灼熱のマイホーム。エンジン冷却水は『昨夜の残り湯』で
ドローン部隊を撃退し、九条家(戦艦)は再び静寂を取り戻した――かに思えた。
「……暑くないか?」
リビングのコタツに入っていた俺は、額の汗を拭った。 さっきまで宇宙空間の冷気で冷え込んでいたはずなのに、今は真夏の締め切った部屋のように蒸し暑い。
「……ふぅ、ふぅ。湊、アイスはないか……? 私はもう溶けそうだ……」
隣のリュミエもぐったりしている。 彼女は爬虫類ベースのドラゴンのためか、極端な温度変化に弱いのだ。 ベランダから戻ってきた西園寺先輩に至っては、シルクのガウンをはだけさせ、床に大の字になって伸びている。
「優雅じゃないねぇ……。サウナなら、フィンランド産の白樺の香りが欲しいところだよ……」
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
突然、キッチン(機関室)の方からけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
「け、警告! エンジン臨界点突破! 排熱が追いつきません!」
ヴォルグが冷蔵庫の扉を開けっ放しにして、中の冷気を必死に床下のエンジンルームへ送ろうとしている。
「どういうことだヴォルグ! 故障か!?」 「無理な改造が祟りました! 帝国の高出力エンジンに対し、この家の冷却システム(換気扇と扇風機)では容量不足です! このままではあと5分で……」
ヴォルグは絶望的な顔で告げた。
「床下が融解し、九条家は爆散します!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! やめろぉぉぉ! 床暖房入れたばっかりなんだぞぉぉぉ!!」
父さんが頭を抱えて絶叫する。 火災保険は「宇宙戦争による爆発」なんてカバーしていないだろう。
「冷却水だ! とにかく大量の水冷媒が必要なんだ!」 「水!? 水道水じゃダメなのか!?」 「断水してます! さっきの衝撃で水道管が元栓からちぎれたので!」
万事休す。 飲み水やペットボトルのお茶程度では、焼け石に水だ。 室温は見る見る上昇し、50度を超えようとしている。 俺たちの意識が朦朧とし始めた、その時。
「あらあら。お水なら、あるじゃない」
灼熱のリビングに、涼やかな声が響いた。 母さんだ。 彼女は「なんでそんなに暑いの?」と不思議そうな顔で、お風呂場の方を指差した。
「昨日の夜、お父さんが入った後、お湯を抜かずに残しておいたのよ。今日の洗濯に使おうと思って」
「「「それだァァァァァッ!!!」」」
俺とヴォルグと父さんの声がハモった。 まさか、母さんの「もったいない精神」が銀河を救うことになるとは。
「ヴォルグ! 風呂場だ! ホースを繋げ!」 「イエッサー! 洗濯用の給水ポンプを逆流させ、エンジン直結冷却パイプへ接続します!」
ヴォルグが脱衣所へダッシュする。 俺たちも続く。 浴槽には、昨晩の残り湯(入浴剤『森の香り』入り)がなみなみと溜まっていた。
「頼む……! 冷えてくれぇえええ!」
ヴォルグがスイッチを入れる。 ギュルルルルルッ! ポンプが唸りを上げ、緑色のお湯がものすごい勢いで吸い上げられていく。
ズズズズズ……。 床下から、何かが蒸発するような音が響いた。
「冷却液、注入開始! ……温度、下がっています! エンジン出力安定!」
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!!
九条家の床下通気口から、盛大な蒸気が宇宙空間へと噴き出した。 真っ白な水蒸気が、家の周りを覆い尽くす。 リビングの室温がスーッと下がっていく。
「た、助かった……」
俺はその場にへたり込んだ。 命拾いだ。文字通り、首の皮一枚(と残り湯一杯)で繋がった。
「ふぅ。いい湯加減だったな(エンジンが)」 「意味がわからんぞヴォルグ……」
窓の外を見ると、家から排出された蒸気が、森の香りを漂わせながら宇宙の彼方へ消えていくのが見えた。 敵のドローンたちが、その謎の煙幕(ただの湯気)を警戒して距離を取っている。
「……母さん。ありがとう」 「いいえぇ。でも、洗濯のお水が無くなっちゃったわねぇ」
母さんは残念そうに言ったが、その表情はどこか誇らしげだった。 こうして、九条家は爆散の危機を免れた。 だが、安堵する間もなく、俺たちの目の前に、信じられないほど巨大な「壁」が現れた。
敵の旗艦だ。 全長数キロメートル。都市そのものが浮いているような超巨大戦艦が、圧倒的な威圧感で俺たちの前に立ちはだかっていた。




