表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河最強の厄災竜(フィアンセ)が、俺の部屋で「人間社会、チョロすぎw」とくつろいでいる件  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/55

銀河大戦は、食卓の特大ハンバーグと共に

 上空を埋め尽くす、無数の帝国艦隊。  皇帝の「掃除の時間だ」という宣告と共に、主砲のエネルギー充填音が、街の空気をビリビリと震わせていた。


「お、終わりだ……。なにもかも終わりだぁ……」


 リビングの窓に張り付き、絶望の涙を流しているのは、父・博道ひろみちだ。


「俺の家が! 俺の庭が! まだ外構工事のローンも残っているのに、ビームで更地にされるなんてぇえええ!!」 「父さん、落ち着いてくれ! まだ撃たれたわけじゃない!」


 俺は必死に父をなだめつつ、冷や汗を拭った。  状況は最悪だ。  リミットは数時間、いや数分かもしれない。  リュミエとエクレアは、上空の艦隊を睨みつけながら臨戦態勢に入っている。ヴォルグは通信機にかじりつき、西園寺先輩と陽葵は腰を抜かしている。


 このままでは、本当に「浄化リセット」されてしまう。


 ――ガチャ。


 その時、キッチンのドアが開いた。  そこには、エプロン姿の母・美津子みつこが立っていた。  手には、湯気を立てる大皿が乗っている。


「はーい、みんな。ご飯できたわよ~」


「「「は?」」」


 全員の声がハモった。  この状況で? 空に宇宙船がいるのに?


「あら、何キョトンとしてるの。腹が減っては戦はできぬ、でしょ? 今日は特大ハンバーグよ」 「母さん……あんた、肝が据わりすぎだろ……」


 俺は脱力した。  だが、その匂いに反応した人物が約一名。


「……ハンバーグだと?」


 リュミエの尻尾がピクリと反応した。  彼女は空への警戒を解き、鼻をヒクつかせながらテーブルへと吸い寄せられていく。


「……仕方ないな。父上も、食事の時間を邪魔するほど無粋ではないはずだ。……いただくぞ」 「殿下!? よろしいのですか!?」


 エクレアが驚くが、リュミエは既に椅子に座り、ナイフとフォークを構えていた。  つられて、全員がゾロゾロと食卓を囲むことになる。


   ◇


 ジュワッ。  肉汁溢れるハンバーグを口に運び、リュミエが頬を緩める。


「……んぅ。美味い。やはり美津子の焼き加減は絶妙だ」


 彼女は一口飲み込むと、ふと窓の外の暗い空を見上げた。


「……父上にも、食わせてやりたいな」


 その言葉に、食卓の空気が変わった。


「リュミエ……」 「父上は、この星の『豊かさ』を知らないだけだ。この肉汁の旨味も、コタツの温かさも、権田の動画のくだらなさも」


 彼女は俺を見て、ニッと笑った。


「だから、私は帰らんぞ。……その代わり、私が父上の元へ行き、説教してやる。『地球ここは最高の星だから手出し無用だ』とな!」


「……ああ。そうだな」


 俺は力強く頷いた。  逃げるんじゃない。立ち向かうんだ。  だが、問題が一つある。


「でも、どうやってあそこまで行く? エクレアの個人艦は定員オーバーだし、ヴォルグの船は壊れてるだろ?」


 上空の旗艦までは数万キロ。生身で行ける距離じゃない。  俺が頭を抱えていると、食卓の隅で優雅に紅茶(ハンバーグに合わない)を飲んでいた西園寺先輩が、フッと笑った。


「心配無用だよ、九条くん。……こんなこともあろうかと、僕とヴォルグ君で『足』を用意しておいたのさ」 「え?」


 ヴォルグが立ち上がり、ヘルメットの顎紐を締め直した。  彼の手には、見慣れないリモコンが握られている。


「西園寺殿の無尽蔵の資金提供を受け、私が夜なべして修理・改造を行いました。……帝国の反重力エンジンを、この家の『床下収納』に直結させてあります!」


「は?」


 父さんが箸を落とした。  ヴォルグが高らかに叫ぶ。


「プロジェクト・ノア(マイホーム)! 緊急発進スクランブルだ!!」


 彼がリモコンの赤いボタンを押した。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!


 家が、鳴動した。  地震なんてレベルじゃない。  リビングの床が突き上げられ、窓の外の景色が下へと流れていく。


「う、浮いてる!? 家が浮いてるぅぅぅ!?」 「ちょ、水道管! ガス管が引きちぎれる音ォォォオオ!!」


 陽葵が悲鳴を上げ、父さんが絶叫する。  バリバリバリッ! という不穏な破壊音と共に、築3年の九条家は、その基礎を地面から引き抜き、重力を振り切って空へと舞い上がった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ! 俺の土地が! 基礎工事がぁぁぁぁ!!」 「あらあら、すごい揺れねぇ。味噌汁こぼさないようにしなきゃ」


 阿鼻叫喚のリビング。  だが、リュミエだけは窓から離れていく地面を見下ろし、楽しげに笑っていた。


「ははは! 愉快だ! まさか家ごと殴り込みとはな!」 「笑い事じゃねぇよ! 俺たち、これからどうなんだよ!?」 「決まっているだろう、湊」


 彼女はフォークで最後のハンバーグを刺し、空の彼方に浮かぶ巨大戦艦を指し示した。


「あの旗艦のど真ん中に、この家をねじ込んでやるのだ! ……総員、戦闘配置につけ!!」


ズドォォォォォン!!  重力圏を突破する強烈なG(重力)が、食卓の上の食器をガタガタと揺らす。  父さんの悲鳴が遠ざかる中、母さんは空になったハンバーグの大皿を片付けながら、のんびりと微笑んだ。


「あらあら忙しいわねえ」



 こうして。  ローン残高32年、木造2階建て(反重力エンジン付き)の最強の宇宙戦艦『九条家』が、銀河の海へと旅立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ