ダンジョンの魔物は、フルコースの前菜にすぎません
ゲートをくぐると、そこは紫色の霧が漂う異界だった。 新宿の廃墟と、ファンタジーな岩場が融合したような、不気味な光景。
「おい見ろよ! ここが最前線だ! すげぇ霧だぞ!」
権田は興奮気味にスマホを掲げ、動画配信サイト『カクヨムライブ』での生配信を開始していた。 画面の向こうでは、すでに視聴者たちがざわつき始めている。
【視聴者のコメント】
: お、権田また無茶してんのかw
: ここ今日のニュースの場所? 一般人入っていいの?
: うしろのリムジンすげえwww
: ちょ、待って。画面端に映ってる銀髪の子、誰!?
: SSR級の美少女がいるんだが???
: 権田、カメラ其処じゃねえ! その子を映せ無能!
案の定、視聴者の注目はダンジョンではなく、リュミエに釘付けだった。 だが、当の本人はそんなことお構いなしだ。
「……腹が減った」
リュミエが、ナイフとフォーク(持参)をカチャカチャと鳴らしながら、獲物を探して徘徊している。 その目は完全に「食べ放題会場」に来た客のそれだった。
「心配ないよ、子猫ちゃんたち。僕の『ドラゴン・スレイヤー改(通販で50万円)』があれば、どんな敵も一撃さ」
西園寺先輩が、カメラに向かってキメ顔を作り、ゴツいレーザーライフルを構える。
【視聴者のコメント】
: 出たよ金持ち枠
: その銃、通販で見たことあるw 詐欺商品だぞw
: フラグ建築乙
その時。 グルルルルッ……! 瓦礫の陰から、軽自動車並みの巨体を持つ黒狼の群れが飛び出した。
「で、出たな! 喰らえッ!」
西園寺先輩がトリガーを引く。 ピューン。 情けない音と共に、豆鉄砲のような光線が狼の鼻先で弾けた。
「……あれ?」 「グルァアアアッ!!(激怒)」
【視聴者のコメント】
: 知ってたwww
: 威力弱すぎて草
: 狼さんブチギレ案件
: 逃げろバカ! 死ぬぞ!
「ひいいいいッ!? 不良品だぁあああ! シルバー! やれ! 僕を守れぇええ!!」 「チッ、了解しました!」
逃げ惑う西園寺先輩の前に、ヘルメット姿の男――ヴォルグが飛び出した。 彼の手には、聖剣……ではなく、工事現場のツルハシが握られている。
「この下等生物どもが! 私の工事の邪魔をするなァアア!!」
ガギィンッ!! ヴォルグのツルハシが、先頭の狼の頭蓋を粉砕した。 さすが腐っても銀河騎士。腰が入っている。
【視聴者のコメント】
: ファッ!?
: あのおっさん強ぇえええええ!!
: 武器ツルハシかよwww
: 安全第一タスキで腹痛い
: 「工事の邪魔をするな」は名言すぎる
: 動きがガチの戦士なんだが、何者? シルバー?
ネット民が「謎の土木作業員無双」に湧く中、現実は深刻だった。 ヴォルグの奮闘虚しく、狼の数は十匹以上。 さらに奥から、全長5メートルの巨大猪まで突進してきたのだ。
「ま、まずい……湊、逃げよう!」 「陽葵、後ろにいろ!」
絶体絶命。 コメント欄も「あ、これ終わった」「放送事故になるぞ切れ!」と阿鼻叫喚になる。
だが。 リュミエだけは、面倒くさそうに前に出た。
「……騒がしい食事会場だな」
彼女はフォークを軽く振った。 それだけで、空間が「バグ」を起こした。 ブォンッ――。 突進してきた巨大猪が、見えない壁に激突したように空中で静止する。 配信画面にも、激しいブロックノイズが走り始めた。
【視聴者のコメント】
: ん? 画面バグった?
: 電波障害か?
: いや、猪が止まって……え?
: 待って、あの女の子の背中、何か光ってない?
: CG? これ映画の撮影か何か?
「――いただきます」
チュドォオオオオオンッ!!
彼女が息を吸い込んだ瞬間。 猪も、狼たちも、紫色の霧も。 すべてが光の粒子に分解され、彼女の口へと吸い込まれていった。 圧倒的な捕食。 数秒後、そこには塵一つ残っていなかった。
「……ん。少し筋張っていたが、悪くないマナだ」
「…………」
全員が石像のように固まる中、権田の持っていたスマホの画面だけが、狂ったような速度で流れていた。
【視聴者のコメント】
: は?
: え、消えた?
: 何今の!? 魔法!?
: 食べた……? 今、モンスター食べたよな!?
: CGだろこれ……じゃなきゃヤバすぎる
: 女神降臨
: 一生ついていきます姉さん!!
: 【速報】新宿に魔王現る
リュミエは満足げに唇を舐めると、呆然とする俺たちを振り返った。 その肌はマナを補給してツヤツヤになり、尻尾がブンブンと音を立てている。
「おい、湊。まだ奥から匂いがするぞ。……デザートは別腹だろう?」
「……お前、このダンジョンを食い尽くす気かよ」
こうして、新宿ダンジョンのモンスター消滅事件と共に、ネット上では一つの伝説が爆誕した。 『ツルハシのシルバー』と『暴食の銀髪女神』。 この動画が数百万再生を叩き出し、俺たちの平和な日常にとどめを刺すことになるのは、まだ少し先の話だ。




