キャンプファイヤーの夜。幼馴染は「思い出」を武器に踊る
波乱のダンジョン遭難から数時間後。 無事に地上へ生還した俺たちを待っていたのは、林間学校のフィナーレ、キャンプファイヤーだった。
パチパチと燃え上がる巨大な炎。 その周りを、フォークダンスの音楽に合わせて生徒たちが回っている。
「……よかった。みんな無事だったな」
俺は広場の隅で、安堵の息を吐いた。 ゴーレムとの戦いの痕跡は、エクレアが(物理的に)埋め立て、権田の動画も消え、西園寺先輩の圧力で「ちょっとした落石事故」として処理された。 日常は守られたのだ。
「――湊」
声をかけられ、振り返る。 炎に照らされて立っていたのは、陽葵だった。 ジャージ姿だが、少しだけ髪を整え、リップを塗っているのが分かる。
「……ちょっと、いい?」
「おう。どうした? 怪我とか……」
「違うわよ。……その、踊らない?」
彼女は少し顔を赤らめて、広場の方を目配せした。 フォークダンス。 定番の「オクラホマミキサー」が流れている。
「え、俺と?」
「他に誰がいるのよ。……ほら、手」
陽葵は強引に俺の手を取り、輪の中へと入っていく。 彼女の手のひらは、少し汗ばんでいて、小刻みに震えていた。
音楽に合わせて踊る。 近づいたり、離れたり。 炎の明かりが、陽葵の横顔をオレンジ色に染めている。
「……ねえ、湊」
「ん?」
「さっきの……ダンジョンでのこと」
彼女は俺の手をギュッと握りしめた。
「湊が囮になった時……私、すごく怖かった」
「ああ、悪かったな。無茶して」
「違う。……何もできない自分が、悔しかったの」
陽葵は俯き、ポツリと言った。
「あの転入生ちゃんみたいに不思議な力もないし、あの怖い人みたいに戦えないし。……私、ただの幼馴染だもんね」
「陽葵……」
「でもね!」
彼女は顔を上げ、強い瞳で俺を見た。
「湊の好きな卵焼きの味も、風邪引いた時に欲しいものも、落ち込んでる時の励まし方も……私がいちばん知ってる。その自信だけはあるの」
ダンスのターンで、彼女がくるりと回る。 ポニーテールが揺れ、シャンプーの香りがした。
「だから……負けないからね。宇宙人だか何だか知らないけど、湊の隣は渡さないんだから!」
それは、地球代表としての、精一杯の宣戦布告だった。
「……おう。お手柔らかにな」
俺が苦笑して答えると、陽葵は「よし!」と満足げに笑った。 その笑顔は、どんな宇宙の神秘よりも、俺にとって安心できる「日常」の象徴だった。
――だが。 ラブコメの神様は、そう簡単に平和な時間を許してくれない。
「……おい、湊。何をしている?」
地獄の底から響くような声。 背後に、鬼の形相のリュミエが立っていた。 その両手には、大量のマシュマロとフランクフルトが抱えられているが、殺気は本物だ。
「わ、私がトイレに行っている間に、またそのちんちくりんと……! 離れろ! 湊の手は私のものだ!」
「あ、帰ってきたわね怪獣娘! 今は私のターンよ!」
バチバチと火花を散らす二人。 さらに。
「……騒がしいですね。静粛になさい」
足を引きずりながら、エクレアまで現れた。 彼女は俺をジッと見つめ、ボソッと言った。
「……泥棒猫。さっきの借りを返してあげます。……踊り相手がいないなら、私が相手をしてあげても構いませんよ?」
「はぁ!? あんた足怪我してるでしょ!?」
「問題ありません。ステップくらい踏めます」
三方向からの包囲網。 俺は天を仰いだ。
「フッ……罪な男だねぇ、九条くん」
木陰のベンチで、全身包帯まみれの西園寺先輩が、ブランデーグラス(中身は麦茶)を揺らしていた。
「だが、レディたちを争わせるのは騎士道に反するよ。……ここは僕が、全員まとめて踊ってあげようか?」
「「「引っ込んでて(ください)!!」」」
三人のヒロインの声が見事にハモった。 先輩がガクッと項垂れる中、俺たちの林間学校は、燃え盛る炎よりも熱い修羅場で幕を閉じたのだった。




