第十一話 触れてしまった
本作は、日常の違和感がじわじわ積み重なるタイプのホラーです
翔太の指先が、
お守りを、しっかりと握っている。
「やったぜ!」
翔太がすごく喜んでいる。
「ん?」
「純、なんだよその顔......」
翔太が少し引いたように言った。
翔太が、お守りを素手で触れてしまった。
間に合わなかった。
「翔太、今すぐお守りを離せ!」
「どうしたんだよ?」
「いいから早く!」
翔太はお守りをテーブルの上に置いた。
その瞬間、部屋が少し静かになった気がした。
「純、どうしたってんだよ」
「......後で話す」
「今は、心が先決だ」
今話すわけにはいかなかった。
翔太を不安にさせるだけだ。
「......そうだな」
「どうする?」
翔太が言った。
「とりあえず、ベッドに運ぼう」
俺が上半身を持ち上げ、翔太が下半身を持ち上げた。
心は、ぐったりしていた。
心をベッドにゆっくりと置いた。
「純、心すごい汗かいてる。もしかしたら熱があるんじゃ......」
俺は、心のおでこに触れた。
確かにすごい熱だった。
普通じゃないくらいだ。
「とりあえず熱を測ろう。翔太は氷を用意してくれ」
「わ、分かった!」
翔太が部屋を出ていった。
氷を取りに行ったのだろう。
俺は体温計を探し、心の熱を測った。
「39度......」
想像以上の高さだった。
「純、持ってきたぜ」
翔太は、氷を袋に詰めて持ってきた。
氷がカラカラと音を立てた。
「よし、これをおでこに」
「熱何度あった?」
「39度だった......」
自分で言っていても、現実味がなかった。
「お守りの影響なのかな......」
翔太は震えながら言った。
「......恐らくな」
「じゃあ、これも燃やしたほうがいいよね」
「いや」
翔太が顔を上げた。
「なんでだよ?」
俺はテーブルの上のお守りを見た。
黒い布は、さっきと同じ形のままだった。
「まだ分からないことが多すぎる」
「燃やしたら、何も分からなくなる」
翔太は黙った。
純は静かに続けた。
「しばらく保管する」
「保管?」
純は小さくうなずいた。
「あぁ、よく調べたいんだ」
俺は、視線をテーブルの上のお守りに向けた。
黒い布は、何も変わらないままそこに置かれている。
さっきまであれほど騒がしかったのに、
部屋は妙に静かだった。
聞こえるのは、心の荒い息づかいだけだった。
俺はもう一度、心のおでこに触れた。
まだ熱は下がっていなかった。
「全然下がらないな……」
思わずそう呟いた。
翔太も落ち着かない様子で、部屋の中をうろうろしていた。
さっきまでの出来事が、嘘みたいだった。
暴れていた心の姿が、頭から離れない。
今はただ、静かに眠っているだけに見えた。
「早く良くなればいいけどな……」
誰に言うでもなく、俺はそう言った。
気がつくと、外は暗くなっていた。
心は、まだ眠ったままだった。
「なあ……」
翔太が言った。
「俺、大丈夫だよな?」
俺はすぐには答えなかった。
「今のところはな」
「今のところは......?」
翔太は、不安そうな顔になった。
翔太の視線は、テーブルの上のお守りに向いていた。
黒い布は、静かにそこに置かれている。
俺は、バッグから軍手とビニール袋を取り出した。
そして、右手に軍手をはめ、お守りを掴んで袋の中に入れた。
袋の口をしっかり結ぶ。
それでも、少し触れただけで嫌な感触が残っている気がした。
俺は袋をバッグの奥に押し込んだ。
「それで大丈夫なのか?」
翔太が不安そうに聞いた。
「直接触らなければ問題ないはずだ」
そう言ったが、自信があるわけではなかった。
部屋は、また静かになった。
「......やっぱり直接触れちゃダメなんだな」
「俺、触れちゃった......」
翔太の顔がみるみる青くなっていく。
「触れたものは何かしらの影響を受けると書いてあった......」
俺は、正直に言った。
「じゃあ……俺も……?」
小さな声だった。
俺はすぐには答えられなかった。
純が口を開いた。
「まだ分からない」
「必ず何か起きるとは書いてなかったはずだ」
翔太はゆっくり顔を上げた。
「……本当か?」
純は短く答えた。
「あぁ」
それでも、翔太の不安そうな表情は消えなかった。
「でも、気を付けてくれな」
「常に油断するなよ」
俺は、冷静に言った。
「あぁ、分かった」
数秒間の沈黙が続いた。
「このあとどうする?」
翔太が口を開いた。
俺は少し考えてから答えた。
「多分、心はもう大丈夫だ」
「俺たちは帰ろう」
「そうだな......」
翔太は不安そうに言った。
「あとで心に電話してやってくれ」
「目が覚めた時、きっと不安がるだろうから」
「分かった」
翔太は小さくうなずいた。
俺たちはもう一度、ベッドの上の心を見た。
心は、静かに眠ったままだった。
さっきまで暴れていたのが嘘みたいだった。
「じゃあ行くか」
俺はバッグを肩にかけた。
ビニール袋に入れたお守りが、
中でわずかに音を立てた気がした。
気のせいだと思うことにした。
部屋の電気を消し、ドアを閉める。
しばらく無言で歩いた。
さっきまでの出来事を、誰も口にしようとしなかった。
静かな道に、俺たちの足音だけが響いていた。
翔太は、ずっと下を向いたままだった。
「……なあ」
不意に翔太が言った。
「本当に大丈夫かな」
何について言っているのか、聞かなくても分かった。
「分からない」
俺は正直に答えた。
「でも、気を付けていれば何とかなるはずだ」
翔太は小さくうなずいた。
それきり、また会話は途切れた。
夜の空気が、やけに冷たく感じた。
分かれ道に着いた。
「じゃあ、俺はこっちだから」
そう言うと、翔太は歩いていった。
その背中がとても小さく見えた。
俺は、家に着くとバッグからお守りが入った袋を取り出した。
変化はなかった。
俺は机に置き、お風呂の準備をした。
連絡はない。
きっと無事なのであろう。
俺は、風呂が沸く間、ご飯を食べた。
その時、
「ぷるるるるる」
電話が鳴った。
スマホを見ると翔太からだった。
「もしもし、どうした?」
「......」
翔太は答えなかった。
ただ、荒い息遣いだけが聞こえた。
「おい、翔太! どうしたんだよ!」
俺は、焦って強く言った。
「......だ」
「聞こえないぞ! どうした?」
少し間があった。
そして翔太が言った。
「俺......やばいかも」
翔太の声が、震えていた。
第11話を読んでいただきありがとうございます!
少しずつですが、状況が動き始めています。
触れてしまったものは、はたしてどうなるのか!?
次回もよろしくお願いします!




