夢か、現(うつつ)か。
目を覚ました時、最初に感じたのは脳内の空白だった。自分の名前すら思い出せない。だが、目の前の光景は恐ろしいほど鮮明だった。街全体が廃墟と化し、鳥の血のような真っ赤な空に向かって煙が立ち上っている。息苦しく、静まり返り、死の臭いに満ちていた。
震える体を引きずりながらコンクリートの残骸の中を歩いていると、一人の女性を見つけた。彼女は人生最後の宝物であるかのように、小さな体を腕の中に強く抱きしめていた。
そして突然、彼女は子供を抱きしめながら泣き叫んだ。
「ううっ……オーガス、お母さんに話してよ。お願い、オーガス、返事をして!」
すすり泣く声はか細いが、心の奥深くまで突き刺さるようだった。彼女は物言わぬ遺体を何度も何度も揺さぶった。
「嫌よ、あの子……お願い、返事をして。オーガス、私を置いていかないで。ううっ……」
彼女の世界はこの街の残骸と共に崩れ去っていた。私はその光景を心の底から沈痛な思いで見つめていた。湧き上がる疑問を抑えきれず、答えを求めて彼女に声をかけることにした。
「あの、すみません!!」
彼女に私の声が届き、絶望に満ちた顔でこちらを振り向いた。彼女の顔や体には大きな裂傷や傷跡があり、それを見た私は吐き気に襲われた。だが、この街に何が起きたのかを知らなければならない。
「ここで一体何があったんですか?」
彼女は生存者がいたことに驚いたようだが、私の体に傷一つないことに気づいた。
「私……私にもよく分からないわ」
「6時間前……息子を連れてこの街に遊びに来たの」
彼女は意識を保とうと、震える声を押さえて話し始めた。
「息子をレストランに連れて行こうとした時、突然、街の中心部で大きな爆発が起きたの」
「爆発? それとも隣国が核爆弾を使って世界大戦を宣言したんですか?」
街の壊滅状態からして、これほどの被害を出せるのは世界大戦くらいだと思った。だが、よく考えると軍人の死体はなく、市民や警察官の死体ばかりだった。
しかし、彼女は私の推測を否定するように首を振った。
「違うわ。最初の爆発から数分後、立て続けに10回以上の爆発が起きたの。その衝撃であっという間に街は破壊され、多くの人が死んだわ」
「そして、その後……その後!!」
彼女の表情に異変が起きた。息子の死に正気を失いかけているようで、再び涙が溢れ出した。
「待ってください、ゆっくりでいいですから。お願いします」
私は手で合図を送り、彼女を落ち着かせようとした。彼女は涙を拭ったが、体は震え、何かを話すのをためらっているようだった。
私は近づき、彼女の腕を掴んで子供の遺体を離させようとした。最初は抵抗されたが、やがて力が抜け、私はその遺体を抱き上げた。
血の生臭い匂いが鼻を突く。私はその遺体を母親の隣に静かに横たえ、彼女の正面に座った。
「続きを話してくれませんか。何が起きたのか」
私が問いかけると、彼女は頷き、意を決して語り始めた。
「十数回の爆発の後、数分もしないうちに、あの爆心地から何十万もの怪物が現れたの」
「はあ!? 怪物?」 私は激しく驚いた。
「ええ。真っ黒な姿で、背の高さは2メートルほど。それから奴らは周囲の人々を襲い始め、見境なく殺していったわ」
「立ち向かおうとした人もいたけれど、奴らは武器を召喚して、冷酷に彼らを殺した。一匹が私の息子を襲ったの。私は息子を抱いて逃げ延びたけれど、息子はお腹を刺されて……止血しようとしたけど、あの子は……」
怪物、そしてこの悲劇。私は衝撃のあまり言葉を失った。
「息子さんのこと、お悔やみ申し上げます」
その時、突然彼女の目が見開かれ、極限の恐怖に満ちた表情になった。
彼女は私の肩を強く掴んだ。
「ちょっと! 何をするんですか!」
「あなた、今すぐ逃げて! 遠くへ逃げるのよ!! 見つかったら最後、助からないわ!!」
彼女に激しく揺さぶられ、私は驚きと混乱の中で立ち上がった。なぜ彼女がそんなことを言うのか理解できなかった。
「待ってください、落ち着いてって……」
ドスッ!
白いオーラを纏った槍のような光が、彼女の頭を貫いた。彼女の体は息子の隣に崩れ落ち、槍の光は消えていった。
「ちょっと、何が起きたんだ……」
「女性の方、私に話しかけてください……嘘だ、彼女は死んでいる」
槍が飛んできた右方向に目を向けると、彼女が話していた通りの怪物が現れた。
2体の怪物。体長2メートル、毛のない黒い体。顔は人間に似ているが、歪んでいておぞましい。一方は人間のように二本足で立ち巨大な斧を持ち、もう一方は翼があって空を飛んでいた。おそらく槍を放ったのは飛んでいる方だろう。
すると、怪物の一体が人間の言葉を発した。
「これで逃げた奴を始末したな」 飛んでいる怪物が誇らしげに言った。
「次は逃がすなよ。リーダーに叱られるぞ」 斧を持った方が丁寧な口調で返した。
怪物が人間の言葉を流暢に話している。元は人間だったのではないかと思えるほどだ。すると、飛んでいる方が私に気づいた。
「おい、まだ生存者がいるぞ。このエリアの人間は全滅したはずじゃなかったのか?」
「それはエル君が報告したことだろう? 実際には女一人生き残り、これだ。自分のミスをよく考えるんだな、エル君」
二体は互いを見合い、口論を始めた。その様子は次第に激しくなり、生存者である私のことなど眼中になさそうだった。
「アラン、リーダー面すんじゃねえよ」
「エル君、君が仕事中にバーガーショップでサボっていたのは知っているんですよ」
彼らが揉めている隙に、私は目立たないよう少しずつ路地裏へと移動した。もうすぐ路地に入れる。亀のような遅さで慎重に進む。
「エル君、これ以上口答えするならリーダーに報告しますよ!!」
飛んでいる怪物は不満げな顔をしたが、言い返す勇気はないようだった。頭を掻き、怒りを抑え込む。
「わかったよアラン。さっさと仕事を終わらせて寝るぜ」
二体がこちらを振り向いた。私はちょうど路地に辿り着いたところだった。彼らは少し驚いた表情を見せ、翼のある怪物が高く舞い上がった。
「どこへ行く! 待て、黄色い頭のガキ!!」
怪物が急降下してくる。私は路地の中へと走り出した。斧を持った怪物も追いかけてくる。
空中の怪物が私を捕らえようと手を伸ばす。私は転がるようにしてそれを避けたが、その瞬間、大きな隙ができてしまった。巨大な斧が振り下ろされる。
ズドォォォン!!
間一髪で飛び退いたが、斧が地面を叩いた衝撃で転倒した。立ち上がろうとした瞬間、空を見上げて凍りついた。十数本の光り輝く槍が空から降り注いでいた。
「おい、おい、冗談じゃねえぞ!」
地面に突き刺さる光の槍を避けながら、私は必死に走り出した。背後からは斧を持った怪物が迫っている。
絶体絶命の状況。空からは槍、背後からは斧。
路地の突き当たりにパトカーが見えた。助かるかもしれないという希望が湧く。だが、空からの攻撃は止まない。
「どうする……車の運転なんてできないぞ!」
走りながら目を閉じ、イチかバチかの無謀な作戦に出ることにした。足の回転を速める。
「やるしかねえ! 死なばもろともだ!!」
私が空からの槍を避けている間、斧の怪物は「パトカーのドアを開ける時に隙ができるはずだ」と踏んでいた。この黄色い髪の少年には、パトカーを飛び越えるような身体能力はない。怪物は動きが止まる瞬間を狙って斧を構えた。
パトカーに到達した瞬間、私はドアをひったくるように開け、車内になだれ込んだ。
その瞬間、斧が振り下ろされた。
ガシャァァン!!
パトカーの助手席側が激しく粉砕された。だが、私はすでに反対側に移動していた。運転席のドアを開けようとしたが、運悪く開かない。
「ちょっと待て、開けよ! 開けってんだよ、このクソドア!!」
ドンドンドンドンドッ!
その時、光の槍が降り注いだ。幸い、パトカーの屋根が盾となって空からの攻撃を防いでくれた。だが、斧が何度も何度も車を叩き、その刃が次第に私に迫ってくる。
ガシャァァン! ガシャァァン!
焦りの中、私はドアに体当たりし、さらには両足で蹴りつけた。
「くそっ! 早く開けよ!!」
「まだ死にたくねえんだよ! 開け!!」
渾身の力で蹴り飛ばすと、ついにドアが外れた。目の前にはガスボンベの販売店がある。私は車から飛び出した。
だが、走っている最中に空中の怪物が十数本の槍をこちらに向けているのに気づいた。
「やばい、遮蔽物がない! どうやって避ければいいんだ!?」
心臓が激しく波打ち、頭の中は「死ぬ、死ぬ、死ぬ」という言葉で埋め尽くされた。
その時、蹴り飛ばしたパトカーのドアが目に入った。私はそれに飛びついた。
「助けてくれ、神様!!」
槍が降り注ぐ中、私は車のドアを盾にして身を屈めた。
(カン! カン! カン! とドアに当たる音)
光の槍はドアを貫通しなかった。このチャンスを逃さず、私はガス店の中へと全力で駆け込んだ。
空中の怪物は獲物を逃したことに絶望し、斧を持つアランに不満げな視線を送った。
「おい! 何とかしろよアラン!!」
アランは頷いた。「仰せのままに」
アランは斧を構え、ゴルフのスイングのような不気味な構えで私を狙った。
本能的な違和感に振り返った私の目が見開かれた。
「待て……あの構え、あのひねり、武器の持ち方……ゴルフのスイングじゃないか!」
私が店の奥へ手を伸ばそうとした瞬間、アランがパトカーをフルスイングでぶっ叩いた。パトカーの残骸が猛スピードで私の背後に迫る。
「弱き人間よ、店ごと潰れるがいい!」
店の中に入った直後……。
ドォォォォン!!!!
パトカーが店に激突した。店は激しく損壊し、空中のエルがアランの隣に降り立った。エルはニヤつきながら親指を立てた。
「いいぜアラン、5点だ」
アランは不機嫌そうに言った。「ふざけないでください。元の姿に戻ったら殴りますよ」
「落ち着けよ。仕事は終わったんだ、戻って休もうぜ」
アランの堅苦しさには閉口する。あの御方に仕え、地球に来るまで多くの星を滅ぼしてきたが、彼は常に余裕がない。
ガス店内部。
激突の衝撃で壁に叩きつけられた私は、辛うじて生きていた。激しい腹痛に耐えながら立ち上がる。
「痛え……なんでこんなに痛いんだ……全身ボロボロだ」
痛みを堪えながら店の奥の倉庫へ向かうと、そこには大小様々なガスボンベが大量に残っていた。
「ふぅ、助かった。……よし、馬鹿な作戦を始めようか」
大きなガスボンベを4つ、衝撃を受けた入り口付近に運び、さらに小さなボンベを7つ配置した。痛みが引くのを待ちながら、次の手を考える。
「ガスボンベがあっても、点火しなきゃ爆発しない。でも、自分で火をつければ自分も巻き込まれる……」
「考えろ……どうすれば生き残れる?」
ふと見ると、まだ動く電子レンジがあった。プラグを差し込むと電源が入る。これだ。
「最高だ! ……よし、馬鹿な俺の頭の使いどころだな」
引き出しやカウンターを漁り、頭の中の突飛な計画を実行に移す。怪物たちが再び襲ってくる前に。
怪物側の状況。
アランが外から様子を伺っている横で、エルは地面に寝転んで欠伸をしていた。
しばらくしてアランが店に近づこうとした。
「へぇ、アラン、あのガキの死体を確認しに行くのか?」
「ええ。死んだとは確信していますが、このエリアに生存者がいないことを証明しなければなりません」
「真面目だねぇ。あの御方の命令なら何でも聞く。自分の限界も知らずにさ。だからお前に笑いを教えてやるよ」
エルはニヤリと笑い、アランにジョークを仕掛けた。
「じゃあ、『ノック・ノック』ってやってみようぜ。まだ生きてるかもしれないしな」
アランはゴミを見るような目でエルを見た。
「はぁ……エル君、なぜ仕事中にふざけるんですか」
エルはアランをからかうのが楽しくて仕方なかった。
「ノック、ノック!」
エルはアランを無視してジョークを強行した。
「エル君、そのくだらない遊びはやめてください」
アランが激怒したその時、中から声が響いた。
「……誰だ?」
二体は驚愕した。あのガキの声が返ってきたのだ。エルは自分のジョークに応答があったことに喜んだ。
「おい、このガキ、『ノック・ノック』を知ってるぞ! 気に入ったぜ!」
「ジョークなんてどうでもいい! 生きていたということですね!」
二体は店内に突入した。アランが邪魔なパトカーをどかし、殺意を剥き出しにして店の中へと躍り込んだ。
ガシャーン!!
「坊主、もう隠れる場所はないぞ」
だが、店内に姿はない。奥に隠れているのか。二人が奥へ進もうとした時、エルが鼻を突いた。
「うわっ、なんだこの臭い!」
「エル君、これを見てください」
アランが指さした先には、栓が開けられた数十本のガスボンベがあった。罠だ。だがエルは鼻で笑った。
「ふん、アラン。火種がなきゃ爆発なんてしねえよ」
「窒息死でも狙ったつもりですか、エル君」
アランの言う通りだろう。自ら火をつけられないなら、あいつはもう逃げたはずだ。
「追いかけましょう、アラン」
(バチバチッ! という電子機器のショート音)
振り返ると、作動している電子レンジがあった。二人が近づいて中を覗き込む。
「ハハハ! アラン、見ろよこれ」
中にはカップ麺が入っていた。
「待ってください、エル君。カップ麺の中に金属のスプーンが入っています」
「ハハハ! ショートして火花が出るってわけか」
「クラシックだ」 エルは余裕の笑みを浮かべた。
「何がクラシックですか。低予算の時限爆弾を作った知恵は褒めるべきですよ」
「ところでエル君、プラグを抜かないんですか? 本当に爆発しますよ」
エルが指さしたプラグには、複雑に絡み合った電線が細工されていた。素人が下手に触れば即座にショートする構造だ。
「賢いな。確実に爆発に巻き込むつもりだ」
「だから言っただろアラン、クラシックだって」
(電子レンジが再び激しくショートし、火花が飛び散った)
「認めましょうエル君。このジョーク……クラシックだ」
黄色い髪の少年は、ガス店から遠く離れた場所を腹を抱えて走っていた。
ドゴォォォォン!!!!
背後で凄まじい爆発音が響き、怪物の苦悶の叫びが聞こえた。
私は振り返らず、必死で走り続けた。どこかに生存者がいるという希望を捨てずに。
街の中心部、開けた場所に辿り着いた時、私は絶望した。
そこら中に死体が転がり、何百もの怪物が死体を貪り食っていた。
「うっ……おえっ!!」
その凄惨な光景に耐えられず、私はその場で激しく吐いた。視界がかすむ。だが、ここは遮蔽物のない場所だ。
襲われることを覚悟して顔を上げたが、何百もの怪物はただ私を凝視し、動こうとしなかった。
「え……? なんで……こいつら、俺を見てるだけなんだ?」
一匹の怪物が死体を置き、二本足で立ち上がって口を開いた。
「生き残った人間か」
「あいつら二人、仕損じたようだな」
「人間よ、たとえあそこから逃げ延びたとしても、この星に救いはない」
「この星の民も、この星も、そして次の星も、この宇宙も……あの御方によって浄化され、虚無へと還るのだ」
浄化? 全てを破壊するというのか。疑問は尽きないが、彼らの威圧感に体がすくむ。
「浄化の日を見届けられることを光栄に思うがいい。……主が、お見えになった」
「主……?」
空を見上げると、13人の存在が浮いていた。その姿を見て、私は目を見開いた。
「あれは、人間……? いや、元人間なのか?」
彼らこそが元凶だ。女の姿をしたもの、光り輝くもの、機械の腕を持つもの。そして中央で一際高く浮いている存在。彼らはそれぞれ異質なオーラを放っていた。
《生き残った民たちへ告ぐ》
「何の音だ……?」
耳を塞いでも、その声は頭の中に直接響いてきた。
《本日、私はこの星を消滅させる》
「やめろ、今すぐやめろ!!」
《我々の破壊は止まらない》
「やめてくれ!!」
《宇宙が、タイムラインが、世界が虚無に帰すまで》
地上の怪物たちが一斉に翼を広げ、空へと舞い上がった。その数は数千万、数億。空を埋め尽くすほどの軍勢。
《喜べ、お前たちはもう苦しむ必要はないのだ》
中央の存在が右手を掲げ、白い光がその手に集まった。
「嫌だ……お願いだ、やめてくれ!!!!」
《我ら魔王は、全ての宇宙、全ての次元、全てのタイムラインが終焉を迎えるまで、破壊を止めぬ》
遠くから白い光が溢れ出した。
ドォォォォォォォン!!!!!
白い爆光が全てを飲み込み、街も、死体も、一瞬で消し去っていく。
私は膝をついた。もう逃げ場はない。涙が溢れる。
「こんなの……こんな終わり方……」
拳で地面を叩き続け、光が私を飲み込もうとした瞬間、私は叫んだ。
「お願いだ、これは現実じゃないと言ってくれ!」
「起きてくれ、目を覚ましてくれ! こんなの嫌だ!」
「お願いだ……夢なら、今すぐ覚めてくれ!!!!」
「ああああああああ!! 死にたくない!!」
光に包まれ、私は目を固く閉じて絶叫した。
「うわあああああああ!!!!」
目を開けると、私は見知らぬベッドの上にいた。
心臓が激しく鼓動している。辺りを見回し、窓のカーテンを開けると、そこにはいつもと変わらない空が広がっていた。
「夢……だったのか? でも、あの血の臭いも、痛みも……あんなにリアルだったのに」
私は今いる見知らぬ部屋を見渡した。
「……ここは、どこだ?」
まだ初心者なので、文章に問題があるかもしれません。ご批判がありましたら、あらかじめお詫び申し上げます。(⌒‐⌒)




