新宿ダンジョンは、皇女様にとってバイキング会場です
そのニュースは、土曜日の朝、日本中を震撼させた。
『臨時ニュースです。本日未明、新宿御苑の地下に大規模な「ダンジョンゲート」の発生が確認されました。政府はこれを「資源採掘区域」と認定し、ライセンスを持つ民間人の探索を許可する方針を……』
テレビの中で、アナウンサーが興奮気味にまくしたてている。 画面には、禍々しい紫色の霧に覆われた新宿の映像が映し出されていた。
「……湊。支度をせよ」
コタツでポテチを食べていたリュミエが、ガバッと起き上がった。 その紅い瞳が、テレビ画面の「紫色の霧」に釘付けになっている。
「え、支度って……まさか行く気か?」 「当然だ。画面越しでも匂うぞ。あれは極上の高純度マナだ。地球のカップ麺も美味いが、やはり故郷のエネルギーも摂取せねば肌の艶が悪くなる」
彼女は自分のほっぺたをぷにぷにとつっつく。十分もち肌だと思うけど。
「いや、無理だって。一般人があんな危ないところ……」
ピロリン♪ 俺のスマホが鳴った。LINEの通知だ。 差出人は『西園寺(ATM)』……じゃなかった、西園寺先輩だ。
『やあ九条くん。今日の午後、新宿の新スポットへドライブに行かないかい? リュミエさんも招待するよ。もちろん、僕の奢りでね』
……タイミングが良すぎる。 こいつ、絶対リュミエにいいところ見せようとしてるだろ。
「よし、スポンサーも確保したな。行くぞ湊。皿(武器)を持て」
「俺たちは飯食いに行くんじゃないんだぞ!?」
※※※※※※※※※※
午後1時。新宿ダンジョンゲート前。 そこは、世紀の発見に沸く野次馬と、一攫千金を狙う探索者たちでごった返していた。
「おーい! 湊ー!」
手を振っているのは、ジャージ姿の権田と、リュックを背負った陽葵だった。 どうやら西園寺先輩、クラスの主要メンバー全員に声をかけていたらしい。
「すげぇなダンジョン! これ動画回せば再生数ヤバいぞ!」
「もう権田くんったら……。湊、大丈夫? 危なくなったら私の後ろに隠れててね」
「陽葵、お前そのリュックの中身なんだよ」
「救急セットとおにぎり10個」
「遠足か」
相変わらずの面々だ。 そこへ、けたたましいエンジン音と共に、真っ白なリムジンが横付けされた。 ドアが開き、レッドカーペットが敷かれる。
「待たせたね、子猫ちゃんたち」
現れたのは、全身を最高級のオーダーメイド戦闘服で固めた西園寺先輩だった。 手には最新鋭のレーザーライフルを持っている。
「西園寺先輩、その装備……総額いくらですか?」
「フッ、野暮な質問だね。これだけで都内のマンションが買えるよ」
西園寺先輩はサングラスをずらして、リュミエにウィンクした。
「リュミエさん、君の安全は僕が保証する。なにせ今日は、『本物のプロ』を雇ってあるからね」
「……プロ?」
西園寺先輩が指を鳴らす。 リムジンの後部座席から、一人の男が降りてきた。
工事現場のヘルメット。 安全第一と書かれたタスキ。 その下には、薄汚れているが、どこか見覚えのある銀色の鎧を着込んでいる。
「紹介しよう。彼こそが、裏社会で名を馳せる凄腕の傭兵……コードネーム『シルバー』だ!」
男が、ビシッと敬礼した。
「……本日は、に、日給三万円分の働きをお約束します……!」
その声。その鎧。 俺とリュミエは顔を見合わせた。
「……おい、湊」
「……ああ、奇遇だな」
間違いない。 昨日、リュミエにデコピン一発で吹っ飛ばされ、路地裏で星になっていたあの騎士――ヴォルグだ。 なんでヘルメット被ってんだよ。しかも「安全第一」って。
ヴォルグ(シルバー)は、俺たちの顔を見た瞬間、ヒッ! と息を呑んで硬直した。 ヘルメットの下で、滝のような冷や汗が流れているのが分かる。
(げっ、皇女殿下!? なぜここに!? いや待て、今ここで正体がバレたら、バイト代が貰えない……!! 今日の飯代が!!)
彼の心の声が聞こえてきそうだ。
「……ふん」
リュミエは鼻を鳴らし、ヴォルグに近づいた。 ヴォルグがガタガタと震え上がる。
「に、二度と会いたくなかった……いや、初めまして……」
「なんだこの薄汚い男は。西園寺、貴様の趣味か?」
「ははは! 彼は無口な職人肌でね! さあ行こう、未知なる冒険へ!」
西園寺先輩は何も気づかず、意気揚々とゲートへ向かっていく。 リュミエは俺の耳元で囁いた。
「湊。あのゴミ、生きていたのか」 「しっ、見て見ぬふりをしてやれ。たぶん彼にも、深い事情(金欠)があるんだ」
こうして。 最強の皇女、金持ち、オタク、幼馴染、そして日払いバイトの騎士。 どう見てもカオスなパーティによる、初めてのダンジョン攻略が始まった。




