量産された騎士団長。……私の「心」は、コピーできない
ヴォルグたちが道を切り開いてくれたおかげで、俺たちはついに敵艦の最上層、皇帝の玉座へと続く「大扉」の前までたどり着いた。
「この奥に、父上がいる」
リュミエが扉を見上げ、ゴクリと喉を鳴らす。 ついにラスボス戦だ。俺が覚悟を決めて扉に手をかけようとした、その時。
シュンッ。
音もなく、扉の前に行手を阻む影が現れた。 一人ではない。十人、二十人……。 全員が同じ背格好。漆黒の戦闘服。そして――。
「……なっ!?」
俺は絶句した。 その顔は、隣にいるエクレアと瓜二つだったのだ。
「……ふん。やはり、投入してきましたか」
エクレアが、吐き捨てるように言った。 目の前の集団――「偽エクレア」たちは、無表情で、人形のように冷たい瞳をしている。
「あれは『シャドウ・シリーズ』。私の遺伝子情報を元に培養された、感情を持たないクローン兵器です」 「クローンだって!? そんなこと……!」 「帝国にとっては、私はただの『優秀な検体』に過ぎなかったということですよ」
エクレアがギリッと歯を食いしばる。 自分の偽物が、大量に量産されている。その事実は、誇り高い彼女にとって何よりの屈辱だろう。
「……標的確認。オリジナルを排除シマス」
シャドウたちが一斉に機械的な声を上げ、抜刀した。 速い。本物のエクレアに匹敵するスピードだ。
「くっ、湊! 構えろ!」 「待ってください、殿下!」
エクレアが、俺たちの前にスッと腕を出して制止した。
「……ここは、私に任せて先へ行ってください」 「なっ、バカ言うな! こんな数を一人で相手にするなんて!」 「行けと言っているのです、泥棒猫!」
エクレアが叫んだ。 彼女は背中を向けたまま、震える声で告げた。
「……これは私の問題です。あのような『心のない人形』が、私の顔をして殿下の前に立つなど……騎士として許せません。私が、私自身の手で葬らなければならないのです」
その背中は、孤独だった。 でも、今までとは違う「熱」があった。
「……分かった」
リュミエが頷いた。
「死ぬなよ、エクレア。これは命令だ」 「……御意」
俺たちはエクレアを残し、横の通用口へと走った。 背後で、黒い雷と雷が衝突する、凄まじい音が響き始めた。
◇
「排除、排除、排除……」
十数人のシャドウが、一糸乱れぬ連携で襲いかかってくる。 エクレアは愛用のナイフで応戦するが、多勢に無勢。 徐々に追い詰められ、戦闘服が切り裂かれていく。
「……くっ、さすがは私のコピー。動きに無駄がない……!」
感情がないゆえに、迷いがない。恐怖もない。 かつての――地球に来る前の「私」そのものだ。
「オリジナル、機能低下ヲ確認。トドメヲ刺シマス」
三方向からの同時攻撃。 回避不能。 万事休すかと思われた、その時だ。
『――よぉ、エクレアさん。苦戦してるみたいだな?』
耳元のインカムから、軽薄な男の声がした。 権田だ。
「ご、権田!? 今、それどころでは……!」 『へっ。俺のPCから、そいつらの制御回線が見えてんだよ。……全員同じプログラムで動いてるから、連携が完璧すぎるんだな』
カチャカチャッ、というタイピング音。
『だからよぉ、全員まとめて**「システム・アップデート」**してやるよ』 「は?」 『ほら、PCでよくあるだろ? **「更新プログラムを構成しています。電源を切らないでください」**ってやつだよ!』
ッターン!!
その瞬間。 襲いかかってきたシャドウたちの動きが、ピタリと止まった。 彼女たちの瞳に、プログレスバーが表示される。
【 Updating…… 12% 】
「……あ」
十数人のクローンが、中腰のままフリーズした。 シュールすぎる光景だ。
『へへっ。帝国のOSも、強制アプデには逆らえねぇみたいだな! 今だぜ、エクレアさん!』 「……ふふっ。貴様という男は、本当に……!」
エクレアは吹き出した。 力が抜けた。 かつての冷徹な自分なら、こんな状況で笑うことなどなかっただろう。 ああ、そうだ。 私は変わったのだ。 あの泥棒猫や、おかしな友人たちと出会って。
「……感謝しますよ、権田」
エクレアはナイフを構え直した。 黒い雷が、以前よりも温かく、そして激しくスパークする。
「さあ、消えなさい『過去の私』。……今の私は、更新済み(最新バージョン)ですよッ!!」
ズドォォォォォォォンッ!!!
アップデート待ちで動けないクローンたちを、極太の雷撃が一網打尽にした。 一撃必殺。 黒焦げになった人形たちの中心で、エクレアは髪をかき上げた。
「……さて。殿下の元へ急ぎましょうか」
彼女はもう、迷いのない瞳で走り出した。 その足取りは、来る時よりもずっと軽かった。




