銀河大戦は、食卓の特大ハンバーグと共に
上空を埋め尽くす、無数の帝国艦隊。 皇帝の「掃除の時間だ」という宣告と共に、主砲のエネルギー充填音が、街の空気をビリビリと震わせていた。
「お、終わりだ……。なにもかも終わりだぁ……」
リビングの窓に張り付き、絶望の涙を流しているのは、父・博道だ。
「俺の家が! 俺の庭が! まだ外構工事のローンも残っているのに、ビームで更地にされるなんてぇえええ!!」 「父さん、落ち着いてくれ! まだ撃たれたわけじゃない!」
俺は必死に父をなだめつつ、冷や汗を拭った。 状況は最悪だ。 リミットは数時間、いや数分かもしれない。 リュミエとエクレアは、上空の艦隊を睨みつけながら臨戦態勢に入っている。ヴォルグは通信機にかじりつき、西園寺先輩と陽葵は腰を抜かしている。
このままでは、本当に「浄化」されてしまう。
――ガチャ。
その時、キッチンのドアが開いた。 そこには、エプロン姿の母・美津子が立っていた。 手には、湯気を立てる大皿が乗っている。
「はーい、みんな。ご飯できたわよ~」
「「「は?」」」
全員の声がハモった。 この状況で? 空に宇宙船がいるのに?
「あら、何キョトンとしてるの。腹が減っては戦はできぬ、でしょ? 今日は特大ハンバーグよ」 「母さん……あんた、肝が据わりすぎだろ……」
俺は脱力した。 だが、その匂いに反応した人物が約一名。
「……ハンバーグだと?」
リュミエの尻尾がピクリと反応した。 彼女は空への警戒を解き、鼻をヒクつかせながらテーブルへと吸い寄せられていく。
「……仕方ないな。父上も、食事の時間を邪魔するほど無粋ではないはずだ。……いただくぞ」 「殿下!? よろしいのですか!?」
エクレアが驚くが、リュミエは既に椅子に座り、ナイフとフォークを構えていた。 つられて、全員がゾロゾロと食卓を囲むことになる。
◇
ジュワッ。 肉汁溢れるハンバーグを口に運び、リュミエが頬を緩める。
「……んぅ。美味い。やはり美津子の焼き加減は絶妙だ」
彼女は一口飲み込むと、ふと窓の外の暗い空を見上げた。
「……父上にも、食わせてやりたいな」
その言葉に、食卓の空気が変わった。
「リュミエ……」 「父上は、この星の『豊かさ』を知らないだけだ。この肉汁の旨味も、コタツの温かさも、権田の動画のくだらなさも」
彼女は俺を見て、ニッと笑った。
「だから、私は帰らんぞ。……その代わり、私が父上の元へ行き、説教してやる。『地球は最高の星だから手出し無用だ』とな!」
「……ああ。そうだな」
俺は力強く頷いた。 逃げるんじゃない。立ち向かうんだ。 だが、問題が一つある。
「でも、どうやってあそこまで行く? エクレアの個人艦は定員オーバーだし、ヴォルグの船は壊れてるだろ?」
上空の旗艦までは数万キロ。生身で行ける距離じゃない。 俺が頭を抱えていると、食卓の隅で優雅に紅茶(ハンバーグに合わない)を飲んでいた西園寺先輩が、フッと笑った。
「心配無用だよ、九条くん。……こんなこともあろうかと、僕とヴォルグ君で『足』を用意しておいたのさ」 「え?」
ヴォルグが立ち上がり、ヘルメットの顎紐を締め直した。 彼の手には、見慣れないリモコンが握られている。
「西園寺殿の無尽蔵の資金提供を受け、私が夜なべして修理・改造を行いました。……帝国の反重力エンジンを、この家の『床下収納』に直結させてあります!」
「は?」
父さんが箸を落とした。 ヴォルグが高らかに叫ぶ。
「プロジェクト・ノア(マイホーム)! 緊急発進だ!!」
彼がリモコンの赤いボタンを押した。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!
家が、鳴動した。 地震なんてレベルじゃない。 リビングの床が突き上げられ、窓の外の景色が下へと流れていく。
「う、浮いてる!? 家が浮いてるぅぅぅ!?」 「ちょ、水道管! ガス管が引きちぎれる音ォォォオオ!!」
陽葵が悲鳴を上げ、父さんが絶叫する。 バリバリバリッ! という不穏な破壊音と共に、築3年の九条家は、その基礎を地面から引き抜き、重力を振り切って空へと舞い上がった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 俺の土地が! 基礎工事がぁぁぁぁ!!」 「あらあら、すごい揺れねぇ。味噌汁こぼさないようにしなきゃ」
阿鼻叫喚のリビング。 だが、リュミエだけは窓から離れていく地面を見下ろし、楽しげに笑っていた。
「ははは! 愉快だ! まさか家ごと殴り込みとはな!」 「笑い事じゃねぇよ! 俺たち、これからどうなんだよ!?」 「決まっているだろう、湊」
彼女はフォークで最後のハンバーグを刺し、空の彼方に浮かぶ巨大戦艦を指し示した。
「あの旗艦のど真ん中に、この家をねじ込んでやるのだ! ……総員、戦闘配置につけ!!」
ズドォォォォォン!! 重力圏を突破する強烈なG(重力)が、食卓の上の食器をガタガタと揺らす。 父さんの悲鳴が遠ざかる中、母さんは空になったハンバーグの大皿を片付けながら、のんびりと微笑んだ。
「あらあら忙しいわねえ」
こうして。 ローン残高32年、木造2階建て(反重力エンジン付き)の最強の宇宙戦艦『九条家』が、銀河の海へと旅立った。




