消された動画と、立ち食い蕎麦屋の密約
放課後。駅前の立ち食い蕎麦屋『富士山そば』。 ここが、俺こと権田の戦場(バイト先)だ。
「いらっしゃいませー! コロッケ蕎麦一丁ー!」
俺は慣れた手つきで麺を湯切りし、どんぶりに熱い出汁を注ぐ。 時給1,150円。この金で新しいゲーミングPCを買う。それが俺の夢だ。
だが、今の俺の頭の中は別のことで一杯だった。
(……くそっ、なんでだよ! あの神動画がなんで消えてるんだよ!)
林間学校のダンジョンで撮影した、エクレアさんのデレ顔と、湊の謎の右腕の映像。 バズり確定のスクープ映像だったのに、翌朝スマホを確認したらデータごと消失していたのだ。 バックアップもクラウドも全滅。完全にプロの犯行だ。
(諦めねぇぞ……。俺の『復元ソフト(違法スレスレ)』を使えば、消えたデータの残骸くらいは……)
俺がカウンターの裏でこっそりスマホを操作していた、その時だ。
「……かけ蕎麦。ネギ多めで」
低く、重厚な声がした。 顔を上げる。 そこに立っていたのは、作業服にヘルメット、そしてサングラスをかけた怪しい男だった。
「あ、はい。かけ一丁……って、あんた!」
俺は息を呑んだ。 見覚えがある。あのダンジョンでツルハシを振るっていた、西園寺先輩の護衛「シルバー」だ。
「……静かにしろ。今はただの腹を空かせた客だ」
男――ヴォルグは、食券をカウンターに置いた。 その手が、さりげなく俺の手首を掴む。
「……仕事が終わったら裏に来い。話がある」
「えっ」
「拒否権はない。……さもなくば、貴様のPCの『隠しフォルダ(ムフフな動画)』を、クラスの女子全員に送信する」
「い、行きます! 喜んで行かせていただきます!」
◇
30分後。店の裏口。 ヴォルグはズルズルと蕎麦をすすりながら(まだ食ってる)、俺を睨みつけた。
「……単刀直入に言う。あの動画の復元は諦めろ」
「や、やっぱりアンタたちの仕業か! あれは俺のスクープなんだよ! あの映像があれば再生数100万回だって……」
俺が抗議しようとすると、ヴォルグは懐から奇妙な端末を取り出した。
「再生数? 命と引き換えにか?」
「は?」
「あの映像には、映ってはならない『極秘事項』が含まれている。もし世に出れば、帝国の情報局が動く。……そうなれば、貴様の存在ごとデータ消去だ」
ヴォルグのサングラスの奥が光った。 本物の殺気。 ただのバイトのおっさんじゃない。こいつ、マジで「ヤバい世界」の住人だ。
「ひぃっ……! わ、わかった! 諦める! だから命だけは!」
「……ふん。分かればいい」
ヴォルグは蕎麦の汁を飲み干し、ふぅ、と息を吐いた。
「だが、貴様のその『情報収集能力』と『機械操作スキル』……腐らせるには惜しいな」
「へ?」
「我々は今、地球での協力者(現地エージェント)を探している」
ヴォルグはニヤリと笑い、空になった丼を俺に突き出した。
「権田といったな。どうだ、我々の下で働かんか? 報酬は……そうだな、帝国の未公開技術(と、たまに蕎麦のトッピング)でどうだ?」
悪魔の囁き。 でも、俺の中のオタク魂が疼いてしまった。 帝国? エージェント? なんだそれ、めちゃくちゃカッコいいじゃないか。
「……やりましょう」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ただし! 報酬は『エクレアさんの隠し撮り画像』も追加でお願いします!」
「……貴様、死ぬぞ?」
その時、ヴォルグの耳元のインカムから、女性の声が漏れ聞こえた。
『――ヴォルグ。何をもたついているのですか。蕎麦が伸びますよ』
「っ! は、はいっ! ただちに帰還します、団長!」
ヴォルグは直立不動になり、俺にウインクした。
「交渉成立だ。……おい、『ちくわ天』を一つ包んでくれ。あのお方(エクレア様)への手土産だ」
「へい、毎度あり!」
こうして。 俺、権田は、ただのクラスメイトから「銀河帝国の現地協力者」へとクラスチェンジした。 ……まあ、やってることは蕎麦のトッピング係と変わらない気もするが。
俺は夜空を見上げた。 湊、お前の周り、マジでどうなってんだよ。 とりあえず、このヤバい秘密を知っているのは、俺だけの特権だ。




