覚醒。俺の右腕は、焼きキノコの味がする
死ぬかもしれない。 いや、十中八九死ぬだろう。
目の前には、ビル3階分はあろうかという岩石巨人。 対する俺は、ただの高校生(武器なし)。 勝算なんてゼロだ。それでも、俺は一歩も引くわけにはいかなかった。
「……こっちだ、デカブツ!!」
俺は辺りに落ちていた石ころを拾い、ゴーレムの顔面に投げつけた。 カキンッ。 硬い音を立てて弾かれる。ダメージはゼロだが、ヘイトを集めるには十分だった。
グォォォォオオオッ!!
ゴーレムの赤い眼が俺を捉える。 巨大な拳が振り上げられた。
「湊ッ! やめて! 逃げてぇ!」
「泥棒猫……っ、バカな真似を……!」
背後で陽葵とエクレアの悲鳴が聞こえる。 権田は震える手でスマホを構え続けている。
【視聴者のコメント】
: おい待て、死ぬぞ! : 逃げろ主人公!
: 無理だろ、あんなの勝てるわけねぇ!
: 誰か助けてくれぇえええ!
俺は走った。 みんなから少しでも遠くへ、敵を引き離すために。 だが、人間の足で巨人の歩幅に勝てるわけがない。 すぐに背後まで迫る風圧。 死の予感が、背筋を凍らせる。
(……くそっ、ここまでかよ……!)
恐怖で足が竦む。 歯の根が合わない。 誰か、助けてくれ。リュミエ――。
その時だった。
――じゅわぁ……。
口の中に、唐突に「味」が広がった。 香ばしい醤油の焦げる匂い。 濃厚なバターのコク。 そして、プリプリとしたキノコの弾力と旨味。
「…………は?」
俺は極限状態で思考停止した。 なんだこれ。 美味い。めちゃくちゃ美味い。 これは……松茸か? いや、エリンギのバター醤油焼きだ。
(……おい、リュミエ)
俺は悟った。 この味覚テロの犯人は一人しかいない。
(ふざけんなよ! 俺が今、岩の塊に潰されそうになってる時に……お前は優雅にバーベキューかよ!!)
恐怖が一瞬で引いた。 代わりに湧き上がったのは、呆れと、脱力と、そしてどうしようもない「愛おしさ」だった。 あいつは今、どこかで呑気にキノコを頬張って、「うまいぞ湊!」とか言ってるんだろう。 その光景が目に浮かぶようで、俺は思わず吹き出してしまった。
「……ははっ。ほんと、最高につまんねぇ死に方だな」
不思議と、力が湧いてきた。 胸の奥にある「パス」が、熱く脈打っている。 バター醤油の味が、俺とあいつを繋ぐ「回線」を開いたのだ。
『……聞こえるか、湊』
脳内に、凛とした声が響いた。 食べてる最中なのか、少しモグモグしているが、間違いなく彼女の声だ。
『私の食事を邪魔する羽虫がいるようだな』
「……ああ。デカくて硬い、最悪の羽虫だ」
『ふん。貴様一人では荷が重かろう』
ゴーレムの拳が、俺の頭上から振り下ろされる。 スローモーションのように見えた。 でも、もう怖くなかった。
『名を呼べ、湊! 私の力を……貴様に預ける!』
俺は右手を天に突き上げ、叫んだ。
「――来いッ! リュミエェエエエエッ!!」
カッッッ!!
俺の右腕が、ネオンカラーの閃光に包まれた。 皮膚が粟立ち、硬質な鱗へと変質していく。 膨れ上がる魔力。 俺の腕は一瞬にして、漆黒の装甲を纏った「ドラゴンの剛腕」へと変貌していた。
「オラァアアアアアッ!!」
俺は迫りくる岩石の拳を、その右腕で迎え撃った。
ドォォォォォォォォンッ!!!
衝撃波がダンジョンを揺らす。 権田のスマホが吹き飛び、エクレアが目を見開く。
【視聴者のコメント】
: は?
: え、止めた?
: 素手で!?
: なんだあの右腕!? 黒い籠手?
: 主人公覚醒キタァァァァァァ!!
土煙が晴れる。 そこには、ゴーレムの巨大な拳を、片手で受け止める俺の姿があった。 ミシミシと、岩の方が悲鳴を上げている。
「……悪いな、デカブツ」
俺はニヤリと笑った。口の中にはまだ、バター醤油の余韻が残っていた。
「食後の運動には、ちょっと重すぎるぜ!」
俺はそのまま、右腕を振り抜いた。 ただのストレート。 だが、そこには銀河最強の皇女の力が宿っていた。
ズドォォォォォンッ!!
ゴーレムの巨体が、砲弾のように吹き飛び、岩壁にめり込んで砕け散った。




