第六話 ポケットの中
本作は、日常の違和感がじわじわ積み重なるタイプのホラーです。
「ひどい顔......」
俺は洗面所の鏡を見て、呟いた。
昨日はぐっすり眠ることができなかった。
「返信、返ってこないな......」
学校から帰ってから、孝也に何通もメッセージを送った。
返信はおろか、既読すらつかない。
胸の奥が、ずっとざわついていた。
「そろそろ家出ないと......」
俺は、元気のない体を引きずるように、家を出た。
いつもの道を歩いていると、前方に純の姿が見えた。
そのまま右へ曲がっていく。
(学校はこの道まっすぐなのに......)
俺は、不思議に思い、歩く速度を上げた。
純が曲がった角に着き、そっと覗く。
純は、まっすぐ進んでいき、途中で左に曲がった。
俺は、見失わないように追いかける。
歩く速度が、やけに速い。
俺も小走りになっているのに、距離が縮まらない。
交差点の手前で、純が突然立ち止まった。
俺は、慌てて電柱の後ろに隠れる。
(なんでここにきたんだろう......)
よく見ると、奥の電柱の根元に花束が置かれていた。
まだ新しい。
風にあおられ、包装のビニールがかさりと鳴った。
純は、交差点の周りを、何かを探すように歩き始めた。
(なにしてるんだ......)
俺は、その奇妙な行動に目が離せなかった。
純はしばらく歩き回ったあと、不意に立ち止まり、ため息をついた。
その時だった。
純の動きが止まり――
ゆっくりと、顔だけがこちらを向いた。
目が合った。
電柱の陰にいるはずなのに。
「見てるんだろ」
心臓が跳ねた。
「なんで、わかった?」
俺は、恐る恐る聞いた。
「ここに来る前から、足音とかしてたし」
「着いてからも、顔出して見てるだろ」
純は呆れたように言った。
「た、確かにそれは気づかれるか......」
俺は、自分に呆れてしまった。
「それより何してたんだ?」
俺は、ずっと引っかかっていたことを口にした。
「ちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
「この交差点知ってるだろ?」
そう言われ、俺は考えた。
すると、あることを思い出した。
「ここって......この前、深夜二時にトラックにはねられたってニュースでやってた場所か」
「あぁ、即死だったらしい」
純は、花束の方を見たまま答えた。
「ちょうど、二時だったらしい」
「運転手の証言?」
「あぁ......」
純は、小さい声で言った。
「でも何のためにここへ?」
俺には、理由がまったく分からなかった。
俺がそう聞くと、
純は少しだけ黙った。
風の音だけが、交差点を抜けていく。
「......今は言えない」
純は目をそらした。
「なんで?」
思わず声が強くなる。
純は、少し考える素振りを見せてから低く言った。
「......まだ、確証がないから」
「何の確証だよ」
嫌な予感が、背筋をなぞった。
純の視線が、花束に落ちた。
「それもまだ言えない......」
かたくなに言おうとしない純に、少し腹が立った。
でも、こんなにも不安そうな純を見るのは初めてだった。
俺は純の目を見て言った。
「分かった。今は聞かない」
「でも、今度は絶対教えろよ」
「分かった」
そう言った純の目は、どこか遠くを見ていた。
「早く学校行こうぜ」
「講義に遅れるぞ」
「あぁ」
俺たちは、急いで学校に向かった。
校門をくぐると、純とは自然に別れた。
なんとか講義には間に合った。
講義は始まったが、
さっきの交差点の景色が頭から離れなかった。
最初の講義が終わった。
「はぁ、集中できなかった......」
「トイレに行こう」
俺は、教室を出てトイレに向かった。
トイレへ向かっていると、視線の先に心の姿があった。
「お~い! 心!」
心は、振り向いて俺に気づいた。
「翔太......おはよう」
「心のところには、孝也から返信が来た?」
「いや、来てない......」
心は、一瞬だけ目を伏せた。
「俺も何回もメッセージ送ったのに来なかった......」
「本当にどこ行っちゃったんだろうね......」
そう言うと、心はポケットの中でぎゅっと拳を握った。
その指先が、わずかに震えているように見えた。
俺は、それを見逃さなかった。
俺は、心のポケットに視線を落としたまま聞いた。
「ポケットの中にお守り入れてるの?」
「うん......これがあると安心できる気がするんだ」
心は、少し微笑んだ。
ポケットから出そうとはしなかった。
俺は、黒いシミが気になり、見せてほしいと言おうと思ったが、
不安にさせたくない気持ちが勝った。
「じゃあ、またあとでね」
心はそう言い残し、廊下の奥へと歩いて行った。
俺はその背中をしばらく見つめたあと、トイレへ向かった。
午前の講義がすべて終わった。
食堂に入ると、心の姿が目に入った。
話しかけようと思ったがすぐにやめた。
(ぼっーとしてる?)
心は、箸を持ったまま動かない。
目は開いているのに、どこも見ていないようだった。
ポケットのあたりを、時折ぎゅっと押さえているのが見えた。
俺は、心の姿が見える位置に座った。
ひと口食べては、動きが止まる。
そして、また思い出したように箸を動かす。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
その音に、心ははっと顔を上げた。
「あー、時間内に食べきれなかった!」
心は、眉を下げた。
心は慌ててトレーを片付け、ポケットを押さえながら、
足早に教室へ向かった。
心の行動を見ていたのは、俺だけじゃない気がした。
俺は、振り返らずにその場を離れた。
午後の講義も、ほとんど集中できないまま終わった。
俺は、ため息をつきながらサークルの教室に向かった。
教室にはまだ誰もいなかった。
「今日も俺が一番か」
俺はカードゲームを取り出し、準備を始めた。
ドアが開いた。
「よぉ」
純が入ってきた。
「おお、純早かったな!」
純は俺の手元を見た。
「今日は心霊じゃなくてカードゲームか?」
「うん、心が元気ないからさ」
「そうか......」
「確かに、今はあんまり触れないほうがいいかもな」
純は、納得したようにうなづいた。
「そういえば気になってたんだが......」
純が口を開いた。
「お前、全然寝てないのか?」
純は俺の顔をじっと見た。
「え、なんで?」
「いつもよりクマがすごいから」
俺はスマホの画面を黒くして、顔を映した。
「ほんとだ......」
「まぁ......昨日全然寝れなかったからな」
俺は、息を吐いた。
その時、ドアが開いた。
「二人とも早いね」
心が入ってきた。
「お、今日はカードゲームか!」
心は、いつも通りの笑顔を見せた。
俺は、昼休みのことを思い出して心に聞いた。
「心、昼休みのことなんだけど......」
それを聞いた瞬間、心は苦笑いした。
「もしかして残してるの見てた?」
「たまたま見た」
心は、恥ずかしそうに言った。
「美味しすぎて、一回一回味わいすぎちゃってさ」
「時間見るの忘れてたよ」
心は笑っていた。
けれど、その目は少しも笑っていなかった。
手は、ずっとポケットの中にあった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに心までおかしなことになりましたね......
皆さんは、これを見て結末が予想できますか?
次回は、どうなるのか!?
よければ続きを読んでください!




