幼馴染vs銀河皇女、焼きそばパンを巡る冷戦
西園寺先輩撃沈のニュースは、光の速さで学園中を駆け巡った。 『転入生はブラックカードより焼きそばパン派』 そんな謎の噂が定着しつつある昼休み。
「おい湊! 説明しろ! あの『西園寺キラー』とお前、どういう関係なんだよ!?」
俺の机に身を乗り出して唾を飛ばしているのは、腐れ縁の友人、権田だ。 情報通でミーハーなこいつは、リュミエの出現に興奮しすぎて鼻息が荒い。
「関係って……ただの席が隣のクラスメイトだろ」
「嘘つけ! さっき購買で仲良くパン選んでただろ! 『湊、どれが一番カロリーが高い?』とか聞かれてたじゃねーか!」
「……人聞きが悪いな。あれは介護だ。放っておくと洗剤とか買いそうだから」
俺が適当にはぐらかしていると、教室の空気が一変した。 温度が、2度くらい下がった気がした。
「……おい、湊」
背後からかけられた声に、権田が「ひっ」と悲鳴を上げて硬直する。 振り返ると、そこには焼きそばパンを二つ両手に持ったリュミエが立っていた。 不機嫌そうに、権田を睨みつけている。
「貴様、誰だ? 私のつが……いや、湊との会話時間を独占するな。邪魔だ」
「す、すみませんでしたァ!!」
権田は脱兎のごとく自分の席へ逃げ帰った。 あいつ、あとで「お前マジで何者だよ」ってLINEしてくるな絶対。
「……あのな、リュミエ。クラスメイトを威嚇するなって」 「ふん。有象無象など知らん。それより湊、この『焼きそばパン』なる物質、開封できないのだが」 「貸してみろ。……ほら、ここをこうやって……」
俺が袋を開けてやると、彼女はパァッと表情を輝かせ、尻尾(見えないが絶対振ってる)を揺らしながらパンにかぶりついた。 その様子があまりに無防備で可愛げがあるので、周囲の男子たちが「あいつ、意外とチョロいのか……?」とざわつき始める。
だが、その平和な餌付けタイムは、一人の乱入者によって破られた。
「ちょっと湊! あんた、またコンビニ飯!?」
鋭い声と共に、ドンッ! と俺の机に弁当箱が置かれた。 現れたのは、ポニーテールの似合う活発な少女――幼馴染の春日井陽葵だ。 彼女は腰に手を当て、呆れたように俺を見下ろしている。
「おばさんから聞いてるわよ! 『湊が最近、夜食ばっかり食べるから栄養バランスが心配』って! だから今日はお弁当余分に作ってきたのに……」 「お、おお……悪いな陽葵。助かる」
陽葵は家が近所で、昔から俺の世話を焼きたがるオカン気質なところがある。 ありがたく弁当を受け取ろうとした、その時。
バチッ。
空気が弾けるような音がした。 俺の横で焼きそばパンを食べていたリュミエが、動きを止めている。 その紅い瞳が、すぅ……と細められ、陽葵をロックオンしていた。
「……おい、湊」
声のトーンが低い。 地獄の底から響くような声だ。
「なんだ、そのメスは」 「え?」
陽葵が眉をひそめて振り返る。
「はぁ? メスって何よ。あんたこそ誰? ああ、噂の転入生?」 「質問に答えろ。……なぜ、その女が貴様に『エサ』を与えている?」
リュミエの周りの空間が、ゆらりと歪んだ。 まずい。 教室内でノイズ(バグ)が出始めている。 窓ガラスがカタカタと鳴り、天井の蛍光灯がチカチカと明滅する。
(やばい、嫉妬か!?)
俺は冷や汗をかいた。 リュミエにとって「食事を与える」行為は、「所有権の主張」と同義なのだ。
「あー、いや! これは違うんだリュミエ! これは、その、地域の奉仕活動的な……」 「はぁ? 何言ってんの湊。幼馴染が幼馴染にお弁当作って何が悪いのよ」
陽葵が強気な態度で、リュミエに一歩詰め寄る。
「あんたこそ、転入早々湊にベタベタして。湊はね、昔から押しに弱いから、私がついててあげないとダメなの。部外者は引っ込んでてくれる?」
「……ほう」
ブォンッ……。 重力が重くなった。 リュミエの背後に、幻覚のような黒いオーラとネオン色の角が見える気がする。
「私を部外者と言ったか。……いい度胸だ、ちんちくりんの下等生物」
「ち、ちんちくりん!? あんたが無駄にデカいだけでしょ!?」
バチバチバチッ!! 二人の間に火花が見える。 これはいけない。物理的な意味で学校が崩壊する。
「お、おい二人とも! 落ち着け! 昼休み終わるぞ!」 「「湊は黙ってて!!」」
理不尽に怒鳴られた。 リュミエが、ギリッと焼きそばパンの袋を握りつぶし、俺の方を向く。
「湊。選べ」
「はい?」
「その泥棒猫の作った残飯か、私が購買で勝ち取った(湊の金で買った)焼きそばパンか。……どっちを食う?」
究極の二択。 陽葵の弁当を選べば、嫉妬で校舎が消し飛ぶ。 焼きそばパンを選べば、幼馴染の好意を踏みにじり、のちのち殺される。
(……くそっ、これだからラブコメの主人公は!!)
俺は覚悟を決めた。
「……どっちも食う!!」
「「はぁ!?」」
「育ち盛りなんだよ俺は!! よこせ!!」
俺は二人から同時に昼飯をひったくると、猛然とかき込み始めた。 喉が詰まる。味なんてしない。 だが、俺の必死すぎる形相に毒気を抜かれたのか、二人はぽかんと口を開け――やがて、同時に呆れたように息を吐いた。
「……ふん。まあいい。食欲があるのは健康な証拠だ」
「もう……バカなんだから。喉詰まらせないでよ?」
空間の歪みが収まる。 なんとか、世界(校舎)の崩壊は免れたようだ。 だが、二人の視線はまだバチバチと火花を散らしている。
俺の胃袋とメンタルが死ぬのが先か、学校が壊れるのが先か。 前途多難な学園生活のゴングが、高らかに鳴り響いた瞬間だった。




