拳で語る和解(物理)。必殺『双竜・家庭円満(ホーム・スイート・ホーム)・バースト』
【 TIME LIMIT ―― 00:45 】
カウントダウンは、残り1分を切っていた。 だが、今の俺たちに焦りはない。 母さんの「早く帰ってきなさい」という言葉が、最強のバフ(支援効果)となって背中を押しているからだ。
「行くぞ、リュミエ! タイミングを合わせろ!」 「分かっている! 私の魔力を全て、貴様の右腕に注ぎ込む!」
俺とリュミエは、光の矢となって一直線に翔けた。 狙うは皇帝の胸板。 あの厚い竜鱗の奥にある、頑固で孤独な心をぶち抜く。
「小賢しいわァァァァッ!!」
皇帝が咆哮する。 彼を中心に渦巻く漆黒のエネルギーが、巨大な壁となって立ちはだかる。 『絶望』『虚無』『孤独』。 数千年の時を生きてきた彼が積み上げてきた、負の感情の防壁だ。
「これ以上、余に近づくな! 温もりなど……余には必要ないッ!!」
皇帝が恐れているのが分かった。 強大な力ではない。俺たちが纏っている「日常の空気」を恐れているのだ。 だからこそ、俺は叫んだ。
「いいえ、必要ですよ! アンタにも、俺たちにも!」
俺は右腕を突き出し、闇の防壁へと突っ込む。 ガガガガガガガッ!! 皮膚が焼け焦げるような抵抗。だが、止まらない。 隣でリュミエが支えてくれているからだ。
「父上! いつまで意地を張っているのですか! ……美津子のハンバーグは、冷めると味が落ちるのですよッ!!」 「知ったことかァァァ!!」
皇帝の抵抗が増す。 だが、俺たちの加速はそれを上回る。
(……湊、今だ! ありったけの想いを込めろ!) (おうよ! これで終わりだぁぁぁっ!!)
俺とリュミエの心が完全に重なった。 右腕の『始祖』の力が、リュミエの『皇族』の光を飲み込み、黄金から白銀へ、そして虹色へと輝きを変える。 それは破壊の光ではない。 あらゆる壁を取り払い、繋がりを強制する「和解」の光だ。
俺たちは声を揃えて、その技名を叫んだ。 九条家で過ごした日々。コタツの温かさ。喧嘩した夜。笑い合った朝。 その全てを拳に乗せて。
「「必殺ッ!!」」
闇の防壁が、ガラス細工のように砕け散った。 驚愕に目を見開く皇帝の懐へ、俺とリュミエの拳が同時に突き刺さる。
「「『双竜・家庭円満・バースト』ォォォォォォッ!!!!」」
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
インパクトの瞬間、時間は止まった。 虹色の衝撃波が、皇帝の巨体を貫通する。 「が、ぁ……ッ!?」
皇帝の声にならない声が漏れた。 物理的なダメージだけではない。 俺たちの拳を通して、流れ込んだ「イメージ」が、皇帝の精神を直撃していたのだ。
◇
(……なんだ、これは……?)
銀河皇帝は、幻を見ていた。 そこは、暗く冷たい宇宙の玉座ではない。 狭苦しい、木造建築の一室だ。 目の前には、湯気を立てる鍋料理。 黄色い柑橘類が乗った、四角い暖房器具。 そして、その周りを囲む笑顔。
『ほら、お義父さん。遠慮しないで食べてくださいよ』 生意気な猿(湊)が、取り皿を差し出してくる。
『父上、足が当たっています。……もう少し詰めてください』 愛しい娘が、不満げながらも隣に座っている。
『あらあら、お酒のおかわりは? 今日はいい日本酒があるのよ』 不思議な安らぎを放つ女(美津子)が、徳利を傾ける。
(……暖かい)
皇帝は、その幻の中で、自分の手が震えていることに気づいた。 ああ、そうだ。 余は、ずっとこれが欲しかったのだ。 銀河を統一しても、全ての星を手に入れても、決して埋まることのなかった胸の穴。 それは、力や恐怖では埋まらない。 ただ、「おかえり」と言ってくれる誰かが欲しかっただけなのだ。
(……負けた、か)
皇帝の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 その涙は、頬を伝う前に光となって消えた。
◇
カッッッッッッッッッ!!!!
玉座の間が、強烈な光に包まれた。 皇帝を覆っていた黒い鱗や、禍々しい角が、ボロボロと崩れ落ちていく。 闇のエネルギーが浄化され、天井の星空へと吸い込まれていった。
ドサッ……。
光が収まると、そこには一人の男が倒れていた。 あの怪物じみた姿ではない。 少し疲れた顔をした、ただの中年男性(ただし美形)のような姿に戻った皇帝だ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は拳を下ろし、その場に膝をついた。 右腕の激痛が戻ってくる。全身の筋肉が悲鳴を上げている。 でも、やった。 俺たちは勝ったのだ。
「……見事だ」
倒れたまま、皇帝が天井を見上げて呟いた。 その声には、もうあの刺々しい覇気はない。
「完敗だ、リュミエ。……そして、湊」
皇帝はゆっくりと首を動かし、俺たちを見た。 その瞳は、憑き物が落ちたように澄んでいた。
「余の負けだ。……地球は、好きにするがいい」
【 TIME LIMIT ―― 00:03 】 【 COUNT STOP 】
モニターのカウントダウンが止まり、赤い文字が緑色の**【 SAFETY 】**へと変わった。
「……勝った……のか?」
物陰から、ヴォルグがおそるおそる顔を出した。 西園寺先輩が、指でVサインを作る。エクレアが、へたり込んで安堵の息を吐く。
「……ああ。私たちの勝ちだ」
リュミエが、俺の肩を抱いて立ち上がらせてくれた。 彼女は倒れている父を見下ろし、少しだけ寂しそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「約束通り、地球は守らせてもらうぞ、父上。……それと」
リュミエはお腹を押さえて、ぐぅ~と可愛らしい音をさせた。
「腹が減った。……帰るぞ、湊」 「ああ……帰ろう。家に」
こうして。 銀河の存亡をかけた親子喧嘩は、温かい食卓の勝利で幕を閉じた。




