銀河最強の親子喧嘩。デコピンで砕く重力波
【 TIME LIMIT ―― 02:58 】
無機質なカウントダウンが、赤い文字で終焉を刻んでいる。 玉座の間。 銀河皇帝は、頬杖をついたまま、退屈そうに眼下の扉を見下ろしていた。
「……戻ってきたか。命知らずな愚か者どもめ」
再び姿を現した俺たちを見て、皇帝は嘲るように鼻を鳴らした。
「逃げ隠れしていれば、あと数分は生き永らえられたものを。……わざわざ死を早めに来るとは、理解に苦しむな」 「勘違いするなよ、お義父さん」
俺は一歩、前に踏み出した。 足裏から伝わる床の感触が、以前よりも鮮明だ。空気の流れ、重力の歪み、皇帝から放たれる膨大なマナの奔流……その全てが手に取るように分かる。
「死にに来たんじゃない。……アンタをぶっ飛ばして、地球に帰るために来たんだ」 「ふん。……戯言を」
皇帝の眉がピクリと動く。 それだけで、空気が凍りついた。
「もういい。貴様らの顔を見るのも飽きた」
皇帝が指先を僅かに動かす。 先ほど、俺たちを虫ケラのように吹き飛ばした、不可視の「重力波」だ。 空間そのものを圧縮し、対象を素粒子レベルで圧壊させる絶対的な暴力。それが、以前よりも遥かに速い速度で、俺の眉間へと迫る。
――だが。 今の俺には、それが「止まって」見えた。
(……来るぞ、湊。右30度、仰角5度) (ああ、見えてる)
脳内に、リュミエの声が響く。 言葉を交わす必要すらない。彼女の視覚情報は俺のものであり、俺の反射神経は彼女のものだ。 俺は脱力したまま右手を上げ、迫りくる死の波動に向けて――中指を親指に引っ掛けた。
パチンッ!
軽い音が、玉座の間に響いた。 デコピン。 ただそれだけの動作から放たれた衝撃波が、皇帝の重力波と正面衝突した。
ズドォォォォォォォォンッ!!!
空間が悲鳴を上げ、爆風が巻き起こる。 俺のデコピンは、重力波を紙風船のように弾き飛ばし、そのまま余波となって玉座へと突き進んだ。
「……なっ!?」
皇帝の目が驚愕に見開かれる。 咄嗟に防御障壁を展開するが、間に合わない。 爆風が皇帝の長い髪を乱し、玉座の背もたれを粉々に粉砕した。
「ば、馬鹿な……!? 余の重力干渉を、ただの指弾きで相殺しただと……!?」 「驚くのはまだ早いぞ、父上!」
爆煙を切り裂いて、金色の閃光が走った。 リュミエだ。 彼女は光の翼を羽ばたかせ、皇帝の頭上から急降下キックを放つ。
「この鈍ら(なまく)らめ! 老眼が進んで、動きが見えぬか!」 「おのれ、小娘がぁぁぁ!!」
皇帝が立ち上がり、迎撃の拳を振るう。 だが、その拳が空を切った時には、リュミエはもう背後に回っていた。
「遅い!」 「ぬぅっ!?」
リュミエの蹴りが、皇帝の側頭部を捉える。 ガンッ! という重い音と共に、銀河最強の男がたたらを踏んだ。 よろめいた皇帝の懐に、今度は俺が潜り込む。
(今だ、湊!) (おうッ!)
俺の右腕が黄金に輝く。 『始祖』の破壊力と、リュミエの魔力が完全に融合した、特大の一撃。
「これで……目ぇ覚ましやがれぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォォォォォォッ!!!
俺の拳が、皇帝の腹部に深々とめり込んだ。 背中から衝撃波が突き抜ける。 皇帝の口から「がはっ……!」と空気が漏れ、その巨体がボールのように吹き飛んだ。
ズダンッ! バガンッ! ドガァァァン! 皇帝は幾重もの大理石の柱をへし折り、玉座の間の最奥にある壁に激突して、ようやく止まった。 崩れ落ちた瓦礫の山に、皇帝の姿が埋もれる。
「……ふぅ」
俺は拳についた煤を払い、息を吐いた。 やったか? ……いや、手応えはあったが、相手は化け物だ。これくらいじゃ終わらないだろう。
シンと静まり返った広間に、パラパラと瓦礫が落ちる音だけが響く。 背後の通路から、ヴォルグたちが顔を出した。
「し、信じられん……。あの皇帝陛下を、殴り飛ばした……?」 「アンビリーバブル……。これなら勝てるかもしれないね」
西園寺先輩がサングラスをずらして呟く。 勝利の予感に、空気が緩みかけた、その時だった。
「……ふ、ふふふ……」
瓦礫の山から、低く、おぞましい笑い声が漏れ聞こえた。
「……くくく。痛いな。実に痛い」
ドォォォォォォンッ!!!
爆発的なエネルギーが噴き出し、瓦礫を四方八方へ吹き飛ばした。 そこからゆっくりと歩み出てきたのは――もはや、人の形を留めようとしていない「何か」だった。 皇帝の体は、内側から溢れ出る闇のエネルギーによって膨張していた。 背中の「幻影の翼」は実体化して黒い炎となり、皮膚は硬質な竜の鱗に覆われ、額からは禍々しい二本の角が生えている。 その瞳は、理性を失った獣のように赤く、ただ純粋な「破壊衝動」だけで濁っていた。
「よくぞ余をここまでコケにしてくれたな……。褒めて遣わすぞ、下等種」
声が変わった。 重低音が重なり、空間そのものが共鳴して震えている。
「遊びは終わりだと言ったはずだ。……これより先は、戦争ではない」
皇帝が大きく息を吸い込むと、周囲の空間が歪み、星々の光さえも彼の口元へと吸い込まれていく。 マズい。直感が警鐘を鳴らす。 あれは、リュミエのブレスなんて可愛いものじゃない。 惑星一つを消し飛ばす、戦略級のエネルギーだ。
「『虐殺』の時間だ」
ゴオオオオオオオオオオッ!! 皇帝の咆哮と共に、玉座の間全体が闇に飲み込まれそうになる。 圧倒的な絶望。 さっきまでの優勢が嘘のように、死の予感が肌にまとわりつく。
(……湊。震えているのか?)
リュミエの声が聞こえた。
(ああ。……正直、チビりそうだ) (ふん、情けない。だが安心しろ。……貴様のパンツの予備は、私が持っている) (なんでお前が俺のパンツ持ってんだよ!?)
こんな状況なのに、俺たちは笑っていた。 恐怖はある。でも、絶望はない。 隣にこいつがいる限り、俺はまだ戦える。
「来るぞ、リュミエ! 全力で迎え撃つ!」 「応ッ!!」
真の姿を現した銀河最強の魔王に対し、俺たち「最強のバカつがい」は、再び拳を構えた。 最終決戦、クライマックス。 この一撃が、俺たちの未来を決める。




