最終話:ただいま。おかえり。銀河で一番、温かい場所
茜色の夕日が、河川敷の道を長く染め抜いている。 カラスが鳴いて、どこかの家からカレーの匂いが漂ってくる時間帯。
「……ふあぁ」
隣を歩くリュミエが、大きなあくびをした。
「どうした、リュミエ。眠いのか?」 「授業がつまらんのだ。……エクレアの体育で体力を使い果たしたしな」
リュミエは鞄を持ち直し、俺の制服の袖をクイクイと引っ張った。
「湊、腹が減った。歩けない」 「はいはい。もうすぐ家だから」 「おぶれ」 「嫌だよ。みんな見てるだろ」
後ろを振り返ると、陽葵と権田がニヤニヤしながらついてきていた。 さらに後ろには、リムジンに乗った西園寺先輩が窓から手を振っている。
「青春だねぇ、九条くん! 僕も混ぜてくれないか?」 「先輩は車なんだから先帰ってくださいよ!」
騒がしい帰り道。 数ヶ月前までは、ただ一人で歩いていた道だ。 それが今では、こんなに行列ができている。 俺たちは、銀河を巻き込む戦争をした。 皇帝と殴り合い、地球滅亡の危機を救った。 けれど、一番守りたかったのは、教科書に載るような偉業じゃなくて――きっと、この「どうしようもない帰り道」だったんだと思う。
「……あ、見えた」
角を曲がると、俺たちの家が見えてきた。 外壁は『ネオ・オリハルコン』でピカピカに輝き、窓ガラスは『フォースフィールド』で守られた、俺たちの最強のマイホーム。 でも、そこから漂ってくる空気は、どこまでも日本的な「実家」のそれだった。
◇
「ぬぅ……。長考するぞ、博道」 「いやいや、待ったなしですよ、お義父さん」
庭の縁側では、二人の男が将棋盤を挟んで睨み合っていた。 父・博道と、銀河皇帝だ。 二人ともお揃いのジャージを着て、コタツ(屋外用バッテリー駆動)に入り、みかんの皮を山積みにしている。
「ここ銀が成れば……いや、飛車が取られるか……。ええい、帝国の戦術AIを使わせろ!」 「ダメですよ。盤上の戦いは孤独なもんです」 「くっ、厳しいな地球のサラリーマンは……!」
銀河を統べる頭脳が、父さんの「棒銀戦法」に苦戦している。 俺たちが帰ってきたことに気づくと、父さんがパッと顔を上げた。
「お、おかえり湊! リュミエちゃんも!」 「うむ、帰ったか。……おい湊、次の一手だが、貴様の『始祖』の直感でなんとかならんか?」 「なりませんよ。自分で考えてください」
俺は苦笑しながら、庭を通り過ぎて玄関へと向かう。 玄関の前では、竹刀を持ったエクレアが腕組みをして仁王立ちしていた。
「遅いですね、殿下。門限ギリギリですよ」 「うるさいぞエクレア。寄り道くらいさせろ」 「ふふっ。まあ、今日の晩御飯は殿下の好物ですから、許しましょう」
その横で、ヴォルグが玄関のドアノブをドライバーで調整している。
「おかえりなさい。ドアの開閉音を『重厚感のある音』にチューニングしておきました」 「マニアックすぎるだろ……」
家の中から、トントンと包丁を叩くリズミカルな音と、出汁のいい香りが漏れてくる。 母さんが夕飯を作っている音だ。 その匂いを嗅いだ瞬間、リュミエのお腹が盛大に鳴った。
「……限界だ。湊、開けろ」 「はいはい」
俺はドアノブに手をかけた。 ひんやりとした金属の感触。 ふと、リュミエが俺の顔を見上げた。 夕日に照らされた金色の瞳が、優しく揺れている。
「……湊」 「ん?」 「私は……いい『宝物』を見つけたな」
彼女は、この家と、中にいる騒がしい家族たちの気配を感じながら、呟いた。
「金銀財宝でもない。星の権利でもない。……こんなに狭くて、騒がしくて、温かい場所。ここが、私の『巣』だ」
俺は頷き、彼女の手を握った。 「ああ。……ここが俺たちの帰る場所だ」
もう、迷子になることはない。 どんな敵が来ても、どんな困難があっても。 この扉を開ければ、いつだって「日常」が待っている。
俺はドアノブを回した。 カチャリ。 重厚な、でも軽やかな音が響く。
扉が開くと、そこには湯気の向こうで微笑む母さんと、温かいオレンジ色の光があった。
「「――ただいま!!」」
俺とリュミエの声が重なる。 それに答えるように、家中のあちこちから――父さんも、皇帝も、エクレアも、ヴォルグも、母さんも。 みんなの声が、合唱のように響き渡った。
「「「――おかえりなさい!!」」」
これが、俺たちの物語の結末。 銀河最強の皇女と、ローンを背負った高校生が守り抜いた、ささやかで、世界で一番温かい景色。
さあ、ご飯にしよう。 明日もまた、忙しい一日が始まるんだから。
(了)




