転校生は竜の皇女。……知ってたけど、今日から『正式』な日常です
月曜日の朝。 俺、九条湊は、幼馴染の陽葵と並んで登校していた。
「ねえ湊。リュミエちゃん、今日からなんでしょ? 『正式』な編入」 「ああ……。朝から制服着て、鏡の前で1時間くらいポーズ取ってたよ。『どうだ、地球の学生に見えるか?』って」 「あはは! リュミエちゃんらしい」
陽葵が楽しそうに笑う。 今までもリュミエは「不法侵入」に近い形で学校に入り浸っていたが、皇帝陛下の力と、担任への根回しが完了し、今日から晴れて公的な生徒となるらしい。
「よぉ湊、陽葵ちゃん! ついにこの日が来たな!」
背後から権田が声をかけてきた。
「噂じゃ、リュミエちゃんの席、特等席が用意されてるらしいぜ」 「特等席? 嫌な予感しかしないんだけど……」
◇
キーンコーンカーンコーン……。
ホームルームのチャイムが鳴り、いつもの担任教師(やる気なさげ)が入ってきた。 教壇に立つなり、先生は大きくため息をついた。
「えー、連絡事項だ。……まあ、お前らも予想はしていただろうが」 「「「ざわざわ……」」」 「今日から、あの『自称・留学生』が正式にクラスの一員になる。……入ってこい、ドラゴノーツ」
ガララッ! 勢いよくドアが開き、我が校のブレザーを完璧に着こなした銀髪の美少女が仁王立ちしていた。
「待たせたな、下民ども!」 「「「出たァァァァァッ!!」」」
クラス中から歓声と爆笑が湧き上がった。 初対面の緊張感なんてゼロだ。
「よっ! 待ってました皇女様!」 「今日は校門突破じゃなくて、ちゃんと玄関から来たのかー?」 「制服似合ってるぞー!」
男子も女子も、祭りのような騒ぎだ。リュミエは今までも神出鬼没に現れては騒動を起こしていたから、クラスの連中もすっかり慣れっこなのだ。 リュミエは満足げにふふんと笑い、黒板に名前を書いた。
「今日からは『正式な』九条湊のつがいとして、堂々と隣に座らせてもらう! ……そこ、退いてくれ」 「へいへい」
俺の隣の席の男子が、手慣れた様子で机を移動させる。 空いたスペースに、リュミエが自分の机をガガガッと引きずってきて、俺の机とぴったりくっつけた。
「よし、合体完了だ」 「くっつきすぎだ! なんで俺たちはいつもゼロ距離なんだよ!」 「うるさいぞ湊。教科書を見せてやるから感謝しろ」 「お前持ってないだけだろ!」
いつもの漫才のようなやり取りに、クラス中が生温かい視線を送ってくる。 その中で、前の席から陽葵がくるっと振り返った。
「もー、リュミエちゃん! 学校では節度を守るって言ったじゃん!」 「なんだ陽葵。嫉妬か? 貴様も反対側にくっつけばよかろう」 「そ、そういう問題じゃなくて……! ……まあ、休み時間は私の番だからね!」
結局、陽葵も満更でもなさそうだ。 担任は「はいはい、授業始めるぞー」と完全にスルーしている。この適応力の高さこそ、我がクラスの強みだった。
◇
一時間目の体育。 グラウンドに出た俺たちは、整列した瞬間に戦慄した。
「……おはよう、ヒヨっ子ども」
深紅のジャージに竹刀。 あの林間学校で俺たちを地獄へ叩き落とした「鬼教官」が、不敵な笑みを浮かべて立っていたからだ。
「「「ゲェーッ!? エクレアさん!?」」」 「な、なんでここに!? 林間学校のゲスト講師じゃなかったのかよ!」
生徒たちが悲鳴を上げる。 エクレアは竹刀でバシッと地面を叩いた。
「本日より体育教師として赴任した。……林間学校での貴様らの動きは、まるで生まれたての子鹿だったからな。卒業までに『一騎当千』の兵士に育て上げてやる!」 「ここ進学校! 兵士になる予定ないから!」 「問答無用! まずはグラウンド20周! 遅れた者は放課後、私の個人補習(剣術稽古)だ!」
「「「ひぃぃぃぃぃ!!」」」
阿鼻叫喚のランニングが始まる。 女子生徒の一部だけは、「キャーッ! お姉様にしごかれるぅ!」と喜んでいたが。
◇
ヘトヘトになって教室に戻ると、窓際でガリガリと作業をしている男がいた。 ヘルメットに作業着姿のヴォルグだ。
「よお、湊殿。学校の設備、ボロすぎますね」 「ヴォルグ……お前まで」 「用務員として潜入しました。とりあえず、湊殿の席周辺だけ防弾ガラスと対爆シートを貼っておきましたよ」
俺の席だけ、完全に要塞化していた。 これには権田も爆笑している。
「すげぇな九条! お前、ここからミサイルでも撃つ気か?」 「撃たねぇよ! ていうかヴォルグ、普通に目立ちすぎだ!」
◇
昼休み。屋上。 俺とリュミエ、そして陽葵の三人で弁当を広げる。 いつものメンバーに、いつもの空気。 でも、リュミエが制服を着ているだけで、なんだかすごく新鮮だ。
「あ、リュミエちゃんのお弁当、タコさんウインナー入ってる! 一個ちょーだい!」 「ならん。これは湊の分だ。……貴様にはブロッコリーをやろう」 「えー、ケチー! 湊、私の卵焼きと交換しよ?」 「お、いいよ。母さんの卵焼き、甘すぎて……」 「待て湊! 私の卵焼きを拒否するとは何事だ! あーん、だ!」
両側から箸を突き出され、俺は嬉しい悲鳴を上げた。 フェンスの向こうでは、エクレアが双眼鏡でこちらを監視(警護)し、校庭の隅ではヴォルグが花壇の手入れをしている。
宇宙戦争も、銀河皇帝も乗り越えて。 俺たちの日常は、前よりもずっと騒がしく、ずっと頑丈になって戻ってきた。
「……平和だなぁ」 「そうだな」 「うん、幸せだね」
俺たちは青空の下、笑い合った。 学校中を巻き込んだ、九条家の新しい生活は、まだ始まったばかりだ。




