静寂は破られた。恋のライバルと、配信者と、金持ちと、岩石巨人を伴って
俺の背中で、エクレアの体温が少し上がった気がした。
「……泥棒猫。いえ、湊」
「ん? なんだ?」
「……重くは、ないですか?」
耳元で囁かれる声は、いつものトゲトゲしさが消え、どこか殊勝な響きだった。
「全然。エクレアって意外と軽いんだな。ちゃんと食べてるか?」
「し、失礼な! これでも帝国軍の標準体型です! 出るところは出ています!」
背中でムキになって暴れる感触が伝わってくる。 確かに、背中に押し付けられている「柔らかい感触」は、標準以上かもしれない。 俺が少しドキッとしていると、彼女は再びしおらしく呟いた。
「……あの。ありがとうございます。その……助かります」
素直な礼。 普段のツンツンした態度とのギャップに、俺の心拍数が上がる。 薄暗いダンジョンの中、二人きり。吊り橋効果も相まって、なんだかいい雰囲気――。
――ドォォォォンッ!!!
その時。頭上の天井が爆発したような音がして、大量の土砂が降ってきた。
「きゃぁっ!?」 「うおっ!?」
俺はエクレアを庇うように岩陰に伏せた。 土煙が晴れると、そこにはロープが垂れ下がっており、三つの影が降ってきた。
「とぉーうっ!!」
「キャァァァァ!」
「うぉっ、着地失敗!」
ドサドサドサッ! カエルが潰れたような音と共に、三人が折り重なって着地した。
「いってぇ……あ、湊だ! 湊ー! 無事かー!」
真っ先に起き上がったのは、ジャージ姿の権田だった。 その手には、しっかりとスマホが握られ、カメラが回っている。
【視聴者のコメント】
: きたああああ! 遭難現場突撃!
: 権田マジでやりやがったw
: 先生にバレたら退学だぞお前
: ん? 奥に誰かいない?
「フッ、待たせたね九条くん! 西園寺家の監視衛星を使えば、君たちの遭難信号をキャッチするなど造作もない」
無駄にポーズを決める西園寺先輩。 そして、最後に起き上がった陽葵が、俺を見て叫んだ。
「もう! 心配したんだからね湊! リュミエちゃんが『湊の匂いが消えた!』って大騒ぎして……って、え?」
陽葵の視線が、俺の背中に釘付けになる。 そこには、俺におんぶされたまま、顔を真っ赤にしているエクレアがいた。
「…………」
沈黙。 空気が凍りついた。
「ちょっ、ちょっとぉおおお!?」
陽葵の堪忍袋の緒が切れた。
「なにしてんのよ湊! 遭難したと思ったら、なんでその女といちゃついてんのよ!」
「ご、誤解だ陽葵! こいつ怪我してて、動けないんだよ!」
「言い訳無用! この女たらし! 浮気者! リュミエちゃんに言いつけてやる!」
ギャンギャン喚く陽葵。 エクレアはエクレアで、俺の背中から降りようと暴れだす。
「お、降ろしなさい泥棒猫! 誤解です! これは緊急避難的な措置で、断じてそのような不純な……い、痛っ!」
「ほら見ろ、無理するなって!」
俺たちがワチャワチャと揉めている様子を、権田がニヤニヤしながら撮影し続ける。
【視聴者のコメント】
: うわぁ……修羅場だ……
: 遭難した先でハーレム展開とか、主人公爆発しろ
: 幼馴染(地球産)vs 幼馴染(宇宙産)のファイッ!
: 俺は騎士団長派です(小声)
: 青春してんなぁお前ら
カオスだ。ダンジョンの緊張感なんてあったもんじゃない。
だが。 俺たちの騒ぎ声は、この地下空洞の「主」を目覚めさせてしまったようだ。
ズズズズズ……ン。
巨大な地響き。 俺たちの背後の岩壁が、ゆっくりと動き出した。
「え……?」 「嘘、だろ……」
岩が組み合わさり、巨大な人型を形成していく。 全長10メートルはあろうかという、岩石巨人。 その顔にあたる部分に、赤く光る二つの眼が灯った。
グォォォォォオオオオオオッ!!!
鼓膜が破れそうな咆哮。
「ひ、ひぃぃぃぃ! で、出たぁあああ!」
「逃げろォ! マジモンのモンスターだ!」
陽葵と権田がパニックになる。 だが、一人だけ空気を読まない男がいた。
「フッ、雑魚が。僕の『対モンスター用ショックウェーブ弾(一発3万円)』の餌食になりたまえ!」
西園寺先輩が、通販で買った怪しい銃を構えて前に出た。 次の瞬間。
ブォン。
ゴーレムの巨大な腕が、ハエを叩くように横薙ぎに振るわれた。
「あでっ!?」
ドォォォォンッ!!
西園寺先輩は美しい放物線を描き、壁のシミ(2回目)になった。 静まり返る現場。
【視聴者のコメント】
: wwwwwwww
: 西園寺逝ったァァァァァ!
: 様式美すぎる
: いや笑ってる場合じゃねえ! やばいぞアレ!
「……っ、湊! 逃げてください!」
俺の背中で、エクレアが叫んだ。 彼女の顔から血の気が引いている。
「あれは『ガーディアン級』……! 私の装備と足では勝てません! ましてや貴様たちのような一般人では……!」
ゴーレムが、ゆっくりとこちらに振り向く。 絶体絶命。 戦える者はいない。逃げようにも、足手まとい(エクレア、陽葵、権田、気絶した西園寺)が多すぎる。
「……くそっ!」
俺はエクレアをそっと地面に降ろした。
「……湊?」 「権田、陽葵! エクレアと西園寺を連れて逃げろ! 来た道を戻るんだ!」
「なっ、湊、あんた何する気!?」
俺は、ゴーレムに向かって一歩踏み出した。 何の力もない、ただの高校生が。
「俺が囮になる。……その隙に行け!」




