銀河最強の母、介入。「ご飯が冷めるから、早くしなさい!」
ゴオオオオオオオオオオッ!!
漆黒の炎が、嵐のように吹き荒れる。 怪物と化した銀河皇帝の力は、もはや次元が違っていた。 彼が腕を振るうたびに空間が削り取られ、咆哮するだけで衝撃波が俺たちの体を容赦なく打ち据える。
「くっ、はぁ、はぁ……ッ! 硬い……! 岩盤なんてレベルじゃないぞ!」
俺は肩で息をしながら、皇帝の猛攻を紙一重で回避した。 右腕の『始祖』の力と、リュミエの魔力。二つを融合させた俺たちの攻撃は、確かに皇帝に届いている。だが、倒しきれない。 再生能力が異常なのだ。殴っても、蹴っても、瞬時に傷が黒い泥のようなエネルギーで塞がってしまう。
「無駄だ。……貴様らの足掻きなど、余にとっては心地よいマッサージに過ぎん」
皇帝の低い声が響く。 その瞳には、もはや理性的な輝きはない。あるのは、すべてを無に帰そうとする虚無の意志だけだ。
「消えろ。……星屑と共に」
皇帝が大きく口を開けた。 口腔内に、圧縮された闇のエネルギーが収束していく。 まずい。さっきのデコピンで弾いたものとは桁が違う。あれを食らえば、俺たちどころか、背後の九条家(母艦)も、その向こうの地球も消し飛ぶ。
「させぬ! 湊、障壁を張れ! 私が前に出る!」 「バカ野郎! お前一人で受けきれるか!」
俺はリュミエの手を掴み、二人でクロスガードの体勢を取った。 『魂の契約』のリミットも近い。全身の血管が焼き切れそうだ。 それでも、やるしかない。
「……死ぬなよ、リュミエ」 「貴様こそな、バカつがい」
皇帝の口元が、カッと光った。 終焉の閃光が放たれようとした、まさにその刹那。
ピンポンパンポ~ン♪
場違いなほど軽快なチャイム音が、玉座の間のスピーカーから響き渡った。
「……あ?」
俺とリュミエ、そしてあろうことか皇帝までもが、その音に動きを止めた。 スピーカーからノイズ交じりの声が流れてくる。 それは、戦場の轟音を切り裂く、あまりにも「日常的」な声だった。
『――あー、あー。聞こえるかしら? 湊、リュミエちゃん?』
「……か、母さん!?」
俺は耳を疑った。 通信機越しに響いてきたのは、母・美津子の声だった。
『もう、何やってるのよ二人とも! いつまで遊んでるの!』
怒っている。 銀河の存亡をかけた最終決戦を「遊び」呼ばわりだ。
『せっかく作った特大ハンバーグが、カチカチになっちゃうじゃない! それに、お風呂のお湯も冷めちゃうわよ!』 「い、いや母さん! 今それどころじゃなくて、目の前に銀河皇帝が……!」 『皇帝だか何だか知らないけど、挨拶なら手短に済ませなさい! ……いい? あと3分で片付けて帰ってらっしゃい。デザートのプリン、お父さんに食べさせちゃうからね!』
プツン。ツー、ツー、ツー……。 一方的に通信は切れた。 静寂。 玉座の間に、気まずい沈黙が流れる。
「…………」
皇帝が、呆然と口を開けたまま固まっていた。 口元に溜めていた破壊エネルギーが、行き場を失ってプシュゥ……と情けなく霧散していく。
「……なんだ? 今の声は……」
皇帝が困惑したように呟いた。
「ハンバーグ……? プリン……? ……理解できん。余は今、宇宙を滅ぼそうとしているのだぞ? なぜ……そのような『些末な日常』が介入してくる?」
皇帝の纏っていた、圧倒的な「孤独」と「虚無」のオーラが、揺らいでいる。 母さんの声に含まれていた「生活感」。 誰かが待っているという温かさ。 それが、孤独な王である彼にとって、最も理解不能で、そして最も強力な「毒」となったのだ。
(……ぷっ) (……くくっ)
俺とリュミエは、顔を見合わせて吹き出した。 緊張の糸が切れたのではない。 力が湧いてきたのだ。 あの家に帰らなきゃいけないという、絶対的な理由ができたから。
「……聞いたか、父上」
リュミエがニヤリと笑い、一歩前に出た。
「美津子は怒らせると怖いぞ。……貴様の重力波など比ではない。プリンを取り上げられる恐怖を知らぬとは、哀れなやつめ」 「……ふざけるな! 貴様ら、余を愚弄するか!」
皇帝が再び怒気を孕んで吠える。 だが、その覇気はもう、さっきまでの絶望的な重圧ではない。 ただの「家族の団欒に入れない頑固親父」の癇癪に見えた。
「行くぞ、リュミエ! 晩飯の時間だ!」 「応ッ! 3分で終わらせて、熱い風呂に入るぞ!」
俺たちは地を蹴った。 右腕が、黄金に輝く。 リュミエの背中の翼が、最大出力で展開される。 二人の心が完全にシンクロする。
(合わせろ、湊!) (ああ! これで最後だ!)
動揺して隙だらけの皇帝の懐へ、俺たちは光の矢となって突っ込んだ。 目指すは一点。 その硬い鱗に覆われた胸の奥にある、歪んだ心を砕くために。
「うおおおおおおおおっ!!」
母さんの小言がくれた、千載一遇のチャンス。 これを逃す手はない。




