転入生は手続き不備ですが、バストサイズは校則違反です
ホームルームが始まって5分。 担任の貞松先生(32歳・独身)は、今日も死んだ魚のような目で出欠を取っていた。 俺、九条湊は、自分の席で小さくなっていた。
……あいつ、ちゃんとバレずに来れるだろうか。 今朝、家を出た後、校門の手前で『一緒に入ると目立つから、お前は10分時間を潰してから来い』と厳命して別れたのだ。 素直にコンビニで立ち読みでもしていればいいが、あの常識知らずのことだ。何かやらかしていなければいいけど……。
ガラララッ――!!
その不安は、教室のドアが乱暴に開け放たれたことで即座に回収された。
「……遅刻だぞ」
貞松先生は出席簿から目を離さず、気だるげに言った。
だが、入ってきた「それ」を見た瞬間、教室中の男子生徒が息を呑み、女子生徒が絶句した。
そこに立っていたのは、ウチの制服を着た見知らぬ美女――リュミエだった。
プラチナブロンドの長い髪。
モデル顔負けの長身と、黒タイツに包まれた長い脚。
そして何より、サイズの合わないブレザーを内側から破壊しようとしている、凶悪なまでのプロポーション。
彼女は教室を見渡すと、不敵な笑みを浮かべた。
「ここか。……ふん、狭苦しい飼育小屋だな」
教室がざわつく。
「誰だ?」
「転入生なんて聞いてないぞ」
「ていうかスタイル凄すぎない?」
そんな中、貞松先生がおもむろに眼鏡の位置を直し、低い声で言った。
「おい、貴様」
「なんだ、下等生……いや、教師」
「その胸元のボタンはなんだ」
先生の指先が震えている。
「はち切れそうじゃないか! 第一ボタンどころか、第二、第三まで限界を迎えているぞ! これでは目のやり場に困る! 校則第12条『学生らしい慎みのある服装』に対する重大な挑戦だ!」
「「そこかよ!!」」
クラス全員のツッコミがハモった。 いや、確かに凄まじいことになってるけど。物理法則を無視したパツパツ具合だけど。もっと他に聞くことあるだろ。手続きとか。
「……ちっ。だから地球の衣服は窮屈だと言ったのだ」
「減らず口を叩くな。……まあいい。説教は面倒だ。とりあえず空いている席に座れ」
「手続きは?」
「知らん。事務室に行くと書類仕事が増える。そこに座って大人しくしてろ」
貞松先生はあくびをしながら、出席簿を閉じた。
さすがだ。この適当さこそが、この学校の担任クオリティ。
リュミエは悠然と歩き出すと――当然のように、俺の隣の空席にカバンをドサリと置いた。 そして、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「……どうだ、湊。完璧な潜入だろう?」
「どこがだよ。目立ちすぎて胃が痛い」
※※※※※※※※※
1時間目の休み時間。
予想通り、リュミエの席は瞬く間に野次馬に囲まれた。
だが、その喧騒を一瞬で黙らせる男が現れた。
「――道を開けたまえ」
まるで海が割れるように、生徒たちが左右に退く。
現れたのは、無駄に輝く金髪と、オーダーメイドの制服に身を包んだ男。
生徒会長にして、親の寄付金で学園を支配する男――西園寺玲央だ。
「美しい……。君のような宝石が、この泥のような学園に埋もれていたとはね」
西園寺先輩は、リュミエの机に手をつき、キザに髪をかき上げた。 その手には、ブラックカードと、高級車の鍵が握られている。
「僕は西園寺玲央。この学園の王だ。……単刀直入に言おう。僕のモノにならないか?」
「…………」
リュミエは頬杖をついたまま、無表情で彼を見上げる。
「君が欲しいものは何だ? 宝石? ドレス? それとも南の島でも買おうか? 僕のポケットマネーなら、君の人生ごと買い取れるよ」
西園寺先輩は自信満々だった。 今まで、この手口で落ちなかった女はいなかったからだ。
だが。 リュミエは大きなあくびを一つ噛み殺すと、俺の方を向いた。
「おい、湊」
「……えっ、俺?」
「腹が減った。購買に行くぞ」
彼女は西園寺先輩を「空気」のように無視して立ち上がった。
固まる西園寺先輩。 ざわつく教室内。
「ちょ、ちょっと待つんだ! 無視かい!? この西園寺玲央を無視するのかい!?」
慌てて回り込む西園寺。 リュミエは鬱陶しそうに眉をひそめ、冷たく言い放った。
「……うるさいな。貴様、誰だ?」
「だ、誰って……金だよ! 富だよ! 権力だよ! このカードが見えないのかい!?」
彼はブラックカードを彼女の目の前に突きつける。 リュミエはそれを指先でつまみ上げると――
パキッ。
小気味いい音を立てて、へし折った。
「「「えええええええっ!!?」」」
「なんだその魔力のないプラスチック片は。ゴミを私に見せるな」
「ぼ、僕のアメックスがぁあああああ!!?」
崩れ落ちる西園寺先輩。 リュミエは興味なさげにゴミ箱へカードの残骸を放り捨てると、俺の腕を強引に掴んだ。
「行くぞ、湊。私は『焼きそばパン』というものを所望する。……あと、購買の激戦区を突破するには、貴様のサポート(護衛)が必要だ」 「え、ちょっと……!」
彼女は俺を引っ張り、教室を出て行く。 去り際に、真っ赤な顔で震える西園寺先輩に向かって、決定的な一言を残して。
「ああ、それと。私は安くないぞ? ……湊の作るカップ麺一杯分くらいの価値はあるからな」
教室に静寂が訪れる。 誰もが思った。
『(めちゃくちゃ安い……!!)』
こうして、転入初日にして「学園の王」を瞬殺したリュミエの武勇伝は、瞬く間に全校生徒へと広まったのだった。




