お母さん最強伝説。土足厳禁の我が家にて
九条家が敵艦の格納庫に突撃してから、数分後。
「よし、ここからは別行動だ! 俺とリュミエ、エクレア、ヴォルグ、西園寺先輩で最深部の『玉座』を目指す!」
玄関前で、湊が声を張り上げた。 目指すは銀河皇帝の首。一刻を争う事態だ。
「家の方は頼めるか、父さん!」 「おうよ! 外壁のヒビ割れをコーキングして、雨漏りを防がなきゃならんからな!」
父・博道は、右手にコーキングガン、左手に金槌を持って、職人の顔で頷いた。 頼もしすぎる。
「気をつけてね、湊。……あとリュミエちゃんも。晩ごはんまでには帰ってくるのよ?」 「ああ、任せておけ美津子! 腹を空かせて戻ってくる!」
母さんの見送りを受け、湊たちは敵艦の奥へと駆けていった。 残されたのは、半壊した九条家と、父、母、陽葵、そしてPCに張り付いている権田だけ。
「……さて。私もお掃除の続きをしましょうか」
母さんがエプロンの紐を締め直した、その時だった。
ガシャーンッ!!
リビングの掃き出し窓(今は雨戸が歪んでいる)が外から蹴り破られた。 なだれ込んできたのは、銀色のボディアーマーに身を包んだ帝国兵の小隊だ。
「確保せよ! この奇妙な建造物が敵の拠点だ!」 「抵抗する者は排除しろ! 制圧開始!」
十数名の兵士が、泥だらけのブーツでフローリングを踏み荒らしながら侵入してくる。 それを見た瞬間。 この家で最も怒らせてはいけない二人の女性の眉が、ピクリと跳ねた。
「……ちょっと、あんたたち」
最初にキレたのは、陽葵だった。 彼女はキッチンの勝手口からフライパン(テフロン加工・28cm)をひっ掴んで飛び出してきた。
「人の家に勝手に入ってきて、何様のつもり!? しかも……」
彼女が指差したのは、兵士たちの足元。 ワックスがけしたばかりの床についた、黒い足跡だ。
「土足で上がってんじゃないわよォォォォッ!!」
カァァァァンッ!!
陽葵のスイングが炸裂した。 先頭にいた兵士のヘルメットに、フライパンが良い音を立ててクリーンヒットする。
「ぐべぇっ!?」 「ひ、怯むな! たかが現地人のメスだ! レーザーライフルで焼き払え!」
兵士たちが銃を構える。 だが、その銃口が火を噴くことはなかった。
ブォォォォォォォン……!!
重低音が響き渡る。 廊下の奥から現れたのは、最新式のコードレス掃除機を構えた母・美津子だった。
「あらあら、まあまあ。……こんなに散らかして」
母さんは、いつもの「おっとりした笑顔」を浮かべていた。 だが、その背後には修羅のようなオーラが見える。
「お客様でも容赦しませんよ? ……そこ、退いてくださる?」
母さんが掃除機のスイッチを「強」に入れた。 キュイィィィィィィンッ!! ダイソンも裸足で逃げ出すような、異次元の吸引力が発生する。
「う、うわぁぁぁ!? 体が、吸い寄せられるぅぅ!?」 「ラ、ライフルが! 手から離れ……!」
スポンッ! ズボボボボッ! 帝国兵の手から高価なレーザーライフルが次々と吸い取られ、掃除機のダストボックスへと消えていく。 物理法則? そんなものは「主婦の怒り」の前では無力だ。
「な、なんだこの吸引力は!? ブラックホール発生装置か!?」 「いいえ、ただの『年末大掃除モード』よ」
母さんは優雅に掃除機を振るう。 武器を失った兵士たちが狼狽える隙に、陽葵が追い打ちをかける。
「おらぁっ! 出てけ! 二度と来んな!」
ガンッ! ボコッ! 的確なフライパン捌きで、次々と兵士を窓の外へ叩き出していく陽葵。 そしてトドメは――。
「こらぁぁぁ! 壁紙に擦り傷がついただろうがァァァ!!」
外壁修理から戻ってきた父さんが、コーキングガン片手に突撃してきた。 鬼気迫る施主のプレッシャーに、エリートであるはずの帝国兵たちは完全に戦意を喪失した。
「ひ、ひぃぃぃ! 撤退だ! この基地、ヤバすぎる!」 「ママァーッ!」
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。 後には、ピカピカに掃除された(武器だけが消えた)リビングと、肩で息をする陽葵、そして涼しい顔の母さんが残った。
「ふぅ。……片付いたわね」 「もー、最悪! あとで雑巾がけしなきゃ!」 「頼むわね、陽葵ちゃん。私はお茶を淹れ直すわ」
ダイニングの隅で、一部始終を見ていた権田が、震える手でメガネを直した。
「……母ちゃんたち、強すぎだろ……」
九条家の防衛力は、銀河帝国の精鋭部隊をもしのぐ鉄壁だった。 これなら、湊たちも安心して戦えるだろう。 家のローンと平和は、主婦と幼馴染(と施主)によって守られたのだ。




