絶望的な父。そして、右腕に宿る『始祖』の記憶
「おおおおおおっ!!」
俺は叫び、右腕を突き出した。 黒い鱗に覆われた拳が、空間を歪ませるほどの質量を持って、銀河皇帝の顔面へと迫る。 同時に、リュミエも真横から極太の光線を放った。
「喰らえ、父上ぇぇぇ!!」
物理と魔力、二方向からの同時攻撃。 九条家で培った、阿吽の呼吸による連携技だ。 だが。
「……ふん」
皇帝は、あくびを噛み殺すように、わずかに左手を払っただけだった。
パァンッ……!
乾いた音が響く。 ただそれだけで、リュミエの光線は霧散し、俺の渾身の拳は「見えない壁」に阻まれて止まった。
「な、に……!?」 「遅い。脆い。温い」
皇帝の赤い瞳が、冷徹に俺たちを射抜く。
「それが貴様らの全力か? ……期待外れもいいところだ」
ドォォォォンッ!!
皇帝の体から放たれた衝撃波が、至近距離で炸裂した。 俺とリュミエは木の葉のように吹き飛ばされる。
「がはっ……!」 「きゃぁぁっ!」
俺は何とか受け身を取ったが、リュミエは大理石の柱に激突し、その場に崩れ落ちた。
「リュミエ!」 「う、ぅ……すまない、湊……体が、痺れて……」
彼女の体から光が漏れ、変身(ドラゴンの力)が強制的に解除されていく。 一撃だ。たった一撃で、最強の皇女が戦闘不能に追い込まれた。
「次は貴様だ、猿」
瞬きする間もなかった。 気づけば、目の前に皇帝が立っていた。 大きな手が伸びてきて、俺の首を鷲掴みにする。
「ぐ、が……ッ!」 「……挨拶に来たと言ったな? ならば、その命で支払ってもらおうか」
体が宙に浮く。 首を締め上げる指の力は、鉄万力のように硬い。頸動脈が悲鳴を上げ、視界がチカチカと明滅する。 苦しい。意識が飛ぶ。 俺は必死に右手を伸ばし、皇帝の腕を掴もうとした。
――バチチチッ!
その瞬間。俺の右腕と、皇帝の肌が触れ合った場所から、激しい火花が散った。
「……む?」
皇帝が眉をひそめ、俺の右腕を――黒く脈打つ、異形の腕を凝視した。
「……なんだ、この波動は」
皇帝の瞳孔が開く。 そこには、侮蔑ではなく、驚愕と……僅かな「畏怖」の色が混じっていた。
「あり得ん。……なぜ、下等な猿が『これ』を宿している?」 「な、なにを……言って……」 「この、全てを喰らい尽くす虚無の魔力。……我が王家の祖にして、銀河を一度滅ぼした禁忌の存在」
皇帝は俺の右腕を掴み上げ、戦慄する声で呟いた。
「『始祖竜』……。その因子が、なぜ地球人ごとき肉体に埋め込まれている!?」
「し、そ……りゅう……?」
聞いたことがない名前だ。 でも、俺の右腕は、その名前に呼応するようにドクン! と大きく跳ねた。 今まで「ダンジョンの事故」で手に入れたと思っていたこの力。 それは、ただのドラゴンの力なんかじゃなかったのか?
「……ふっ、ははは! そうか、そういうことか!」
皇帝は突然、狂ったように笑い出した。
「リュミエが貴様に惹かれた理由が分かったぞ。……奴は貴様の中に、失われた『竜の王』の匂いを嗅ぎ取っていたのだな!」
皇帝の手が、俺の首から離れ、代わりに右腕を強く締め付けた。
「返してもらおうか。それは、貴様のようなゴミが持っていい代物ではない!」
メキメキメキッ……! 激痛。 右腕が引きちぎられそうになる。 骨が軋み、筋肉が断裂する音。
「や、やめろぉぉぉぉッ!!」
俺の絶叫が、広い玉座の間に虚しく響き渡った。




