親父たちの宴(飲み会)。ローンと銀河、背負うものの重さ
深夜2時。 九条家のリビングは、静寂に包まれていた。 母さんはとっくに寝室へ行き、湊やリュミエたちもそれぞれの部屋で眠っている時間帯だ。
だが、コタツの周りだけは、まだ明かりが灯っていた。
「……さあ、どうぞ。お義父さん」 「うむ。頂こう」
トクトクトク……。 静かな空間に、手酌酒の音が心地よく響く。 向かい合って座っているのは、この家の家主である父・博道と、居候の銀河皇帝だ。
テーブルの上には、父さんが「とっておき」として隠していた日本酒『久保田・萬寿』の一升瓶。 そして、コンビニで買ってきた『チータラ』『スルメ』『柿の種』が並んでいる。
「……ふぅ。美味い」
皇帝が猪口を傾け、ほう、と息を吐いた。 ほんのりと赤い顔をしている。ジャージ姿でなければ、威厳ある君主なのだが。
「地球の醸造技術は大したものだ。……米と水だけで、これほど複雑な味わいを作り出すとはな」 「でしょう? これが日本のサラリーマンのガソリンなんですよ」
父さんも自分のグラスを空け、スルメを齧った。
「いやぁ……しかし、まさか皇帝陛下とサシ飲みすることになるとは。人生分からないもんですねぇ」 「よせ、博道。……今はただの『同居人』だ。堅苦しい敬語はいらん」 「そうですか? じゃあ……お言葉に甘えて」
父さんはニッと笑い、一升瓶を持ち上げた。
「まあ、飲んでくださいよ。……普段はカミさんが厳しくて、こんな高い酒、滅多に飲めないんですから」 「ククク……。美津子殿の管理能力は、帝国の会計監査より厳しいからな」
二人は笑い合い、再び杯を重ねた。
◇
酒が進むにつれ、話題は自然と互いの「仕事」の話になった。
「はぁ……。それにしても、今期の上司はキツいんですよ」
父さんが柿の種をポリポリとかじりながら愚痴をこぼす。
「『売上が足りない』だの『部下の教育がなってない』だの……。俺だって中間管理職として、上と下の板挟みで必死にやってるってのに」 「……分かるぞ、その気持ち」
皇帝が深く頷いた。
「余も同じだ。……辺境の惑星知事が『予算が足りない』と喚き、前線の将軍は『補給が遅い』と文句を言う。……どいつもこいつも、余が指先一つで資源を生み出せると思っているらしい」 「うわぁ、規模がデカい……。でも、やっぱトップにはトップの苦労があるんですねぇ」 「ああ。……誰も余の苦悩など理解せん。『皇帝なんだから出来て当たり前』という目で見られるのは、骨が折れる」
皇帝が遠い目をして酒を煽る。 「部下の不始末」と「終わらない決裁書類」への愚痴。 営業部長と銀河皇帝。役職の差はあれど、組織を背負う男たちの悲哀は共通していた。
「……でもね、アンタは凄いですよ」
父さんが、少し真面目な顔で言った。
「俺なんて、たかだか35年ローンの家一軒守るのに必死で……。それなのにアンタは、何千年も銀河を守り続けてきたんでしょう?」 「……守れてなどいない。余は恐怖で支配しただけだ」
皇帝は自嘲気味に笑った。
「だが……博道よ。貴様の方こそ、見事だ」 「え?」 「この家だ。……小さいが、ここには『平和』がある。貴様が汗水垂らして働き、頭を下げて守ってきたからこそ、湊や美津子殿が笑っていられるのだ」
皇帝は店内を見渡すように、薄暗いリビングを見上げた。
「城の大きさなど関係ない。……家族を雨風から守り、腹一杯食わせ、安心して眠らせる。それができる男は、立派な『王』だ」 「……へへっ。よしてくださいよ」
父さんは照れくさそうに頭をかき、また酒を注いだ。 でも、その顔は誇らしげだった。
◇
「……そういえば、湊のことですが」
酔いが回ってきた頃、父さんが切り出した。
「あいつ、建築家になりたいって言い出しましてね」 「ほう。建築家か」 「ええ。……俺は普通の大学を出て、普通の会社に入ればいいと思ってたんですがね。……あいつなりに、この家のこと、考えてくれてたみたいで」
父さんは嬉しそうに、でも少し寂しそうにグラスを揺らした。
「子供だと思ってたら、いつの間にかデカくなって……。親父を超えていっちまうもんですねぇ」 「……全くだ」
皇帝もまた、チータラを摘みながら頷いた。
「リュミエもそうだ。……昔は余の顔色ばかり窺う、怯えた小娘だった。それがどうだ? 今では余に『みかんの皮を散らかすな』と説教までしてくる」 「あはは! あの子、美津子に似てきましたからねぇ」 「まったくだ。……だが、悪くない変化だ」
皇帝の目が優しく細められた。
「あやつを変えたのは、貴様の息子だ。……湊が、リュミエに『強さ』以外の価値を教えてくれた」
皇帝は改まった様子で、父さんに向き直った。
「博道よ。……改めて礼を言う。娘を……こんな温かい家に迎えてくれて、感謝する」 「……水臭いですよ、お義父さん」
父さんはニカっと笑った。
「リュミエちゃんはもう、うちの娘みたいなもんです。……それに、湊には勿体ないくらいの良い嫁さんになりますよ」 「ふっ。……違いあるまい」
カチン。 グラスと猪口が軽くぶつかる。 言葉はいらなかった。 子供たちの未来を肴に、親父たちの宴は夜更けまで続いた。
◇
翌朝。 俺が起きてリビングに行くと、そこには散乱した空き瓶とスルメの残骸の中で、仲良く折り重なって寝ている二人のオッサンの姿があった。
「……う~ん、あと一杯……」 「……予算承認……却下だ……むにゃ……」
俺は呆れながらも、毛布を持ってきて二人に掛けてやった。 最強の皇帝と、最強のサラリーマン。 この二人がタッグを組んでいる限り、九条家の、いや地球の平和は盤石だろう。 ……ただし、二日酔いが治ればの話だが。




