嬢が運命に抗うような話が多い。

 基本的には悪役令嬢がライバルたちに謂われない罪や言い掛かりを吹っ掛けられ、窮地に立たされるが、それをなんやかんや色々な方法で切り抜けたり、物語のヒーローに助けて貰ったりする。


 そして私はどうやら――この悪役令嬢になってしまうらしい。


「何だ。悪役令嬢になってしまうって」

「……聞いたの。トーマスとローラが私を悪役令嬢に仕立て上げようって話してたのを」

「な……!」


 トーマスは私の婚約者。ローラは彼の浮気相手だ。

 政略的な理由から婚約した私達だったが、トーマスは私を嫌い、ローラと真の愛に落ちた。

 私という邪魔な存在と別れたいが、自分が批判されるのは困る……そんな自分勝手な理由により、私を罪人に仕立て上げる事で婚約破棄を正当化させよう……というのがトーマスの考えだ。


 こんな所まで完全にロマンス小説のテンプレートとは。

 ほとほと嫌になる。


「だから勉強しているの。悪役令嬢にならない為に」

「読書でどうにかなるものなのか? 今から周りに訴えた方がよかったりとか」

「証拠がないもの。話してないと白ばっくられられればおしまいよ。だから――先回りをするの」

「……先回り」


 私は漸く本から顔を上げて笑みを深めた。

 そして、エドウィンに「暇なら手を貸してくれない?」と言う。



***



 それからというもの、私は空き時間に悪役令嬢ものを読み漁り、そしてエドウィンに話していた『先回り作戦』を決行した。


 内容は至って簡単。

 相手が私に階段から突き飛ばされたフリをしようとすれば私がそれよりも先に階段を転げ落ち、相手が転ぼうとすれば私が先に転び、私に虐められてるという噂を流す前に、被害者と加害者を入れ替えただけの全く同じ内容の噂を流す。


 私は百冊の悪役令嬢ものを読み漁った女。

 私の頭には最早悪役令嬢に仕立て上げられる過程の全てが頭に入っていた。


 そして階段から落ちる時に受け止めてくれたり、噂の拡散など、時々協力してくれたエドウィンは十冊は読んだ男。

 事前に打ち合わせをせずとも私が先回りを開始すれば、彼は的確に補助に回ってくれた。


 こうしてあっという間に半年が経ち――




「で、デイジー……お前との婚約を……は、破棄する……」


 人目を避けた校舎の裏庭。

 私とエドウィン、ローラしかいない場所で私はそう告げられた。


 しかしながらその声はあまりに自信がなさそうだ。

 当然だ。

 考えた策は全て先回りされ、気が付けば自分やローラが実行犯として周囲から蔑まれているのだから。

 自分の正当性を主張できるものが何もないのだ。


 ……それはそれとして、こんなにも情けなく弱々しい婚約破棄宣言があったものだろうか。

 百冊の中には少なくとも見当たらなかった。新しい発見である。


 さて。トーマスは自分でもあまりに無理がある主張であるとは理解しつつも、自分達の非を認める事は出来ないようで。


「お、お前は、嫉妬からローラをいじめ……っ」

「階段から突き飛ばし、脚を引っかっけて転ばせ、悪口を言いふらし、暴力をも振るった?」

「……ウッ」


 言われる事も察していたので、ここでも私は先回りしてやる。

 するとトーマスは呻き、口を閉ざしてしまった。


「どうしてよ……っ! 何でうまくいかないの!」


 ローラは思い通りにいかなかった腹立たしさから泣きじゃくり始める。

 どうしてと言えば、そもそもの話は二人が学園という公共の場で自分達の企みをベラベラと話していたせいなのだが。

 まあいちいち教えてあげる義理もないのでそこに関しては聞き流しておく。


「と、とにかく、俺達を解放してくれ……! こ、婚約を破棄しろ……っ」


 わざわざ裏庭でこんな茶番をしたのは、自分達の主張をごり押す為だろう。

 今だけならばトーマスとローラ側の主張は過半数を取れる。

 三人しかいないので。


 何とも情けない立ち回りではあるが、彼等は彼等で自衛のために必死なのだろう。

 だから私は――


「デイジー!」


 ふと、離れた場所から声が飛ぶ。

 そちらを見れば笑顔で手を振りながら近づいて来るエドウィンと――数百人の生徒達の姿があった。


「な、な……っ!」

「エドウィン……ッ!」


 唖然とするトーマスとローラ。

 私は二人を放って、エドウィンへと駆け寄る。

 そして彼のすぐ傍で崩れ落ちた。


「二人が、私を罪人だと言うの……っ、ローラを虐めた人間とは婚約できないから破棄すると……っ」


 瞬間、エドウィンが連れて来た生徒達が一斉にざわめきだし、また冷たい視線がトーマスとローラへと注がれた。

 「今更何を」、「この期に及んで醜い足掻きを」等々。

 そんな軽蔑に塗れた数百の眼差しが二人へ注がれる。


「あ、あ……」

「ちがう、ちがうわ、こんなの……っ!」


 二人に寄り添う者はいない。

 こうして――勝敗は決したのだった。



***



 その後、トーマスとローラは学園へ通う事が出来なくなり、またこの一件は社交界でも有名な話となってしまったがばっかりに、貴族社会に顔を出す事すらままならなくなってしまったのだ。


 それから一週間が経った頃。


「どうもありがとう、エドウィン。お陰で悪役令嬢にならずに済んだわ」

「よく言う。ほとんど自分で解決した癖に。でもまあ……気持ちは受け取っておこう」

「それで……私今、新しい貰い手を探しているのだけれど」

「ああ、婚約は解消されたもんな」


 白々しい態度を取るエドウィンの顔を私は覗き込む。

 仕方がないので、もう少し素直な言葉を投げてみる。


「……私、好きな人と結ばれたくて頑張ったのだけれど?」


 エドウィンが目をぱちくりと瞬かせる。

 かと思えば彼は、フッと笑って――


「俺は、好意を寄せている相手にしかわざわざ手を貸したりしない」


 そう言った。

 私達は互いに視線を交わせ、プッと吹き出して笑う。


「じゃあ……貰ってくれるのね」

「勿論」


 とある学園の一角。

 そこからは二つの笑い声が響き渡るのだった。


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