第1話:不安
「ここは……一体どこだ?」
誰かの部屋の中を見渡す。フィギュア、少年漫画、ゲーミングPC、戦隊ヒーローのポスター。この部屋にあるものすべてが、まるで自分のもののようだ。
「ああっ……頭が痛え」俺は頭を押さえた。
自分の名前、最後に寝た時間、この部屋が本当に自分のものなのか、何一つ思い出せない。すべてが曖昧で、頭が割れそうに痛む。
「どうしたんだ? 部屋の中が騒がしいぞ」黄色の髪の少年には、外からの声は聞こえていない。
俺はベッドから起き上がり、鏡で自分の姿を確認した。
「ほう……」外見は、それほど長くはないが薄い金髪。顔立ちはハンサムというわけではなく、ごく普通だ。身長はあまり高くなく、164センチくらいだろうか。体つきも標準的だ。瞳の色は赤く、今は白いTシャツを着ている。
「tan……起きてるのか? tan!!! 遅刻するぞ!」黄色の髪の少年には、やはり聞こえない。
俺はベッドに戻って横になった。自分の手をかざし、さっき見た光景を思い出す。あの親子に対する沈鬱な気分が消えない。すべては現実ではなかったのではないか……そう願いながら、心を落ち着かせるために目を閉じた。
「はぁ……。あんなの、夢だったらいいのに」
ガッシャーン!!!!
突然、部屋のドアが激しく開いた。俺は飛び起きて、誰がこんな開け方をしたのかとそちらを向いた。
そこには、年配だがまだ美しい女性が、怒ったような顔をしてフライパンを手に立っていた。
「叔母さんが呼んでるのに、なんで返事をしないの!」
「叔母……さん?」彼女の言葉に混乱する。自分に叔母がいたのか? だが、この大きな家の様子を見る限り、一人暮らしではないのは確かだ。まだ記憶がはっきりしない。
「そうよ、tanenter。さっきから呼んでるのに、何してたの?」
「あ、いや……」
「あの……俺の名前、tanenterって言うんですか?」
叔母はtanenterの質問に困惑したような顔を浮かべ、頭をかきながら彼の顔を見つめた。
「そうよ。あなたの名前はtanenter以外に何があるって言うの?」
「いや、俺の名前はたしか、ソム……」
ザーーーーーーーッ!!
「ああああああああああ!!」
tanenterの頭の中に奇妙な音が響き渡った。彼は激痛に叫び声を上げ、耳を塞いでその場に崩れ落ちた。
なぜあんな名前を口にしようとしたのか自分でもわからない。だが、その名前を言った直後、この「音」が無理やりその名前を忘れさせようとしているかのようだった。
「tanenter! どうしたの? なんでそんなに痛がってるの!」
叔母が駆け寄り、彼を支えてベッドに座らせた。彼女は不安そうに俺の額や首筋に手を触れる。体調が悪いと思ったのだろう。
「気分はどう? 大丈夫?」叔母は瞬きもせずtanenterを見つめる。
視界がはっきりしてきた。俺は耳から手を離し、荒い息を吐きながら叔母を見た。
「……大丈夫です。少し落ち着きました」
それを聞いて、叔母は安心したように微笑み、俺の頭を撫でた。そして少し疑うような表情を見せる。
「ほら、言ったでしょ。夜遅くまでゲームをするのは体に良くないって」
「寝る前に何をしてたか、覚えてないんです」
「でも叔母さん……変な夢を見たんです」
俺は、自分の感覚が「現実だ」と告げているそれを、あえて「夢」と呼んで話すことに決めた。
「みんな死んで、街が壊滅して……怪物が人を追い回して、大きな爆弾が世界を滅ぼす、そんな夢です」
「すごくリアルで、本当にそこにいたような感じがして……」
俺は叔母の顔を見た。馬鹿げた話だと笑われると思ったが、彼女の顔は険しく、深く考え込んでいるようだった。
「夢と言えば、私も変な夢を見たわ」
彼女も変な夢を見たということに、俺は困惑した。同じような夢ではないかと不安になる。
「……どんな夢ですか?」
刺激しないよう、静かな声で尋ねた。
「おばあちゃんの親戚がみんな家に集まっている夢よ。でも、一人だけその夢の中にいない人がいたの」
「それはあなたよ、tanenter。夢の中で一度もあなたに会えなかった」
「家族写真の中にさえ、tanenterのところだけ白い線で消されていたのよ」
脳内が真っ白になる。叔母の夢が何を意味するのか、なぜ俺だけが消されていたのか。考えすぎる前に、俺は大きく溜息をついた。
「はぁ……。こんな馬鹿げた話、もうやめましょう」
この話を終わらせるために、俺はそう告げた。
「そうね、tanenterの言う通りだわ」
カーン!
彼女はフライパンで軽く俺の頭を叩き、立ち上がった。
「さあ、朝ごはんを食べなさい。学校に遅れるわよ」
「食べ終わったら、シャワーを浴びる前に痛み止めを飲みなさいね」
「分かりました」俺は小さく頷いた。
○
食事をしている間に、記憶が戻り始めた。場所の名前や学校の名前などは思い出せないが、それ以外はほぼ思い出した。道順も分かるし、自分の経歴も一部把握できた。
[俺の名前は tanenter。15歳。###(タイ)の人間だ。子供の頃、学校で凄惨な虐めを受けたことがある。教室でナイフで刺されたことさえあるが、幸い傷は浅く、すぐに病院へ運ばれて助かった。刺された理由はただ『気に入らないから』という理由だった。刺した奴は退学になり、厳重注意で済んだが法的な処置も取られた。今は少し護身術を学んでいる。中学生になってからは虐められることもなく、今は高校生だ。少しやんちゃなところはあるが、普通の生活を送っている。違法なこと、性、恋愛には一切興味がない。両親の教えを守っているからだ。趣味はゲーム。学校に一人の親友がいる。家族のことも一部思い出したが、好きな女子はいない。見た目もハンサムじゃないしな。
家族構成:
祖母:叔母によれば、朝から寺へお参りに行っている。
叔母:朝は朝食を作ってくれ、午後は商売の準備をしている。
イム:叔母の息子で1歳年下。すでに登校した。
イン:叔母の娘で1歳年上だが、俺が早めに就学したため同学年だ。彼女も先に登校した。
俺は少し反抗的で生意気なところもあるが、自分から誰かを傷つけることはない。善人ではないが、悪人でもない。
ちなみに両親は、叔母によれば地方で働いているらしい。]
食事とシャワーを済ませ、制服を着た。俺のトレードマークである黄色のパーカーを羽織り、カバンを背負って家を出る。
走る前に、叔母に挨拶をしに行った。
「叔母さん、行ってきます」
彼女は温かい微笑みを返してくれた。
「気をつけてね。道を渡る時は車に気をつけるのよ」
俺は学校へ向かって走り出した。家から今の学校まではそれほど遠くない。走れば10分ほどで着く距離だ。
途中でイヤホンをつけ、スマホで音楽を流しながら、歩調を緩めてのんびりと歩き出した。
「ふぅ……」
それでも、頭の中にはあの光景がこびりついている。絶望的な表情で子供の遺体を抱きしめていたあの女性の姿。
「なんでまだあんなこと考えてるんだ」
歩きながら自分の腕を見る。あの子供を抱えた時の感触。子供の死体のイメージが自分の腕に重なる。不快感を振り払うように、自分の額をパシッと叩いた。
「よし、考えるのはやめだ。じゃないと本当に狂っちまう」
その時、赤ん坊を抱いた一人の女性が通り過ぎた。ふと彼女の顔を見ると、子供を見つめる彼女の表情はとても幸せそうだった。どこかで見覚えがある顔だと思い、前を向き直したが……。
「えっ!? ちょっと待て」
目を見開いて立ち止まり、振り返った。その女性の顔は、夢の中の女性にそっくりだった。抱いている子供も、夢よりは若いが確かにあの時の子だ。
目をこすってもう一度確認しようとしたが、もうそこには誰もいなかった。見間違いだろう。あんな不吉な幻覚、見たくもない。
「真面目に、考えるのはやめよう。授業に集中できなくなる」
○
高校 校舎1階 B組
俺は自分の席にカバンを置き、額を押さえて考えを整理しようとした。
「よお、tanenter。今日はいつもより早いな」
「ん……」振り返ると、赤い髪の、俺と同じくらいの背丈の男がいた。中学からの付き合いで、ずっと隣の席の親友だ。
「まあな。叔母さんにフライパンで起こされたんだよ」
……。
「ところで、お前の名前なんだっけ?」
少しからかうような表情で聞いたが、実際、友人の名前が思い出せなかった。
「マジで言ってんのか?」
友人は不満そうに目を細め、俺に歩み寄ってきた。
ドスッ!!
「痛てっ!!」
軽く腹を殴られた。強くはないが、急所だったので少し響く。彼は俺の隣に立ち、俺の顔を覗き込んだ。
「親友の俺を忘れたのかよ? キンだろ、キン」
「キン……。キン・アレスか?」
記憶が少しずつ戻ってきた。キンは俺にとって最高の友人だ。
「当たり。キン・アレスだ。中学からの付き合いだろ」
「どうしたんだよ、今日のお前、変だぞ」
キンはいつも冗談を言って笑っているような奴だが、俺がシリアスな顔をしているのを見て、すぐに笑顔を消した。
「ちょっと、な……」
「……悩み事があるなら聞くぞ」キンは心配そうに言った。
話すべきか迷った。あまりに非現実的だし、キンは現実主義者だ。だが、誰かに吐き出したかった。
「キン、実はさ……聞いてくれるか?」
「ああ、話せよ」彼は真剣な眼差しで頷いた。
俺は夢の話をすべて打ち明けた。死体、怪物、逃走、そして魔王。覚えている限りのことを真剣に話した。
だが、話し終えた瞬間、キンは床に転げ落ちた。
「ははははは!! マジかよ!!」
予想通り、キンは大爆笑した。
「はぁ……。こうなると思ったよ」
落胆はしなかった。むしろ、誰かに話したことで予想以上にスッキリした気分だった。
「いや、話自体は面白いけどさ! 予算不足で作った時限爆弾のくだり、最高すぎるだろ! はははは!」キンはお腹を抱えて床で笑い転げている。
「うるさいな! お前、俺が本当のことを言ってるって信じてないだろ」
「ははは! 信じてるよ、tanenter。お前のことは信じてる。前にもゾンビが世界を滅ぼす夢の話をしてただろ?」キンはまた笑い出した。
ゾンビの夢の話なんて、ただの冗談のつもりだったが、キンはよく覚えていたものだ。
「よくそんなこと覚えてるな」
俺は少し苦笑いしながら、床で転がっているキンに手を差し伸べた。
「ほら、起きろよ。服が汚れるぞ」
キンは動きを止めた。
「ははは、そうだな。笑って悪かったよ。でも、あまりにファンタジーすぎてさ」
キンは俺の手を取って立ち上がり、服の埃を払った。俺の気分も落ち着いた。もうこの話は終わりだ。
「この話はやめよう。授業に響く」
「授業といえば……」キンがカバンから分厚いレポートを取り出した。
「天文学の総合レポート、終わったか?」
「えっ……」俺は慌ててカバンの中を探る。
「……ない」俺の顔が歪んだ。
冷や汗が吹き出る。一日中ゲームをして、課題のことなんてすっかり忘れていた記憶が蘇ってきた。
「tanenter、今日が提出期限だぞ」
キンはレポートの束で俺の額を軽く叩いた。
「待て……待て待て。まだ希望はある」
「スマホの中を確認させてくれ」
課題に関する記憶を必死に手繰り寄せる。いくらゲーム好きでも、全く手をつけないはずがない。
スマホを操作し、PDFファイルを開くと……あった。バックアップとして保存していたレポートのファイルだ。
「これだ! レポートのファイル、あったぞ!」
キンは一瞬沈黙した。「……でも、先生は紙のレポートしか受け取らないぞ」
……。
パシッ!! 自分の頬を叩く。
(そうだ、そうだった……)
なんてこった!!
tanenterはその場に崩れ落ちた。まるで世界が滅びたかのような絶望。
このレポートを出せなければ、天文学の成績はD確定だ。
「PDFがあるなら、印刷してくればいいだろ」
キンが賢い助言をくれたが、俺はもう抜け殻のようになっていた。
「でも、近くにコピー屋なんてないし、もうすぐ授業が始まる……」
キンが左手の時計を見た。
「まだ授業まで20分ある。今すぐ行けば間に合うぞ」
それでもtanenterは動こうとしない。
「場所がわからないんだよ……」
「はぁ……」キンは俺の耳を引っ張って窓際へ連れて行き、学校から少し離れた店を指差した。
「あの赤い看板の店が見えるか?」
俺は必死に目を凝らした。キンが指差したその店を見て、俺は嫌悪感を露わにした。
「うげっ、お前バカか? あれは居酒屋だろ。あそこで印刷なんてできるわけない」
グイッ!
キンが俺の頭を左へ向けた。そこには確かにコピー屋があった。道路の向かい側だったので気づかなかった。看板も小さい。
「今度は見えたか? 全力で走れば5分で着くぞ」
キンは呆れた顔で俺を放した。俺は走り出す準備を整える。
「よし、すぐ行ってくる!! ありがとうキン! 昼飯にスムージー奢ってやるよ!」
俺は戦地へ赴く兵士のように、キンに向かってピースサインを掲げた。
「待ってるぜ、相棒……。絶対奢れよ!!」
俺は教室を飛び出し、死に物狂いで走り出した。このレポートを完成させなければ、成績Dだ。死ぬ気でやるしかない!!
○
8分後
「やった、ついに……!!」
印刷は無事に終わり、欠落もない。俺は晴れやかな気分で学校へ戻っていた。不安は消え去り、勝利の予感に満たされている。
「ふふん、これで成績Dとはおさらばだ。A間違いなしだな」
横断歩道までやってきた。渡る前に左右を確認する。
妙だ。車が全く通っていない。このあたりの道路にしては静かすぎる。
深く考えず、横断歩道に足を踏み出した、その時。
ブォォォォン!!!
突然、6輪トラックが猛スピードでこちらへ突っ込んできた。距離は目と鼻の先だ。
ゆっくりと迫るトラックを、俺は見つめることしかできなかった。
シュバッ!! ドサッ!!
無意識に足が動き、横断歩道から後ろへ飛び退いた。トラックが通り過ぎた直後、俺は地面に倒れ込んだ。
「何が起きたんだ……!?」
体が勝手に反応したのだ。心臓が激しく脈打つ。もし避けていなければ、即死していただろう。
「……危うく死ぬところだった。ふぅ……」
トラックの運転手を一瞥したが、車は止まることなく走り去っていった。特に文句を言う気にもなれなかった。
「よし、落ち着け。早く学校に戻らないと」
無事に横断歩道を渡り切り、校門まではあと少しの距離だ。だが、ふと奇妙な考えが頭をよぎった。
「さっきの運転手……居眠りしてたのか?」
tanenterは立ち止まり、自分の発した言葉に違和感を覚えた。夢のこと、突然現れたトラック。すべてが「死」というキーワードに結びついているような気がしてならない。まるで何かが俺を死へ引き寄せているかのような。
「いや……まさかな」
呼吸が浅くなり、冷や汗が流れる。右腕が勝手に震え出した。俺は必死に自分に言い聞かせる。考えすぎだ、と。
「……授業が始まる。早く行こう」
ガッシャーン!!!!!
校門の方で大きな音が響いた。俺は慌てて駆け寄った。
そこで目にしたのは、横転したトラックの姿だった。それは、さっき俺を轢きかけたあのトラックだ。居眠り運転だという予想は当たっていた。だが、こんな惨事になるとは。
ふと見ると、事故現場の近くで、お婆さんと一人の少女が倒れていた。
今日という日が、俺の人生を変える日になるのではないか。そんな不安が胸をよぎる……。
……。
永遠に。
この小説は意図的に長引く予定です。(^^)d




