銀河皇帝、降臨。……挨拶に来ました、お義父さん
ゴゴゴゴゴ……。
目の前の巨大な扉が、重苦しい音を立てて左右に開いていく。 その隙間から漏れ出す空気だけで、肌が焼けるように熱い。 これは「殺気」なんて生易しいものじゃない。生物としての「格」の違いが生む、絶対的な圧力だ。
「……行くぞ、湊。私の後ろにいろ」 「ああ……」
リュミエに促され、俺たちは足を踏み入れた。
そこは、広大なホールだった。 天井はなく、頭上には直接、銀河の星々が広がっている(ドーム状のスクリーンか、ガラス張りか)。 その星空を背に、遥か高い階段の上に置かれた「玉座」。
そこに、彼はいた。
「――遅かったな、リュミエ」
銀河皇帝。 人間の姿をしているが、その背中からは幻影のような巨大な「竜の翼」が揺らめいている。 ただ座っているだけなのに、まるで彼を中心に宇宙が回っているような錯覚を覚える。
「……久しぶりだな、父上」
リュミエが毅然と顔を上げ、俺を庇うように一歩前に出た。
「迎えになど来ずともよかったのだ。私はこの星で、楽しくやっている」 「楽しく、だと?」
皇帝がフン、と鼻を鳴らした。 それだけで、ドンッ! と見えないハンマーで殴られたような衝撃が走り、俺は床に膝をつきそうになった。
「ぐ、ぅ……ッ!」 「湊!」
体が鉛のように重い。息ができない。 これが、銀河を支配する覇王のプレッシャー……!
「見ろ、リュミエ。その脆弱な生物を」
皇帝は、虫ケラを見る目で俺を見下ろした。
「炭素ベースの原始的な猿。知能も、寿命も、魔力も、我々とは比較にならん下等種だ。……そんなペットと遊ぶために、王家の血を汚すつもりか?」 「ペットではない! 湊は私の……大切な『つがい』だ!」 「黙れ」
バリバリバリッ!! 皇帝の視線だけで、床の大理石が砕け散った。
「遊びは終わりだと言ったはずだ。……消え失せろ、猿。貴様の存在自体が不愉快だ」
皇帝が指先を僅かに動かす。 それだけで、圧縮された重力波が俺めがけて放たれた。 死ぬ。 直感で理解した。これは生物が抗える力じゃない。
――ドクンッ。
その時。俺の右腕が、熱く脈打った。 勝手に動いた右手が、見えない重力波を「パァン!」と弾き飛ばしていた。
「……あ?」
皇帝の眉が、ピクリと動く。
「……へぇ。結構、きつい挨拶だな」
俺は震える膝に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。 右腕が黒く変色し、鱗のような紋様が浮かび上がっている。 痛い。熱い。でも、この腕のおかげで立っていられる。
「……ほう。ただの猿ではないようだな」 「猿じゃありませんよ。……俺は、九条湊です」
俺は脂汗を拭いながら、できるだけ不敵に笑ってみせた。 ビビるな。 ここで引いたら、リュミエを連れて行かれる。 西園寺先輩も、ヴォルグも、エクレアも、みんな体を張って俺をここまで送ってくれたんだ。
「お宅の娘さんには、いつも世話になってます。……今日はそのお礼と、これからの『交際』の許しを貰いに来ました」
俺は皇帝を真っ直ぐに見据え、言い放った。
「――挨拶に来ましたよ、お義父さん」
静寂。 リュミエがポカンと口を開け、そして皇帝の顔が――怒りで赤黒く染まった。
「……誰が義父だ、下郎がァァァァァッ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!! 皇帝が立ち上がる。 その背後の「竜の幻影」が実体化し、銀河を飲み込むほどの巨大な顎を開いた。
「その減らず口ごと、塵にしてくれるわ!!」
交渉決裂。 まあ、最初から分かっていたことだ。 俺とリュミエは武器を構え、銀河最強の「頑固親父」へと突っ込んだ。




